« 社会体験学習の3日間 | トップページ | 社会体験学習(1日目) »

2009年11月25日 (水)

肥さんのー「奥の細道」の旅

●まえがき

私は高校時代より
松雄芭蕉の「奥の細道」に憧(あこが)れ,
ぜひ機会があったらその足跡を訪ねてみたいと
思っていました。

3年前の2006年に
最初に行ったのを皮切りに,
2007年,2009年と3年間で行った
私の「奥の細道」の旅を再録して,
ミニガリ本の原稿とするとともに
今回初めて読む方に供します。
ぜひ冊子版でも読んでみて下さい!

もっとも3年間の旅の全貌(ぜんぼう)は
私自身も初めて読むことになるので,
私を含めて全員が「初めての読者」
ということになるのですが・・・。

では,再録の始まり始まり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●東北旅行(1日目)~2006年の旅

ここ2日間更新できなくてごめんなさい。
東北を旅行してきました。
今日と明日はそれをレポートします。

高校時代からの松尾芭蕉ファンである私は,
いつか機会があったら「奥の細道」の足跡を
訪ねてみたいと思っていた。
それが今年は「歩いて健康づくり」という名前の
職専免(職務専念義務免除=お休み)を使って
東北を旅行しようと思い立ったのだ。

芭蕉は46歳の旅だったが,
遅ればせながら私も47歳で
「漂泊の思い」にさそわれたのかも。
以下行った所と私のコメントを書いていく。

【山寺=立石寺・・・山形県】

東北新幹線で山形へ。
さらに仙山線を使って昼過ぎに山寺へ。
芭蕉が「閑かさ岩にしみ入る蝉の声」
と句を読んだあの有名な立石寺である。

ホームに立つと,遥かかなたに立石寺のお堂が
岩にへばりつくように点在している。
その最高峰まで果たして行けるのかどうか?
私はたくさんの観光客とともに登山を開始した。
煩悩が段々消えていくといわれる
800段の階段を一つひとつ踏みしめて,
時には観光客をかき分けながら
私はひたすら頂上をめざした。

五大明王を祭るという五大堂が岩から
突き出している・・・そこが一応のゴール。
天然のクーラーである谷を渡る風に吹かれ,
私も少しは煩悩が消えたかな?

往復120分かかると駅頭に書いてあったが,
何と60分ほどでクリアー。
でも早く戻りすぎて次の電車まで
1時間近く待つことになってしまった。(笑)

【宮城野・・・宮城県】

仙台に午後5時に着いた私は,
そこが楽天イーグルスの本拠地だったことを思い出し,
さっそくフルスタ宮城球場へ。
(私は最近楽天ファンになったのだ)
左中間にある楽天山というところに陣取り,
西武と首位を争うソフトバンクを迎え撃った。

3回までに6点を取り,
エース一場の好投で今日は楽勝!
と思いきや,さすが楽天。
後半ずるずると失点の末延長戦にもつれ込み,
結局12回6対6の引き分けとなってしまった。
野村監督のぼやきが聞こえてきそうな夜だった。

以下,明日続きを書きます。
(8/18)

●東北旅行(2日目)

仙台のビジネスホテルに宿をとっての
東北旅行2日目をお届けします。

【多賀城・・・宮城県】

『奥の細道』に「壷の碑」として出てくる
多賀城&多賀城碑を見学した。
(古田武彦氏によると,多賀城碑はこれとは
違うもののようである。『真実の東北王朝』)
仙石線「多賀城駅」という駅名にだまされて?
駅頭に降り立ったはいいが,実は東北本線の
「国府多賀城駅」が最寄駅だったようである。
これから行かれる方はご注意を!
しかたなくタクシーで多賀城跡へ。

広大な敷地の所々にまだ発掘途中の
シートが広く覆い,いかにも巨大遺跡の趣き。
長い階段を上って正殿まで行ったが,
役所というより山城という印象だ。
(これがフィールドワークの大切さ!)
そりゃそうだ。「多賀城」と3文字目はちゃんと
「城」という字が使ってあるのだから,
素直に「城」と解するのが正しかったのであった。
(前記の『真実の東北王朝』によると,
多賀城は「蝦夷国」の中に建てられたとのこと。
それなら「城」というのもうなづける。
大和勢力による明らかな「国境侵犯」だ)

多賀城の南門付近に「多賀城碑」はあった。
覆い堂はこの碑が江戸時代に発掘された時
つけられたものらしい。
これも『真実の東北王朝』によれば,
多賀城碑は藤原仲麻呂の子・朝かつの顕彰碑であったが,
仲麻呂の失脚により土中に埋められたとのこと。
碑ができてまだ2年目のことだったという。
そのおかげで徹底的なダメージを受けずに済んだが・・・)
『続日本紀』には載っていない朝かつの位(従四位上)が
この碑には記されていて,金石文の優越性を感じさせた。
紙に書かれた歴史(『続日本紀』)の方が嘘だったのだ!

