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2009年12月 8日 (火)

「筑紫の磐井(いわい)」というビデオ

古墳時代の日本の様子を知るため,
私は上記のビデオを見せている。

これは福岡県で作られたビデオで,
筑紫の磐井の立場から
歴史を描いたものといえるだろう。

このビデオは完全に古田説(九州王朝説)に
立っているとはいえないが,
半分ぐらいそう思える作品だ。

九州の地で民を思いながら暮らす磐井が,
大和政権の無謀な要求に
敢然として立ち向かうからである。
記紀の立場が教科書だとすれば,
このビデオは筑後風土記の立場で
歴史を見ていこうとするものである。

ところで100年ほど時代は下がるが,
天武天皇は「真人」という姓を名前の中に持つ。
真人とは八色の姓の中の最上位である。
天皇だから最上位で当然と思うが,
この最上位とは「臣下の中で最上位」という
ちょっと怖い話なのである。
では,その姓を与えた者は誰か?
倭国王(九州王朝の天子)ではないか。
これだから古代史研究は
やめられないのである。

隋書によると,
阿蘇山のもとに倭国はあったようだ。
旧唐書によると,
倭国とそれを併呑した日本国のことが
併記されている。

くわしくは,古田武彦氏の本を読んでいただきたいが,
ちょうど今リニューアル版として
古代史三部作である『「邪馬台国」はなかった』,
『失われた九州王朝』,『盗まれた神話』が
ミネルヴァ書房から発刊されるところだ。
今古田説を知った人には
大変グッド・タイミングな出版であった。

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