« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月30日 (金)

クローン犬のこと

今朝のニュースでやっていた。

ある国のお金持ちのご婦人の話。
愛犬が亡くなったので,
その一部を冷凍保存しておいて
1400万円の費用をかけて
クローン犬を作ってもらったそうな。

愛犬が亡くなったのは
気の毒に思うけれど,
こういうのってありなのかなあと
怖さを感じてしまう。

さらに怖いのは,
「クローン犬よりも
クローン人間の方が作りやすい」と
ニュースで付け加えていたことだ。

今日授業で「バイオテクノロジー」
という言葉が出てきたので,
その説明に加えて話してみた。
普段は乗ってこない生徒が
めずらしく反応してくれた。

2009年1月28日 (水)

いいこと日記(8)

ポストをのぞいたら
一通のハガキが入っていた。
差出人はサークル仲間のUさん。

寒中お見舞いのはじっこに
こう書いてあった。

「肥さんを見習い,実践記録集を
細々と作り始めました。
内容を充実させようと,
日々の仕事も気合が入ってきました」

Uさんは小学校の若手の先生だ。
サークルでお会いしたり,
〈仮説〉の研究会では講師も務めている。
その様子から国語の教材で
蓄積があるように思った。

Uさんの実践記録集を楽しみにして,
こちらももうひとがんばりしなくちゃね!

2009年1月25日 (日)

『「いいこと」レシピ』

上記の本(中山庸子著,PHP文庫)を
明星大学の本屋で入手した。

もちろん「いいこと」という言葉に
ピンときてのことだ。
予想は大当たりで,
第5章は「「いいこと日記」で運をよくする」
という章だった。

この章だけ紹介すると,
・「いいこと日記」のつけ方
・今日の「いいこと」の探し方
・「なりたい自分プロジェクト企画書」
・人づきあいを楽にする
・生活の達人になれる
・過去の自分が今の自分を励ます
などの項目が並んでいた。
人は同じようなことを考えるものだと思った。

ちなみにこの本は2009年1月22日発売で,
まさにできたてのホヤホヤの本であった。
(元の単行本は3年前の発行)

明星大学での研究会の日に
この本に出会うとは
まさに「いいこと」だった。

「未来の先生たち」と授業科学研究会

昨日は明星大学で行われた
上記の研究会に行ってきた。

第1部 公開授業「仮説実験授業への招待」

1時限目 「仮説実験授業の考え方」

小原茂巳さんの最終講義に便乗しての
伴野太一さんとのコラボ講演だった。
最終講義とは思わないで行ったので,
参加できてラッキーだった。
学生たち百数十名のほか一般参加が
数10名いて大教室だったが混んでいた。

2時限目 「授業書《浮力と密度》の授業」

ゲストの山路敏英さんによる授業を
学生たちや一般参加者と楽しんだ。
素敵な理科室は小原さんのデザインだと
田辺守男さん(この会の主催者)から聞いた。
後半は,こちらも最終講義ということでまとめの話。

第2部 講演会

(1) 「仮説実験授業がもたらした幸福論」

今年で定年の山路さんによる講演。
年譜も収録された資料をもとに,
これまでとこれからを語っていただいた。

(2) 「授業における科学的研究とは?」

小原さんによるわかりやすい講演。
「成功体験をさせてくれる授業は
仮説実験授業しかない」
とはまさに至言である。

第3部  パネルディスカッション

「夢多き教師生活の予感と
退職する人生~これからの人生」

小原さん,山路さん,伴野さんの
3人によるパネルディスカッションだった。
「仮説はまだ知られていないので,
どんどん紹介したい。
それで選ぶか選ばないかは
その人の主体性の問題」
「違う個性同士が仲良くなるのは無理。
だが,楽しさは共有できる」
「〈仮説〉は科学だから
その守備範囲については補償付き」
などの言葉が出てきていた。

午前9時から午後5時まで
どっぷりと仮説実験授業の世界に
つかった1日だった。

2009年1月24日 (土)

