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2010年7月11日 (日)

伊予の「紫宸殿」

「新古代学の扉」のサイトに,
上記の話題が出ていた。

愛媛県西条市には,
「紫宸殿」という地名が残っているそうだ。
(紫宸殿とは,天子の居所のことだ)
その近くには以前ここにも書いた「白雉二年奉納面」を
所蔵している福岡八幡神社あり,
(白雉は,九州王朝が制定した年号=九州年号と考えられる)
その昔築かれた「永納山神籠石山城」も北方に存在する。

古賀達也さんは,これらを
「九州王朝の副都」として考えているようだが,
大変興味深いことである。

※ 太宰府にも「紫宸殿」地名がある。
 こちらは九州王朝の首都だったと考えられる。
 背後に大野城(逃げ城の役目をする)がある。

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