【松島・・・宮城県】

「松島やああ松島や松島や」と
あまりの松島のすばらしさに息を呑んで
芭蕉はこの句を詠んだといわれるが,
そんな句は『奥の細道』のどこを探しても出てこない。
いやそればかりではなく,『曽良日記』の中に出てくる
芭蕉の句は見慣れないものがほとんどだ。
「原形」と思われるものもわずかである。
『奥の細道』は彼らの旅を元にしながら,
その後かなりの創作力をもって作られた作品だと思った。
もちろんそれは芭蕉の価値を下げるものではなく,
むしろ研究に値するものだと思う。
(『曽良日記』のおかげでいろいろなことが発見でき,
ますます『奥の細道』への興味が湧いてきた)

芭蕉も舟で釜石から松島へ渡ったが,
私も観光フェリーに乗って松島湾の奇景を堪能した。
この松島は沈降によってできたものだと思うが,
日本海側の象潟は隆起によってできた地形で,
その両方が載ってるのも『奥の細道』のミソかもしれない。

【平泉・・・岩手県】

だいぶ時間が押してきたのでどうしようか迷ったが,
この機会を逃すと次はいつになるか
わからないと思ったので,
足をのばして平泉を訪ねた。

「夏草や兵どもが夢の跡」や
「五月雨の降り残してや光堂」の句で有名である。
駅からタクシーで10分。そこから山道を歩いて20分。
ついに私はあの中尊寺金色堂に到着した。
コンクリートの覆い堂の中にそれはあった。
思っていたより大きく,金銀や漆,象嵌による
装飾が見事で驚いた。
芭蕉がここを訪ねたときはかなり朽ちていたように
表現されているが,「昭和の大修理」によって
往時の輝きを取り戻したようだ。

今回の東北旅行は急に思い立ったものだとはいえ,
高校時代からの夢を実現したものといえる。
そういう意味でいい思い出ができた。

つたない旅行記にお付き合いいただき,
ありがとうございました。
また明日からは日常の1コマをお届けしますので,
よろしくお願します。
(8/19)


●2年目の東北旅行(1日目)~2007年の旅

去年に引き続き,3年計画の東北旅行
(いわゆる「肥さんの奥の細道」)に行ってきました。
それを3回にわたって連載します。
どうぞご笑覧下さいませ!

【今年の出発】

去年は急に思い立って出発したため
上野で1泊する羽目になったが,
今年はSLの指定券も含め
1日目がかなり計画的な旅行だったため,
午前10時というナイスな時間の出発だった。
ただし,ここのところ猛暑が続いており,
「旅に病んで・・・」ということにならないか
一抹の不安はあった。

【蒸気機関車に牽(ひ)かれて】

今年の目玉の1つは,会津若松から新潟まで
蒸気機関車(SL=C57)で旅行することだった。
予想通り,景色は途中から阿賀野川の織り成す
渓谷の美しい景色に寄り添い,
旅情豊かな旅となった。
また,「SLばんえつ号」はイベント列車でもあったので,
はからずも全員ジャンケン大会に参加して
「SLピンバッジ」なるものをゲットし,
名前も車内に放送されるという幸運だった。
ちなみに4回連続で勝つ確率は81分の1である。
いつもは勝負事に弱いのにまったく不思議だが。

【女子バレーの応援】

列車が少し遅れたので,
酒田に向かう無謀な計画は諦めて
ホテルで女子バレーの応援をすることにした。
この日の相手は,世界ランク2位のブラジル。
まったく力の差が歴然で,気の毒なほどだった。
明日の朝は朝食におにぎり,つけもの,味噌汁が
無料で出るそうだ。
それを楽しみにして「おやすみなさーい!」。
(8/14)

●2年目の東北旅行(2日目)

新潟駅前のホテル・東横インで
宿をとっての2日目。
どうぞご笑覧下さい。

【予想外の更新】

私は旅行中パソコンの更新はできないと考え,
出発前に「お知らせ」を書いてきた。
ところが,泊まったホテルのラウンジには
無料のパソコンが置いてあったので,
略報ではあるが旅行中の更新ができたのだ。
やったね!
これは「無料のおにぎり,つけもの,味噌汁」
と並んで特筆すべきことなので書いておきたい。
みなさん,新潟駅前で宿をとるなら
東横インがいいですよ!