2校から反応が

先週「だめもと」で6通のハガキを
強豪校に出していた。
男子バレーボール部の
練習試合のためである。

部の数が年々少なくなってきていて,
待っていたのではなかなか
声がかからないので,
こちらから声をかけてみたのだ。

そしたら,なんと2校から
前向きの返事がきた。
距離もだいぶ遠い(1時間半と
2時間半)学校だが,
今月から来月にかけて
「武者修行」にでることになりそうだ。
大変だが楽しみである。

2009年1月23日 (金)

淡路島の弥生鉄器工房

今日の朝日新聞の朝刊に
淡路島で弥生時代最大規模の
鉄器工房群が見つかったと出ていた。
「近畿初,邪馬台国論争に波紋も」と。

内容を見てみると,海抜200メートルあたりに
(ということは高地性集落か)
17棟の竪穴建物群が見つかり,
そのうち10棟の床面に強い熱で
赤茶色に焼けた炉跡があったという。

出土物は斧の可能性がある大型鉄器や
(長さ約20センチ,約560グラム)
矢じり,鉄片など約70点の大量出土である。

しかし,海をはさんで両側の
兵庫県側と香川県側は弥生鉄器の産地であり,
その中間に位置する淡路島で
鉄器の出土があっても,
なんら不思議ではない。

むしろ「近畿初」と強調されるほど
「今まで近畿では出土していない」というのが
本当のところなのだ。

ぜひこういう記事には,
現在までの出土分布図を付けてほしい。
でないと,読者がその記事だけから
勝手に判断して読み取ってしまうだろうから。
(まさか,それが狙いということではないと思うが)

付け加えると,弥生時代の鉄器の出土は,
まず北部九州が圧倒的で,
それに次ぐのが先ほどの地域。
大和からは残念ながらまったく出土していない
というのが現状である。

2009年1月22日 (木)

もしも私が○○才だったら

『1時間で国語』の話は以前出したが,
その最初に出ている上記の実践は
なかなか面白そうだ。
(小学校の先生・田畑和徳さんの報告)

いわゆる「ウソの作文」になるのだろうが,
「ウソの中に真実が見える」というやつで,
なかなか楽しめる。

「私は○○才です。
今,~の仕事をしています。
その仕事は~。
休みの日は~。
家族は~。
今の私の楽しみは~。」

この空欄に言葉を入れて
作文していくのだが,
それぞれの個性が出てしまって
いい文章になる。

ホントのことを書こうとしても
なかなかできないのに,
ウソの作文だとできてしまうのは
(本人の意思とは関係なく)
どうしてなんだろう・・・。

オバマ大統領の就任演説

昨日夜中の2時に目が覚めてしまった。

しまった,こんな時間に・・・と思ったが,
オバマ大統領の就任演説が
ライブで聞けると思い,
テレビのスイッチを入れた。

まさにその時間に演説は始まった。
200万人というアメリカの人々に向けて,
困難は多いけれども
みんなで立ち向かっていこうと
彼は力強く訴えていた。

19分間に及ぶ演説は
事前に翻訳されていたのか,
日本語との多重放送だった。

この演説の全文を手に入れて,
もう一度味わってみたいと思った。

2009年1月19日 (月)

「分子の詰まりかた」

今年の仮説の冬の大会で
板倉聖宣さんが「分子の詰まりかた
―〈ダイアモンドの結晶と木炭と石灰の
中の分子〉―」という文章を
講演で発表したとの情報が入った。

これは『続・もしも原子が見えたなら』という
位置付けだそうで,
『もしも原子がみえたなら』が
気体を中心にしているのに対して,
今回は固体が中心とのことである。

で,そのきっかけとなったのが,
去年の冬の大会の「不思議な石,
石灰石」だったというから
私が喜んだのもわかっていただけるかと思う。
(埼玉での大会のおみやげを
石灰石にしようと私が提案した)
この文章はいずれ『たの授』などに
発表されると思う。

板倉さんの解説のみ紹介する。

「昨年の年末年始に書いた「不思議な石,石灰石―
はじめての鉱物学と化学」が好評だったので,
今年はこんな話を年末年始に書いてみました。
ふつうなら〈教師用解説〉として書く話から
書きはじめてしまいましたが,
こういう書きはじめ方でよいかどうかには
自信があるわけではありません。
この話は,最近になってやっと
確信が持てるようになった
「木炭と生石灰の孔ぼこ構造」の話を
中心に書き上げ,
その前に「前々から研究してきた
〈結晶〉の話を加える」ことによって
完成した恰好ですが,
「お蔭で結晶の部分の話も
うまくまとめることが出来た」と思っています。
我ながらうまい話が出来たと満足しています」

