« 祖母の三回忌 | トップページ | カンブリア宮殿「新型インフルエンザ」 »

2009年10月26日 (月)

加藤和彦さんをしのんで〈2〉

昨日ビデオ予約はしたが,
結局「ライブ鑑賞」してしまった。
〈その前にひと寝入りした〉
録画したビデオを見ながらこれを書いている。

〈1〉 フォーク・クルセダース時代

年代的に彼の活躍の方がだいぶ早くて,
私は「フォークルを知らない子どもたち」だった。
もちろん「帰ってきたヨッパライ」をはじめとした
一連の曲は知っているし,歌えもするが,
愛唱しているとは言いがたい。

「イムジン河」や「悲しくてやりきれない」,
「青年は荒野をめざす」などを
自分の世代の歌として歌ってみたかったと思う。

私がかろうじてぴったりくるのは,
やはり「あの素晴しい愛をもう一度」だ。
この曲は今から7年前に担任クラスが
合唱コンの曲として取り組んだこともあって,
さらに心に残る曲となった。

ちなみに「素晴らしい」ではなく
「素晴しい」というのが原題である。
北山修が送り仮名を間違ったのか,
わざとそう表記しているのかは不明である。

〈2〉 サディスティック・ミカ・バンド時代

私はどちらかというとアコースティックなタイプなので,
ロック的な傾向のグループはあまり聴いていない。
したがってサディスティック・ミカ・バンドも同様だった。
しかし,「タイムマシンにおねがい」は
とてもすごい曲だと思うし,
「白い色は恋人の色」や「家をつくるなら」や
「不思議なピーチパイ」などの作曲も
素晴らしいと思った。
また,吉田拓郎「結婚しようよ」や
泉谷しげる「春夏秋冬」のプロデュースも
彼の仕事だったと初めて知った。
サディステック・ミカ・バンドは,
2006年から木村カエラを迎えて活動していた。

〈3〉 和幸(かずこう)時代

アルフィーの坂崎幸之助と組んだのが,
加藤和彦の一番最近の活動であった。
坂崎の幅広い音楽知識と演奏技術は
私も高く評価するところだが,
その彼が加藤と組んでいたとは知らなかった。

加藤自身むは「もうやりたいことがなくなった」と言い残した。
盟友・北山は「加藤和彦は2人いた。
1人はいつも笑顔の加藤和彦。
もう1人は決して妥協を許さず自分にきびしい加藤和彦。
僕らはそんな加藤和彦の肩に乗るたげで
見えない世界を見ることができたのだ」と語った。

« 祖母の三回忌 | トップページ | カンブリア宮殿「新型インフルエンザ」 »

「音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 祖母の三回忌 | トップページ | カンブリア宮殿「新型インフルエンザ」 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