【象潟・干満寺】

朝8時半の「特急いなほ1号」で象潟へ向かう。
始発だった上30分前に並んだので,
席も確保でき,快適に象潟へ向かった。
(途中車窓に現われた雄大な鳥海山の眺めや
崖が海に迫る鼠ヶ関の海岸は特に印象的)

象潟はあこがれの地だ。
松尾芭蕉は『奥の細道』の中で
「松島は笑ふが如く,象潟はうらむがごとし」
と書いて「象潟や雨に西施がねぶの花」と
俳句を添えている。
この句は最初「象潟の雨や西施がねむの花」
とビミョーに違う句を読んでいるのだが,
その後推敲されて今の形になった。
芭蕉はかなり有名な句でも
「当初作」と「発表作」が違うことがあるので
注意が必要だ。
(例えば,有名な山寺の句も,最初は
「山寺や石にしみつく蝉の声」が最終的に
「閑かさや岩にしみ入蝉の声」となっているし,
「涼しさや海に入たる最上川」も最終的に
「暑き日を海にいれたり最上川」としている。
また,実際の旅では詠んでいなかった句を
あたかも現地で詠んだかのように
載せているものも少なくない。
もちろん,これは芭蕉の俳句の評価を
下げるものではなく,
文学性が高い紀行文だということだ。
それを知りながら私たちも味わえばよい)

ちなみに松島は沈降でできた地形で,
象潟は隆起(2m40cm)でできた地形であるが,
芭蕉が旅をした江戸前半は浅瀬の入り江状態で,
江戸時代後半になって隆起したものだそうだ。
それゆえ芭蕉は舟に乗っているが,
現代の私は歩いて島々を巡っているというワケ。
炎天下の九十九島散策はさすがに厳しく,
干満寺の木陰にはピンチを救われたようだった。

【金浦(このうら)】

早めに酒田,新潟方面に戻ろうかと思ったが,
友人のK君が「ぜひ金浦へ」と言っていたので
寄ることにした。(象潟のとなりの駅)
しかし,「白瀬南極観測隊記念館」は休みだし,
炎天下の町はお盆で忙しくてかまってくれないし,
(それでも白瀬中尉の生家と金浦港の散策をした)
何となく時間を持て余してしまった。
こういう時は車かバイクがあるといいなあ。
(羽越本線だと,「3時間待ち」なんてことも
よくあるんです)

【酒田】

ホテルのチェックインにはまだ早かったので,
市内を少し散策することにした。
お盆の時期とはいえ,
やはり酒田も地方都市の衰退がほの見えた。
東北への観光・工場誘致に熱心になるのも
無理はないように思った。
旧本間邸だけ訪ねた。
「本間様には及びもせぬが,せめてなりたや殿様に」
と歌われた本間家である。
大名屋敷のようなその造りに
あっけに取られる肥さんでありました。

【ホテルにて】

本日の宿は,駅前の東急イン。
夜館内の居酒屋に出没して一杯。
港町だけあって魚は飛び切り新鮮だ。
もちろん値段も飛び切り・・・だったので,
「晩酌セット」にしておいたが。
(8/15)

●2年目の東北旅行(3日目)

酒田の東急インで一泊しての3日目。
どうぞご笑覧下さい。

【ホテルの温度計】

ホテルの部屋にはたいていエアコンと
温度計がついているのだが,
その単位が「華氏」だけのものに
初めて出くわした。
「華氏78度」
これっていったい何度なの?
翌日AETの先生に換算の式を教えてもらい
数学の先生に計算をしてもらったところ,
だいたい25~6℃ということがわかった。
しかし,何で華氏だけの温度計なのか,
そのなぞは解けなかった。
(ホテルの人に聞けばよかったなあ)