「白雉二年九月吉日」と墨書された翁の面

例によって「新古代学の扉」の人気コーナー
「古賀事務局長の洛中洛外日記」を見ていたら,
興味深い記事が出ていた。
長文になるが転載させていただく。

「今回の例会で注目すべき報告が
正木さんからなされました。
新たな熟田津候補地に加わった愛媛県西条市の
西隣にある周桑郡丹原町今井の福岡八幡宮に
「奉納 白雉二年九月吉日」と墨書された翁の面が
現存するというものです。
同時代の墨書であることが証明できれば
新たな九州年号史料の一つとなりますし、
初めての「白雉」年号史料となります。
西条市調査の際に
この面も調べてみたいと思っています。
できればC14測定を行い、
年代を確定したいものです」

白雉といえば九州年号の1つで,
652~660の9年間続いた年号である。
白村江の戦いの直前であり,
九州・倭国にとって風雲急を告げる
時代であったことだろう。

直後の白鳳は23年も続いたというか
改元できないままに続いた年である。
(天子である薩夜摩が唐・新羅の連合軍に
捕虜にされてしまったためだ)
そういう歴史は今教科書に書かれることはないが,
やがて真実の歴史が明らかになることだろう。

ちなみに白雉5年という年は,
埼玉県にある高山不動ゆかりの
3つの寺の開基の年として
『市民の古代・第10集』に収録されている。
私も30代の頃訪ねたことがある。

参考 九州年号の証言

九州王朝説を支える有力な証拠の1つが,
517~700年の183年にわたって
連綿と続いていた31個の九州年号である。
それを紹介しておこう。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~700年(6年間)◆

日本書紀によると,年号は大化(645)から始まり,
飛び石的に白雉や朱鳥があり,
大宝(701)につながるというのだが
およそ年号というものは「すき間なく続いている」
ことに意義があるのであり,
それでこそ年代のモノサシ足りうるのだ。
その点,日本書紀に出てくる3つの年号は
そもそも「年号」としてのテイをなしていないのである。

また,当時朝鮮半島では高句麗・新羅・百済の国々が
それぞれの年号を持ち,誇っていた。
倭国が年号を持っていておかしいことはないし,
むしろその支配権を中国に認めてもらおうとした倭国が
逆に年号を持つことを遠慮していたとしたら
その方が当時の「アジアの常識」としておかしいのだ。

いくつかの年号にふれておく。
全体として「僧聴」「和僧」「金光」「仁王」「僧要」など
仏教の影響が色濃く出ている。
この年号を定めた王朝は深く仏教に帰依していた
ものと思われる。
(九州の仏教受容年代はかなり早い時期のようである)

また,白鳳が23年間と圧倒的に長い。
その前半の白村江の戦いでの敗戦を受け,
長く改元することもままならなかった王朝の
事情が表わされているのではないか。
(実際「薩夜馬」と呼ばれる九州のリーダーが
捕虜になっており,後に送還されてきている)

江戸時代,九州年号については
「邪馬台国」論争とともによく議論されたらしい。
しかし,明治時代になりこれらの年号は
私年号として葬りさられてしまった。

その九州年号を発掘し,歴史の光を当てたのが
古田武彦氏と彼を支持する市民の人たちだったのだ。
九州年号についての最新の研究が
「新古代学の扉」というサイト(古田史学の会)で
見ることができる。
興味のある方はぜひのぞいて見てほしい。

2009年1月18日 (日)

仮説社と昭島サークルへ

昨日は仮説三昧の1日だった。

まず午前中に仮説社に行った。
『新版・もしも原子が見えたなら』を含め
未購入の本を4冊買った。
(しばらくご無沙汰だったものなあ)

