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2009年11月 2日 (月)

漢字で「もみじ」をどう書きますか?

またまた「古賀達也の洛中洛外日記」
(第233話 2009/10/31)
から,興味深い話題が出てきた。
長くなるが,引用させていただこう。

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南朝の「黄葉」と北朝の「紅葉」

わたしは京都の化学会社に勤めているのですが、
社員教育の一環として月に一度、京都大学教授の
内田賢徳(うちだまさのり)先生による日本語や
万葉集のセミナーを受講しています。
その10月のセミナーで内田先生から
興味深い史料事実を教えていただきました。

それは、8世紀に成立した万葉集では、
「もみじ」の表記に「黄葉」が使用されているが、
9世紀の漢詩集などでは「紅葉」が使用されており、
これは中国南朝(六朝時代、4~6世紀)に
使用されていた「黄葉」と、
7世紀の唐で使用されていた「紅葉」の影響を、
それぞれが受けたという史料事実です。

すなわち、万葉集は南朝の影響を色濃く受け、
9世紀以降は北朝の影響を
日本文学は受けているのだそうです。

この史料事実は九州王朝説により、
万葉集は九州王朝時代に成立した和歌を数多く含み、
九州王朝が長く中国南朝に臣従し、
その文化的影響を受けていた痕跡と考えると、
うまく説明できそうです。
対して、8世紀以後の大和朝廷の時代になると
遣唐使により北朝の影響を受けだしたものと思われます。
中国南朝が滅亡した後も、九州王朝(倭国)文学は
南朝の影響と伝統を継承したのでしょう。

このように、文学史の視点からも九州王朝説は有力であり、
より深い理解へと導きうる仮説と言わざるを得ません。

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この記事に刺激を受けた私も,
さっそくインターネットで検索して
この件についていくつか調べてみた。
本当にインターネットは便利だね。
「万葉集 黄葉」で検索!

(1) 「たのしい万葉集」というサイト

「万葉集:黄葉(もみち)を詠んだ歌」
2009年08月30日(日)更新

万葉集の歌に詠まれる「もみじ」は、
「黄葉」と書かれているものが圧倒的で、
「紅葉」はごくわずかです。
その理由として、「奈良時代には黄色く色づくものが
注目されたためだ」、という説がありますが、
否定的な説もあります。
黄葉(もみち)を詠んだ歌は100首を越えますが、
その多くは、巻8と巻10に集中しています。
黄葉を春の花と対照している歌もいくつか見られます。

(2) 「exiteニュース」 2004年11月11日

「万葉集は「紅葉」ではなく「黄葉」を詠んだ?」

「奈良時代に編纂されたと言われる万葉集にも、
紅葉を詠んだ和歌が80首以上あるそうな。」
「平安時代に編纂された古今和歌集なんかでは、
黄葉よりも紅葉の方が、圧倒的に数多く詠まれているのだ。」

(3)サイト名不明

万葉集では、139例ほどみられます。
そのうちのおよそ半数を秋の雑歌が占めます。
これに対し、散り過ぎることに人の死を重ね合わせたためか
秋の相聞歌にはあまり例がみられません。
 
作者では13例の大伴宿禰家持をはじめ、
柿本朝臣人麻呂、大伴宿禰三中、額田王など
多くの人が詠んでいます。

「紅葉」というのが現代では一般的な書き方ですが、
万葉集では「黄葉」と表記することが一般的だったようです。


(肥さん) 表記には「時代区分」があるとは,
古田史学ではよく言われてきたことだ。
たとえば,ヤマトの表記が
時代によって明らかに違う等。
(中村幸雄「万葉集「ヤマト」考」
『市民の古代』第8集,新泉社)
この「黄葉」もその例の1つだと思われるが
いかがだろうか。

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