【土門拳記念館】

行きの大宮駅で時間があった時,
旅行誌『るるぶ』の中に
酒田は土門拳のふるさとだと出ていた。
土門拳(1909~1990)は
今の若い人は知らないと思うが,
有名な写真家なのだ。
私は中学・高校と写真部だったので,
もちろん土門拳のことは知っていた。
代表作に「筑豊の子どもたち」「ヒロシマ」
「古寺巡礼」「文楽」などがある。

郊外の公園の中にその記念館が建てられ,
ゆったりと彼の写真の世界に浸ることができた。
年間で何回か作品の入れ替えもあるそうだ。
ここはかなりのお奨めポイントである。

【最上川】

『奥の細道』には最上川によせた句が2つある。
「五月雨をあつめて早し最上川」
「暑き日を海に入れたり最上川」
両方とも私の好きな句であるが,
実際に最上川を間近に見て味わうことが
今回の旅ではできなかった。
(タクシーと列車の車窓からだけだった)
ぜひいつか最上川を目前にして,
上の2つの句を味わってみたいものだと思った。

【インカ・マヤ・アステカ展】

帰省のUターン・ラッシュをさけて,
新潟から早めの新幹線で上野へ向かった。
母から国立科学博物館の「インカ・マヤ・
アステカ展」のことを聞いていたので,
立ち寄ってみることにした。

平日ということもあって待ち時間ゼロだったが,
館内は見学者でごったがえし
とてもゆったりとは見ていられなかった。
NHKで先日行った放送の影響もあるのだろう。
「インカ特集」は特に秀逸で,
私もぜひ見てみようと思ったが,
本で読むほうがずっと勉強になったかも。
科学的研究により日本人と中南米人は
遺伝子的に共通したものがあることが
ことさら強調されていたが,
ベーリング海峡を渡っての移動のみが出ていて
太平洋を渡った可能性(エバンス説)は
まったく無視されていた。

【ダイエット】

旅行に出ると楽しいこともあるが,
心配なこともある。
旅行中の体重増加である。
では,今回はどうだったか・・・?

帰宅して恐る恐る体重計にのったところ,
ほとんど出発前と同じ数字を指していた。
今回の旅行はその点でも成功だった。
現在,夏休み27日目で-2.5キロ。
さらに頑張りたい。

【来年の予定】

来年は「一振」の親知らず・子知らずから
スタートして,北陸路を旅行したい。
関係する句としては,
「一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月」
「むざんやな甲(かぶと)のしたのきりぎりす」
「蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行(ゆく)秋ぞ」
などがある。

ご静聴ありがとうございました。
また,来年の旅行記をお楽しみに!
(8/17)


●「奥の細道」パート3(北陸編1) 2009年の旅 8/10,11

「奥の細道」の跡を訪ねる旅の北陸編は,
8月10日の夜「青春18きっぷ」&
「ムーンライトながら」で東京駅を出発した。
1・2日目を紹介しよう。

【指定券が必要だった!】

快適に出発するはずだったが,
東京駅に着くなり「ムーンライトながら」は
指定席券が必要なことがわかり,
冷や汗をかいた。
しかし,ここまできて尻尾を巻いて
家に帰ることはできないので,
車掌さんに交渉して
指定券を発行してもらった。
その券には「本人が着たら
席をお譲り下さい」などということが
書かれていた。
幸いそういう事態はなかったけれど,
最初からハプニングのスタートだった。

【木曾川の川霧】

岐阜駅で「ムーンライトえちご」に別れを告げ,
高山本線に乗り換える。
木曽川を渡る時川の上にもやっと
川霧が横たわっていたのが風情があった。
「宇治の川霧絶え絶えに・・・」という
百人一首の歌があるが,
「木曾の川霧絶え絶えに・・・」と
思わず詠みたくなった。

【蒸気機関車展示館】

上麻生駅の駅前に,蒸気機関車の
展示館があった。
目をこらして見たら「C12163」のようだ。
今度ゆっくり来た時訪ねてみたい。

【かめとうさぎのTシャツ】

高校生が「かめとうさぎのTシャツ」を着ていた。
そのTシャツには「かめのように努力をしよう」
「うさぎのように速く走ろう」と書いてあった。
そうだ,他人と比べて短所を非難するのではなく,
このTシャツのようにお互いの長所を
学び合うっていう発想がいいのでは?