『1時間でできる国語』には
今まで見たことのなかった
「カタカナとひらがな」(伊藤善朗さん作)
という授業プランが載っていて刺激を受けた。

その足で今度は昭島サークルへ。
(正式名は「たのしい教師入門サークル」)
参加者は20数名,レポート数は16は,
数ある仮説サークルの中でも
やはり群を抜いているだろう。

若手からベテランまで幅広い年齢層で,
多方面からアドバイスを受けることができる。
中一夫さんが欠席されていたのは残念だったが,
主催者である小原茂巳さんのコメントには
いつもながら感心した。
そのレポートのいいところにすぐに反応し,
また的確なアドバイスをしてくれるのだ。

今回も「うれしい手紙」(田辺さん)や
「ばんセン日記」(伴野さん),
「《粒子と結晶》の授業記録」(滝本さん)など
力作のレポートが発表された。

また,中林さんは趣味のガーデニングで
何とか大賞を受賞して,
写真入り4ページで園芸雑誌に
紹介されていた。

途中で帰られた奥さんの「レコちゃん」という
長編の記録(すぐ切れるので
仮名で「スグキ・レコちゃん」)
を帰りの電車で読んだ。
続編が楽しみだ。

2009年1月17日 (土)

あれから14年

1995年1月17日に
阪神・淡路大震災が発生した。

あれから14年の歳月が流れたことを,
先ほどニュースで知った。

未明のその時刻に
画面に映った人々は黙祷していた。

私も14年前の自分のことを思い出していた。
その頃私は前々任校に勤めていて,
自転車で30分かけて通っていた。

職員室で同僚とテレビの映像を見ながら,
今神戸の町や淡路島で起っていることを
語り合っていた。

神戸には友人のTさんが住んでいるので,
その安否も心配だった。

皆さんは,14年前のこの日,
どこでこのニュースを知りましたか?

綾小路きみまろのネタ帳

昨日の「中居正広のキンスマ」のゲストとして,
漫談家の綾小路きみまろが登場した。

中高年を話題としたライブは
今や大変人気があるが,
下積み生活も長かったという。
(といっても,森進一の専属司会なども
彼は勤めているのだが・・・)

その長い「下積み生活」で書きためた
彼のネタ帳の量がすごい。
なんとダンボール箱に5つにもなるのだ。

たとえ今は不遇でも
自分の信じるものがあれば,
あのような努力も
楽しい努力になるのだろうか。

別の番組で聞いたことだが,
中高年を扱ったネタではあるが,
特定の個人を否定することはしない。
その手法が支持されているのではないか
と本人が語っていた。

2009年1月16日 (金)

社会科サークルの新年会

昨日社会科サークルの
新年会に参加してきた。

居酒屋で行っていた例年と違い
今回はイタリア料理店で行われた。

参加者は6名。
Oさん,Mさん,SUさん,Yさん,
SIさんに私。
なんと6名中4名が女性だった。

話題は吉野ケ里遺跡から始まって
古代史の話題。
吉永小百合から始まって映画の話。
などなど多岐に渡った。

料理も大変おいしく,
食いしん坊な私たちの胃袋を
大いに満たしてくれた。
前菜数種類→ピザ→スパゲティー(2種類)
→飲み物→デザートの順で,
3000円のコースだった。
(飲み物は別料金)

お店は小手指駅南口から
5分ほどのところにある
「Passo  a  Passo」。
2年前の2月に開店した新しいお店で,
2月1日から開店2周年記念ディナーを
2000円でやるとのことで,
また来月も行ってみたくなった。

2009年1月13日 (火)

寅さんとリリーさん

リリーさんと聞いて,それが「寅さん」の
浅丘ルリ子のことだとわかる人は,
相当の通であろう。

私は通というほどではないが,
「寅さん」に出てくるリリーさんのシリーズ
全4巻をみんな持っている。

第11作「寅次郎忘れな草」・・・
寅さんが売れない歌手リリーさんと出会う

第15作「寅次郎相合い傘」・・・
兵藤との3人旅を通していい仲になる2人

第25作「寅次郎ハイビスカスの花」・・・
沖縄で病気となったリリーさんを看病する

第48作「寅次郎紅の花」・・・
満男と泉の恋の行方を見守る2人
(第48作は渥美清の最終作でもあった)

