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2010年6月 7日 (月)

禅譲か放伐か

禅譲(ぜんじょう)とは,
皇帝が臣下に禅譲(権力の委譲)したいと申し入れ,
それを受けた臣下が群臣の前で儀式を行って
皇帝となることだそうだ。

また,放伐(ほうばつ)とは,
そのような手続きを取らず,
力ずくで権力を奪い取ることである。
「革命」と言ってもいい。

九州王朝から近畿王朝にどう移行したのかが,
古田史学の会の6月20日(日)の総会の際
シンポジュームという形で議論されるという。
部活動がなければ飛んで行きたいほど,
興味深い内容だ。

私は九州王朝の天子・薩夜摩が帰国したのは,
形式的にせよ禅譲という形を
取らせたかったからだと思うので,
「一応禅譲」という意見だ。

しかし,薩夜摩の突然の帰国は国民の動揺を誘い,
(なにしろ,戦勝国の唐が進駐していた中でだ)
「放伐」となったのかもしれない。
(「辛酉革命」なんとかという話を
聞いたことがあるような気がするので・・・)

しかし,そのどちらでもない
「その他」の可能性もある。
なぜなら古事記を破棄し,
日本書紀を作ると決めた時点で
「九州王朝の存在」を消そうとしたわけで,
「その他=それ以上の処置」が
適当と思われるからである。

「古田史学会報」№98で,
西村さんにこの「夢ブログ」を紹介していただいた。
ありがたいことだ。
また,上記のシンポジュームの司会が
知り合いの不二井さんだと知り,
今回ちょっとがんばって書いてみた。

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