【鮎を釣る人々】

車窓から見える飛騨川には,
鮎を釣る人々が絶え間ない。
はるか昔に鮎の習性を人間が発見してから,
この対決は人間の1人勝ちだ。
鮎も少し人間を研究しないと・・・。

【高山】

高山で2時間半の見学。
朝市,古い町並み,陣屋(代役所)などを訪ねる。
最後は飛騨牛焼肉定食を食べて
再び列車に乗り込んだ。
最初は「しぐれ弁当」という駅弁を食べる予定だったが,
肉の量の割りにあまりにも値段が
高かった(1200円)ので切り替えた。

【1両編成!?】

これまでも2両編成のコンパクトな移動だったが,
飛騨猪谷駅で乗り換えた列車は
なんと1両編成。
それが急勾配の下りを飛ばす飛ばす。
まるでジェットコースターのように
坂を駆け下りた。
運転手の方はさぞかし気持ちがいいだろうな。

【富山市早巡り】

昨日は距離を稼ぐために,
富山市は早巡りした。
(『旅行読売』では富山泊)
それでも市役所の展望台(地上75mで
晴れていると立山連峰も望めるという)や
富山城跡はなかなか良かった。

【金沢市早巡り】

結局金沢市で泊まることに決め,
金沢市も早巡り。
長町武家屋敷跡や兼六園,金沢城を
バスを利用して駆け巡った。

【東横イン】

夜の宿は東横インと決めていた。
何しろサービスが良くて値段が安い。
今回も夕食のカレーライスと
朝食のバイキングが付いて5250円だ。
お金を払えば1泊1000円で
インターネットも使うこともできる。
(今回は「100円パソコン」持参なので,
私は使う必要がなかったが,
もし持参していなかったら借りていたかもね)

明日は2日目の様子をお届けします。
お楽しみに!

●「奥の細道」パート3(北陸編2) 8/12

金沢を出発して,伊勢・松阪へ。
さらに最後は大阪に至る3日目。
その様子を簡単に報告しよう。

【先へ先へ】

とにかく13日には甲子園球場へ行くことが
決まった(高校野球が雨で2日順延された)ので,
昨日は先へ先へと急いだ。
ところが普通列車はつなぎが非常に悪くて,
こちらの思い通り進めない。
そこで,予算をオーバーするが
時間には代えられないので,
午前中に1回(北陸線)と午後に1回(近鉄)
特急のお世話になった。
「青春18きっぷ」の使い方として,
つなぎが悪いところでは途中をスキップする
というテが紹介されているのだ。
ただし,その場合は特急券はもちろんのこと
乗車券も別途必要になるのが痛いところだ。

【読書】

『5万4000円でアジア大横断』を読み終わった。
『深夜特急』や「猿岩石」の旅の最近版という印象。
コースもほぼ同じだ。

今この旅行で2冊目の『脳を活かす生活術』を読んでいる。
茂木健一郎氏の「脳を活かす」三部作の1つだ。
旅行をしているのだから,
別に本は読まなくてもいいのだが,
やはり読書はどこにいてもしたいんだな。

【特産物を味わう】

ケチケチ旅行とはいえ,
少しは旅先の美味しいものを食べたいので,
一昨日飛騨牛焼肉定食を,
昨日も次のようなものを食べた。
「さば・ますのおにぎり」(北陸の名産が2種類)
「モー太郎弁当(松阪肉使用)」
「赤福」(伊勢神宮のおみやげ)
きっと「人間が丸く」なって
帰宅すると思われます。(笑)

【縄文博物館】

三重県津市の山崎三四造さんは
「縄文さん」とあだ名される有名人。
退職金で竪穴式住居を建て,
20年間縄文人として過ごすという
ものすごい生活をした人だ。
できたらお会いしたいと思っていたが,
それはかなわず,
彼の作った縄文博物館などの施設を
カメラに収めるにとどまった。
近所のおばさんに尋ねたところ,
「向こうの田んぼにいるかも」ということだったが,
「向こうの田んぼ」はずいぶん遠かったのだ。
(自転車で移動されているようだ)
あたりは農村の風景の真っ只中。
何もこんな環境の中で
わざわざ「縄文さん」をやらなくても・・・と
家族に代わって突っ込みたくなる私だった。
今度お便りしてみようと思う。

【尼崎・東横インは「満員」】

昨夜は甲子園に近い尼崎の東横インを狙ったが,
「本日満員」の立て札にはね返され,
結局大阪梅田に戻って,
新阪急ホテルに宿を取った。
値段は東急インよりだいぶ高く,しかも朝食なし。
う~ん,この時期は予約も必要かなあ。