なぜこの4本を持っているかというと,
同じマドンナが登場して
ストーリーにふくらみがあり,
より「寅さん」を楽しめるからである。

大学1年の時「寅さん」を始めて見て以来,
かなり多くの作品をみてきたが,
この4本はぜひ手元に置いておきたくて
お金を出して買ってしまった。

テレビでも時々「寅さん」はやるが,
途中でコマーシャルが入ったりしたて
間が延びるのでやはりビデオがいい。

山田洋次監督の人間を見る目は
とても優しくて,癒される。
それが「寅さん」をより魅力的な
作品にしている所以でもある。

2009年1月11日 (日)

うれしかった2冊のガリ本

昨日は久しぶりに
飯能・日高サークルに参加した。
といってもサークル後の
飯能仮説会館での飲み会だったが,
楽しいひと時を過ごすことができた。

その際プレゼントしていただいたのが
2冊のガリ本だった。

『〈仮説実験授業研究会
冬の合宿研究会 埼玉大会〉の記録集』

ちょうど1年前に行われた冬の大会の記録が
とうとう160ページにもなるガリ本となった。
板倉講演や竹内さんの授業書についての話,
話題となった〈不思議な石,石灰石〉の文章
などが収録されている。
私は石灰石を埼玉の冬の大会のおみやげに
しようと提案した「張本人」なので,
あらためて提案してよかったなあと思った。

『HANNOUからの風2007』(通巻58号)

2007年2月に発行されたガリ本。
後半にはサークルの例会だよりが載っていて,
85~112ページには私の提出した
社会科かるたや「私にとっての授業書
シリーズ」等が収録されていた。
2年前の元気な時の資料を見て
とてもうれしかった。

2009年1月10日 (土)

インフルエンザ予防法

昨日のNHK「ご近所の底力」で
インフルエンザの予防法をやっていた。

(1) うがいは2回に分けてする

1回目は口の中のばい菌を出すために
グチュグチュするやつ。
2回目にノドの奥のばい菌を出すために
ガラガラするやつ。
いきなりこれをやると,
口に中にいたばい菌を
体内に入れてしまう可能性があるので,
2回に分けるのがよいそうだ。

(2) くしゃみはヒジで押さえる

くしゃみが出そうな時手で押えることが多いが,
押さえ切れない飛沫でばい菌をまき散らすし,
その後手であちこち触ってしまう。
ひじで押えると手より多く防げるし,
またその後あちこち触るということもない。

この2つの点に注意して,
この冬は努力してみようと思った。

「252 生存者あり」

テレビで上記の番組を録画しておいたものを
昨日の道徳の時間に見せた。

今映画版が公開される直前で
関心があるのだろうか。
みんな静かに見ていた。

ちなみに内容を知らない方に説明すると,
災害時に活躍するレスキュー隊の物語
ということでしょうか。

もう1時間はこのビデオで
持たせられそうだ。

2009年1月 7日 (水)

『日本の科学者最前線』

昨年は日本人のノーベル賞受賞者が4人も出て,
なんだかとてもうれしい年だった。

先ほど本を片付けていたら,
8年前に買った『日本の科学者最前線』
(読売新聞科学部著,中公新書ラクレ)が
出てきたので,
その後の受賞者を確認してみた。

すると,昨年物理学賞を受賞した3人のほか,
小柴さん,野依さん,白川さんの名前が確認できた。
この本に載っている50数名のうち,
実に6名の受賞という高確率であった。
いろいろな分野で国際的に認められている
日本人がたくさんいるのだなあと
あらためて思った。
ちなみにこの本には,
益川さんが英語嫌いで海外講演を嫌がり,
代わりに小林さんが行っているなどという
エピソードも出てくる。

これまでの日本人の受賞者を表にしてみると
以下のようだ。
16人中7人が物理学賞で
ほぼ半数を占めているということになる。

2008  南部 陽一郎,小林 誠,益川 敏英(物理学賞)
     下村 脩(化学賞)        
2002   小柴 昌俊(物理学賞), 田中 耕一(化学賞)       
2001   野依 良治 (化学賞)       
2000   白川 英樹 (化学賞)
1994   大江 健三郎 (文学賞) 
1987   利根川 進 (生理学 医学賞 )
1981   福井 謙一 (化学賞)       
1974   佐藤 栄作 (平和賞)   
1973   江崎 玲於奈 (物理学賞)         
1968   川端 康成 (文学賞)
1965   朝永 振一郎 (物理学賞)       
1949  湯川 秀樹 (物理学賞)

