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2009年2月24日 (火)

万葉集は7000首あった!?

新庄智恵子著『謡曲の中の九州王朝』
(新泉社)の中に,上記の話題が出ていた。

「家持はこの『万葉集』を九州王朝終焉の譜として
編みたいと思ったことでありましょう。
しかし,謡曲のいうように七千首もあったはずの歌が
敗戦を歌ったもの,筑紫に王朝のあったことの解るもの,
そして滅亡したこと等,
大和王朝にとり不都合なものは悉く捨てられたのです。
二千五百首カットされ,残りは気の抜けたサイダーの如き
甘い恋の歌ばかり目立つ歌集となってはいます。
家持はそれでも残る四千五百首の中に,
国歌の滅亡する姿と筑紫人の深い悲しみを
何としても織り込みたいと腐心したのでありましょう」

どの謡曲かはここからはわからないが,
近畿天皇家の「検閲」をくぐりぬけて
今私たちが知ることのできるほかに
2500も歌があったといっている。
その中には白村江の戦いの歌もあっただろう。
ぜひ「検閲」の前の万葉集を知りたいものだ。

今私には1つの無念がある。
古今和歌集が最初の勅撰和歌集だと学んだ時
「なぜ万葉集はそうではないのですか?」
と問うことができなかったことだ。
その質問を発することで
今は亡き高校の恩師・金子先生とも
ひと味違った会話ができたであろうに・・・。
金子先生は万葉集の研究もなさっていたので,
きっと喜んで私の質問に答えて下さったと思うのだが。
(金子先生には古典の解釈の仕方で
職員室まで質問に行ったことはあった)

なお,新庄智恵子さんは私と同じく
古田武彦氏から多くのことを学んで
上記の書を書かれている。

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