【おわび~どこが「奥の細道」?】

今回「奥の細道」の旅を名乗りながら,
松尾芭蕉がちっとも出てこなかった。
期待していた方にはごめんなさい!
「一家(ひとつや)に遊女もねたり萩と月」
「むざんやな甲(かぶと)のしたのきりぎりす」
「蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行(ゆく)秋ぞ」
などが登場する予定だったのですが・・・。
またいつか俳句を味わう旅をしてみたいです。
つたない旅行記を読んでいただき,
ありがとうございました。

明日は,甲子園で日大三と聖望学園の応援だ。
日大三は午前11時から
聖望学園は午後1時半から開始。
乞う御期待!

●初めての甲子園~高校野球の観戦記

午前7時前に新阪急ホテルを出発し,
大阪駅前の吉野家で朝食を済ませた。
ちょうどサービス期間中で
牛しゃけ定食大盛りがもとの値段で食べられた。
おまけにくじが当たって
「次回100円引き券」をもらった。
こいつは朝から縁起がいい!

【今回甲子園に行ったわけ】

担任した生徒や同僚のM先生の息子さんが
選手として出るなんてことは,
なかなかあることではない。
しかも同じ日の第2試合と第3試合に
次々に登場するのだ。
ホント宝くじのような確率だ。
 
また,今年は「奥の細道」パート3で,
北陸を訪ねることにしていた。
北陸と関西はとても近くて移動しやすい。
これは行くっきゃない!
私の心はこうして決まった。

【台風9号の影響で】

しかし,台風9号の影響で
大会が雨のために2日も延期されてしまった。
このままでは行けなくなってたしまう
と考えた私は,北陸旅行を先に行い,
最後に甲子園に行くことにした。
(これは見事に予想が的中した)

【日焼けで顔が真っ赤に】

昨日の関西地方はうす曇のような天気で,
(とはいえ,時折差す日差しは「刺す」ようにきつい)
試合は予定通り(しかも第3試合は15分も早く)始まった。

最初の第1試合から甲子園入りしたので,
紫外線で日焼けして顔が真っ赤になつてしまった。
何しろ午前7時半から午後3時半まで,
8時間も肌をさらしていたのだから,
これは当然である。
では,前置きはこれぐらいにして,
注目の2試合のことを書くことにしよう。

【明暗を分けた日大三と聖望学園】

徳島北000000000計0
日大三00011000×計2

日大三はとてもついていた。
最初にあげた得点は無安打であげたものだ。
また,2点目はこの試合で打った3つの安打すべてが,
たまたま集中した5回裏にあげた得点。
この2点を守り,9回までしのぎきった。

この試合両チーム合計7つのエラーが出た。
両投手が踏ん張っているのに,
こんな試合も珍しい。

都城商401000000計5
聖  望000000001計1

聖望のエース・佐藤に
都城商の強力打線が襲いかかった。
1回表に取られた4点は
最後まで重くのしかかった。

9回裏に卒業生の西村君が
ライト前タイムリーヒットを放ち,
この日の聖望学園の唯一の得点をあげた。
これはさすがに盛り上がった。
しかし,次の打者の強烈な当たりは
1塁手の正面をつき,
万事休すとなった。

【午後8時半には自宅に】

第3試合後,私は荷物をまとめ,
急いで駅へと向かった。
新幹線に乗ったおかげで,
午後8時半には新所沢に着いた。
これで明日も丸1日「使える日」となった。
(最初の計画では,帰りも「ムーンライトながら」&
「青春18きつぷ」の予定だった。
これだと確実に寝不足になるだろうから)

これで今回の旅行はすべて終わりました。
ご静聴ありがとうございました。
コメントがてらあなたの近況や旅行の話を
教えていただければ幸いです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1回目と2回目の時は「100円パソコン」が
もちろんなかったので,
帰宅してから書いたものである。
それにしても我ながらよく書いたものだ。
(質はともかく量については)
それは「急に思い立った」ように見える旅が,
実は高校時代からの旅の準備のもとで
行われたものであるという思いが,
自然と筆を進ませることになったのだと思う。

ここにお世話になった方々にお礼を申し上げ,
本稿をおしまいにさせていただこうと思います。
ご静聴ありがとうございました!

« 社会体験学習の3日間 | トップページ | 社会体験学習(1日目) »

「旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 社会体験学習の3日間 | トップページ | 社会体験学習(1日目) »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