実は8年前,化学賞を白川博士が受賞した時,
私はお祝いの言葉を集めた学級通信と
科学部通信を横浜のご自宅に送った。
その時いただいたハガキには
メダルが印刷してあり,
我が家の家宝になっている。

いいこと日記(7)

昨日は不登校の生徒に関して,
いいことが2つあった。

1つは現在不登校中で
市の教育センターに通っているAさんだ。
いつも家族と一緒に肴やにきているので
気が付かなかったが,
お母さんの話を聞くと現在不登校中とのこと。
しかも私が肴やに置いておいたガリ本
『肥さん,この10年~40代の仕事』
に載っている社会科かるたのファンだという。
うれしくなってそのガリ本(もちろん新しいやつ)を
さっそくプレゼントした。
こういうことでもお役に立てれば,
社会科かるたを作った甲斐があるというものだ。

もう1つは,前任校の卒業生で
中2から不登校になり,卒業まで約1年半
付き合いのあったB君の
お母さんからの年賀状が今日届いた。
この春無事大学に合格したとのことで,
これからの彼の活躍が楽しみだ。

2つの話はまったく時間も学校も違うものだが,
それが同じ日に私の目の前に現れるとは,
ホント人生って不思議だなあと思う。

2009年1月 6日 (火)

いいこと日記(6) 

昨日は新年の部活動の初日であった。
初日からいいことがあった。
男子バレー部の先輩が3人
(高3が2人,中3が1人)
練習を見にきてくれたのである。

先輩が来てくれるといいことがある。

(1) 部員たちにいい緊張感が生まれる

世話になった先輩たちに見られているので,
練習にいい緊張感が生まれる。
先輩たちも後輩たちにいいところを見せたいので,
自然と相互作用的に練習に活気が出る。

(2) いい練習試合ができる

男子バレー部は数が少なくて
なかなかいい練習試合を組めないのだが,
部内の紅白戦では難しい
レベルを高くした練習試合ができる。
実は先輩たちもこれがやりたくて
練習にきてくれるわけだが・・・。

ということで,練習時間40分サービス。
先輩たちにはアクエリアスを1本ずつ
「アルバイト料」としてプレゼントした。

資料送付

先日「九州の式内社の少なさ」の話を
このブログでも書いたが,
昨日竹村さんという方から
資料(グラフ)を送っていただいた。

というのはアドレスのわかっている古賀さん
(「洛中洛外日記」の著者)にメールしたところ,
原著者の竹村さんに転送していただけ,
じきじきにご本人から資料をいただけたのだ。
これは思わぬ「お年玉」だった。

それを見てみると,明らかに九州が少ない。
(対馬・壱岐は例外的に多いが,
その他では少なさが歴然としていた)
やはりグラフの資料というのは説得力が違う。

ちなみに母集団は2855とのことで,
3000とはいかないがかなりの数だ。
「こんなに母集団が少ないのでは,
検討に値しない」とは絶対言えないだろう。
(むしろ「積極的に検証しない方が
おかしい」とも言える数であると思う)

なお,このグラフ資料を見て
普通なら「あら,九州は少ないのねえ。
由緒ある神社がないのかしら」
と思うところだが,九州王朝説に立てば,
「近畿各国が200を越える
式内社を載せているのに
九州内の式内社が少ないのは,
大和政権から評価しがたい
「由緒ある神社」が逆に多かったのだろうと
思えるような違い(各国数社どまり)だ」
と全然違う解釈となるのである。

2009年1月 4日 (日)

これはすごい確率では?

