今年の教科書展示会
昨日は学総体の1日目だったが,
男子バレー部は残留組だったので,
市の教育センターで行われている
教科書展示会に行ってみることにした。
中学社会科はたくさんの会社が
地理・歴史・公民の教科書発行しているので,
なかなか全部を見ることはできない。
そこで,歴史的分野の自由民権運動を
(その中でも秩父事件を)
比較しながら見てみた。
今回の改訂で秩父事件は
ますます教科書の内容から
遠ざかっていった印象だ。
わずか日本文研社のものが
椋神社の写真を載せるなどしているが,
それ以外では日本地図の中に
小さく書かれている程度で,
自分で勉強していないと「秩父事件」という名称さえ
授業で使用しないことになりかねないと思った。
幸い私の属する所沢の社会科サークルには,
小学校の篠原先生による実践例があり,
わが埼玉で120年前に起った秩父事件について
わかりやすく伝えることができると思う。
(篠原実践の紙芝居をワープロ打ちしたものを
私は授業では使っている)
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コメント
秩父事件の記述で教科書を読み比べたのですか。ほとんどの教科書が記述しないようになっているのですね。
でも秩父事件の位置づけがずいぶん変化していると思います。私などの学生時代には、日本近代史・日本近代民衆史・日本近代革命運動史の金字塔として捉えられていました。そして明治維新は民衆の武装蜂起がないから市民革命とは言えないという誤ったマルクス主義的理解が広まる中で、唯一の民衆の武装蜂起として、日本のパリコミューンとして持ち上げられていました。
しかしそのご秩父事件は、日本の近代化・日本における資本主義社会の建設の過程で切り捨てられた民衆の、生活防衛のための「国一揆」として捉え返され、資本主義の発展のために多くの民衆の生活を犠牲にして省みることのない権力への異議申し立てと位置づけが変わって行きました。そして万を越える民衆が動員できたのも、国単位、この場合では郡単位の村々で、一揆に参加しない場合には村ごと村八分にするという脅しが掛けられ、しかたなく参加した村人も多かったことも論証されました。
今では秩父事件を含むこの時期の民衆の騒憂事件・いわゆる困民党事件は、近代化の負の側面を示す事件と捉えられています。この意味では、きちんと秩父事件を含むこれらの動きを教科書で記述することは意味があり、これがなされていないことは残念ですね。
投稿: 川瀬 | 2009年6月26日 (金) 10:54
川瀬さんへ
コメントありがとうございます。
川瀬さんといえば,
やはり『徹底検証「新しい歴史教科書」』。
次回作(近世3)も楽しみにしています。
会場には,扶桑社版のもののほか,
藤岡氏らが監修するの自由社版のものもありました。
投稿: 肥さん | 2009年6月27日 (土) 05:41