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2009年11月11日 (水)

「八色の姓」をブログ内検索!

昨日の社会科サークルで話題となった「八色の姓」を,
「新古代学の扉」のサイトで「ブログ内検索」してみた。

すると,古田武彦著『人麿の運命』(原書房)に
「八色の姓」に関することが出ていることがわかった。
そこで,本棚からその本を取り出してみた。

その要点を以下にまとめてみる。

(1) 天武天皇の称号には「真人」の2字がある。
(2) これは「八色の姓」の最上位である。
(3) しかし,天皇は「与える側」ではないのか。
   「自分で自分に授ける」などということがあるのか?

ここで九州王朝という仮説を導入してみる。
つまり「八色の姓」を定めたのは大和ではなく,
九州王朝ではないかとするのである。すると・・・。

(4) かつて天武は九州王朝から「真人」に任命された!
   (その後「白村江の戦い」での敗戦をきっかけに,
   九州王朝が滅亡した)
(5) 大和は「新しい歴史作り」のために
   日本書紀で「八色の姓」を「盗用」し大和の事績とした。
(6) そこで日本書紀は「真人である天武が,真人を任命する」
   という矛盾した形になってしまった。

私は九州王朝説の確かさを
ここでも確認できると思うのだが,
いかがだろうか。

さらに日本書紀をさかのぼると,
「宿禰(すくね)」が称号に入っている天皇もいる。
第I20代の允恭天皇である。
ちなみに「宿禰(すくね)」は
「八色の姓」では第3位のものだ。
(第2位は「朝臣」)
「八色の姓」も多元的に考えなければ,
本当の歴史を考えることに
ならないのではないだろうか。

短時間で必要なことを
かんたんに検索できる「ブログ内検索」を,
これからも活用していきたい。
(現在2200話を越えている私のブログ話も,
時々「ブログ内検索」で過去の記事を捜しています)

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