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2010年8月10日 (火)

古事記と日本書紀を平気で併記

昨日ミネルヴァ書房版の『盗まれた神話』を
本文のところまで読み進めた。

この本は古田武彦氏の古代史三部作の3番目のもので,
(ほかに『「邪馬台国」はなかった』と『失われた九州王朝』)
それらが中国・朝鮮といった外国史料の分析に
基づいているのに対して,
一転して国内史料である上記の2書を
扱っているところに特徴がある。

今回の題名を「古事記と日本書紀」をした。
また,歴史教科書にも両書が平気な顔をして
併記(洒落ではありません)されているが,
この両書が「ともに天を戴(いただ)くことができない存在」
だと聞いたら驚かれるだろうと思う。

近畿天皇家中心のの歴史書(他地域の伝承も取り込む)
として知られている古事記は,
白村江の戦いの倭国(九州王朝)の敗北後,
国内№2から№1になるチャンスに恵まれ,
古事記に九州王朝の歴史書であった「日本旧記」や
外国系史料をふんだんに取り込んで日本書紀を作った。
(古事記は隠された)

その結果どうなったかというと,
「これがわが国の正史」ということで,
続日本紀には古事記が作られたという記事は載らないことになり,
(もちろん日本書紀は載った)
奈良・平安時代日本書紀の講読会が催された。
また,中国はこれを不審として旧唐書には
倭国と日本国の2国に別々に分けて書いたりした。

ところが隠してあったはずの古事記が,
鎌倉時代に出現してしまった。(真福寺本)
そして,「ともに天を戴くことのできない2書」が
この世に存在することになってしまったのだ。
しかし,古田氏がこの2書の関係を解明するまで
人々はその事情に気がつくことはなく,
続日本紀に載っていない古事記は偽書だ
という説もたびたび出たようだ。(古事記偽書説)

確かに古事記は推古天皇までなので,
日本書紀の持統天皇までと比べると
「途中まで」の感が否(いな)めない。
しかし,その「途中まで」というところに
真実が隠されていたのであった。

また,古事記の前半に出てくる出雲神話は,
素朴で愛好者が少なくないのも事実だ。
おそらく古事記を伝えてきた太安万侶系の人たちも
それらを惜しんで伝えてきたのではあるまいか。

参考のために書いておくと,
古事記にはあるが日本書紀ではカットされている記事が
当然のことながらある。
たとえば,岩波文庫の91ページには
タギシミミの暗殺をうまく行えなかった
(おく病な)神八井耳命が
注の中で「九州王朝の王族や豪族の先祖である」と
悪口を書き放題に書いているが,
さすがにそれはカットされている。
九州王朝の存在を消すことが第1だったからである。

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