1月2日,3日の大学対抗箱根駅伝は,
今や時代の風物詩となっている(と思う)。

ご存知の通り,今年は東洋大が初優勝し,
早大が2位になった。
ついでに言うと,私の母校・法大は,
予選会も通過できず出場しなかった。
ここまでが,予備知識である。

さて,昨日新年初めて肴や(私の
お気に入りの居酒屋)に行ってみた。
すると,左隣の席のTさんがいつもの通り
遠慮深く(しかし,うれしそうに)こう言った。
「今日は私の母校の東洋大が
駅伝で優勝したんですよ」
Tさんが東洋大出身ということは
今まで知らなかったが,
「それは,おめでとうございます!」
と私はお祝いを言った。

すると,しばらくして今度は右隣の席のHさんが
思い出したかのようにこう言った。
「実は私は早稲田の出身なんですよ」
私,「それは残念でしたね。
3区の竹沢(オリンピックにも出た)は
よくがんばったと思いますが」と。

そこから会話はあちこちに流れたのだが,
今朝ふとこのことを思い出して,
これはすごい確率ではないかと思った。

優勝した東洋大(の卒業生)と
2位だった早大(の卒業生)の間で
昨日お酒を飲んだ人の確率というのは,
きっと年末ジャンボ宝くじで1等とは言わないが,
かなりすごい確率ではないだろうか?

どなたか大体でけっこうなので,
その確率がどのくらいのものだか
教えてもらえるとうれしいです。

法大よ,来年はぜひ出場してくれ!
やはり母校が出ていないと
応援するテンションが上がらないもの・・・。

楽知んカレンダー2009

ここ5年ほど「楽知んカレンダー」という
ちょっと変わったカレンダーを愛用している。

どこが変わっているかと言うと,
まずこのカレンダーは土・日からスタートする。
普通は週末に当たる土・日がスタートだから,
発想の仕方がまず違うのだ。

で,何をするのに役立つかと言うと,
「週末はどんな研究をしようかな」
ということを年中思うことになり,
自然とそういうスタイルで
一週間を過ごすことになるというわけなのだ。

ここ何年かは仮説のサークルに通う点で
大いに役立った。
サークルに通って刺激を受け,
『たの授』の編集会議で情報をもらう。
しかも,同時に仮説社に買い物にも行ける。

今年は自分のペースを取り戻すために
「楽知んカレンダー」を活用したい。
みなさんも楽知ん研究会で
この「楽知んカレンダー」を手に入れて
活用してみませんか?

この他,科学者などの参考になる話や
発想を豊かにさせる話が満載。
これで1000円という値段だから
私は毎年愛用しているというわけなのである。

2009年1月 3日 (土)

「世界のピラミッド徹底解剖」

昨日またピラミッドについての番組が
テレビ放送された。
上記の番組である。
今回は以下の4つの観点から
構成されていた。

(1) ピラミッドとスフィンクスの関係

「ピラミッドがエジプトの王様の墓で,
スフィンクスはその守り神である」
という定説は,もはや過去のもののようだ。
というのは,スフィンクスはピラミッドより
昔に建設されたことがわかったからである。
(スフィンクスの雨による侵食。
しかし,ピラミッドにそれはない。
つまりスフィンクスは昔の
雨の多い時期に作られた)

(2) ピラミッドと当時の墓との違い

ピラミッドの周辺には当時の貴族や
王族の墓があるが,
そのうちの1つクフ王の母親の墓は,
小ピラミッドの脇に作られていた。
クフ王の場合もその可能性がある。

(3) メキシコのピラミッドとの比較

メキシコにもピラミッドがあるが,
王の権威を示すための舞台のようである。
その規模は代々リフォームされて巨大化し,
中には7回されたものもある。

(4) ピラミッド建設の歴史をたどる

ピラミッドは奴隷を酷使して,
強制労働で作ったというのは,
最近の発掘で否定されている。
(「労働者の村」が発掘された)
ナイル川氾濫期の「公共事業説」は
だいぶ前から聞いていたが,
その物証が出たのだ。
それと同時に王は永遠の命を求め,
ピラミッドを建設しようとした。
しかし,そこには従来の星神派VS
新興の太陽神派の対立が隠されていた。

5時間の長編だったが,
謎解き風に構成されていて
興味が尽きなかった。
ただ,前回の番組で強調されていた
アーチ式建築の強さはあまり触れられず,
むしろ魂バーの行き来する
「偽扉」としての役割のみ強調されていて,
それはどうかと思った。
まあ,建築も「偽扉」も同時に表現する形が
アーチ式ということなのだろうが・・・。

2009年1月 2日 (金)

エコかるた

(株)ダスキンが募集して
12月7日に朝日新聞紙上に発表された
「エコかるた」をご存知だろうか。

全国から42785句の応募があり,
そのうち46句が掲載された。
それを転載しようと思う。

12月は忙しくてそれができず,
また1月も忙しいと思うので,
正月にやってみようというわけである。
(なお,それぞれのかるたには
イラストレーターのなかさこかずひこさんの
可愛らしい絵が付いているのだが,
それは今回は省略させていただく)
では,はじまりはじまり・・・。

(あ) 明日もね いつも一緒の マイバッグ
(い) いい湯だな 続けて入ると 冷めないよ
(う) 打ち水で 地球を冷やして いい気持ち
(え) エレベーター やめて歩くも エコのうち
(お) 贈り物 心は厚く 包みは薄く

(か) 紙一枚 元は木だった 森だった
(き) 北風も お日様もみな エネルギー
(く) 国を越え 地球を守る 手をつなぐ
(け) 消し忘れ 見てないテレビ かわいそう
(こ) この地球 一つしかない 貴重品

(さ) 皿洗う 前にひと手間 汚れ拭く
(し) 正月は 遊んで学べる エコかるた
(す) 澄んだ水 森は自然の 浄水器
(せ) 千年後 歴史で習うよ ぼくらの活動
(そ) 祖母と祖父 エコあれこれの 大師匠

(た) 食べ残し 命がみんな ゴミになる
(ち) 地産地消 送料かからず かつ新鮮
(つ) 使い捨て いつかは地球も 使い捨て
(て) テストの点 悪いが裏紙 役に立つ
(と) トンボ飛ぶ 魚は泳ぐ ぼく歩く

(な) 夏の日は 葉っぱのカーテン 涼しそう
(に) 兄ちゃんは 無駄な電気を 消す係
(ぬ) 脱いで着て 暑さ寒さは まず服で
(ね) 寝る前は いつも消すよ 主電源
(の) 飲んだ後 生まれ変わるよ アルミ缶

(は) 早寝はね 電気を早く 消せるんだ
(ひ) 人も木も 魚も鳥も つながる命
(ふ) 古くても 修理できたら 使います
(へ) 減らす事 考えながら お買い物
(ほ) ホタルたち きれいな水が 大好きだ

(ま) 待っててね 車は今日も お留守番
(み) 見栄張って 買い換えるなら 修理して
(む) 虫たちも ぼくらと一緒 地球の仲間
(め) 目立たない 速度で上がる 海水面
(も) 「もったいない」 その考えが まず一歩

(や) 屋根の上 お日様借りて エコのお湯
(ゆ) 湯たんぽは 昔の知恵です エコロジー
(よ) よしず立て 窓辺涼しく ネコ昼寝

(ら) ライト消し 空を仰げば 天の川
(り) リビングで 一つのテレビ 笑顔増え
(る) ルーツ知る 食べ物来た道 近いかな?
(れ) 冷房は 地球にとっての 暖房だ
(ろ) ろうそくに 笑顔もともる キャンドルナイト

(わ) わたしから 育てて増やす エコのタネ
(を) 繰り返し 使う気持ち(を) 大切に
(ん) レ(ン)タルは モノを大事に 使う技

いかがだっただろうか?
私はなかなかいいセンスのものが
多いように思った。

最近コンビニについての本を読んで,
地産地消も意識するようになった。
安全面だけでなくエコにも関係が深いのだ。

2009年1月 1日 (木)

謹賀新年 2009

新年明けましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になり,
またご心配をおかけしました。

今年は体と心をケアしつつも,
いろいろなことにチャレンジして
いきたいと思っております。

仮説・・・原点にもどって授業書の実践に
励んでいこうと思います。

古田史学・・・研究に少しでも寄与できるよう
古田本の読み直しをしてみたいです。

ブログ・・・また「連載」ができるといいなあ。
ご期待下さい。

今日から始まった2009年が
皆様にとって良い年となりますよう
お祈り申し上げます。

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