« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月31日 (水)

「古代エジプト三大ミステリー」

日本テレビの開局55周年記念特番として,
昨日上記の番組が放送された。

エジプト考古学者のザヒ博士を招いての
4時間あまりの長編であった。
番組は次の三部から構成されていた。

(1) ピラミッド編

本当のクフ王の墓を探すため,
階段ピラミッド,屈折ピラミッド,赤ピラミッド,
クフ王のピラミッドと3代4つのピラミッドを
順に訪ねてくれて勉強になった。
ピラミッドの建築自体が進歩していること。
ピラミッドの内部については
まだ発見されていないものが
だいぶありそうだということなど,
考古学についてさらに興味をもった。

(2) ツタンカーメン編

ルクソールの「王家の谷」は
すでに掘り尽くされたかに見えるが,
まだまだ可能性が残されていると
現在発掘が進められている現場を見て
そう確信した。
また,もうすでに発掘されているものでも
さらに奥に未発掘のものが
隠されているように思えた。

(3) クレオパトラ編

クレオパトラというのが代々の女王の
名前だと初めて知った。
私たちが知っているのは「7世」のことで,
その墓はまだ見つかっていないが,
その有力な候補の発掘現場の様子を
知ることができた。

この番組にからませて,
でんじろう先生が実験考古学を
披露してくれたのがよかった。
(アーチの強さ,6tもある重い墓石を
地下28mに降ろす方法など)
こういう役に立つ実験をしてくれると
いいと思った。

2008年12月30日 (火)

「多元」(89号)最新号が届く

楽しみにしていた「多元」の最新号が届いた。
なんとB5判からA4判に紙面が拡大して,
とても読みやすくなっている。

古田武彦氏の論文や11月に行われた
古代史セミナーの要約(宮崎宇史さん)
などが載っていて充実の26ページであった。

「部落言語学」と題する長期に渡る論文の
今回の話題は,
「狗人(いぬひと)」や「隼人」(はやと)
という語義についてだった。
これらの言葉は本来もっていた輝かしい意味
(南九州における先進文明をほめたたえる内容)を
新参の勢力(九州王朝や近畿分王朝)が
故意に貶める表現だったのであった。

また,天武天皇が治めたといわれる
「飛鳥浄御原宮」は九州の地にあった
のではないか」(ジョウのミバルと読む)
というびっくりする話題もあった。
(九州の地に「飛鳥」があったことは,
すでに古田氏が『壬申大乱』で論証している)

古代史セミナーの要約の方は,
「日本古代史新考自由自在」と
題されているだけあって
さすがに多岐に渡っていたが,
「九州に都市(といち)さんという方がおり,
倭人伝に登場する「都市牛利」と関係ある
のではないか」という話題や,
「新しい教科書作りを考えている」
という話題など,
ふた月遅れで楽しませてもらった。

多元的古代研究会・関東の例会には
なかなか参加できていないが,
二ヶ月に1度「多元」が届くお陰で
居ながらにして最新情報が読めるのは
まことにありがたいことである。

2008年12月29日 (月)

九州の式内社の少なさ

私のお気に入りサイト「新古代学の扉」の
人気コーナー「古賀事務局長の洛中洛外日記」に
またまた興味深い記事が載っていたので,
転載させていただく。
話題は,九州の式内社の少なさについてである。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本年最後の関西例会が12月20日に行われました。
今回は竹村さんから面白いデータが発表されました。
『延喜式』神名帳に記された三千社以上の
神社の国別・都府県別棒グラフです。
それを見ると、壱岐対馬を除く九州が明らかに
神社数が少ないことがわかるのですが、
この史料事実は九州王朝説でなければ
説明困難ではないでしょうか。

神名帳に記載された神社は式内社と呼ばれ、
いわば近畿天皇家公認の神社であり、
恐らくは経済的支援も受けていたことでしょう。
その式内社が九州島(壱岐対馬を除く西海道)が
他と比べて明らかに少ないというのですから、
九州には近畿天皇家が公認したくなかった神社が
数多くあったと考えざるを得ません。

これら非公認の神社こそ、
九州王朝に関連がより深い神社であったことは
容易に想像できます。
従って、式内社から洩れた九州の神社を丹念に調べれば、
九州王朝が祀った祭神、あるいは九州王朝の天子が
祀られていた神社を発見できるかもしれませんね。
 
なお、壱岐対馬は島国でありながら、
比較的式内社が多く、
このことも九州王朝と近畿天皇家の関係を考える上で、
貴重な史料事実と思われます。
すなわち、壱岐対馬など天国領域は
九州王朝だけでなく近畿天皇家にとっても
保護すべき共通の祖神を祀る神社が多かった証拠でしょう。

こうした式内社分布の分析は、
母集団が三千以上であることから、
比較的安定した信頼しうるデータと方法と言えます。
どなたか、更に分析されてはいかがでしょうか。
きっと、歴史の真実が見えてくると思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
統計的・数量的資料であることが
まず魅力的だ。
また,3000という母体数は
資料数的にも説得力がある。
これらの数字やグラフが知りたいが
何とか「新古代学の扉」のサイトに
載せてはいただけないだろうか。

2008年12月28日 (日)

小説という新しい分野

昨日は仮説の飯能・日高サークルで
飲み会が予定されていたのだが,
部活がのびて行きそこなってしまった。
残念~!

後からわかったことだが,
時間と場所が変更になっていて,
こまめに連絡を取っていれば行けたのに,
歯車の噛み合わない時は
うまくいかないものだ。

その代わりMさんから送ってもらっていた
2つの小説を読ませてもらった。
1つは東京都の離島に赴任した先生の話。
もう1つは教員の子育ての話である。

前者はサークルにも離島経験者がおり,
その話は一部聞かせてもらっていたので,
イメージがわいてとても興味深かった。
仮説やキミ子方式の美術の授業の話が
その中に登場してくる。

こういう分野の仕事は今までなかったので,
楽しみが増えた感じだ。
Mさん,どうもありがとう!

2008年12月27日 (土)

「我が窮状」再び

しばらく前にこのブログでも話題にした
沢田研二の「我が窮状」の歌が,
(「窮状」と「9条」を関わらせている)
また今晩のNHKでも
放送されるようだ。

前回見逃した方は
ぜひご覧になって下さるといい。
還暦になったジュリーの
また新しい魅力を見出せると思う。

2008年12月26日 (金)

『不思議な石,石灰石』

仮説実験授業研究会のサービスとして,
各地で発行されているガリ本を
購入できるシステムがある。

先月注文した『不思議な石,石灰石』が
今日届いた。

文・板倉聖宣さん,授業・犬塚清和さんで,
ルネサンス高校での授業記録である。
(記録者は大黒美和さん)

板倉さんの「不思議な石,石灰石」は
授業書のような文章で,
それを直感した犬塚さんが授業して
好評を得た記録である。

実は仮説の冬の大会で故吉村七郎さんの
授業プラン「石灰の化学」が注目され,
石灰石をお土産にしようという話が出た。
(これは私が提案した)
それにまつわって板倉さんが
上記の文章を書いて下さり,
それを授業書として授業したのが
犬塚さんというわけなのであった。

なので,このガリ本は自分も少しは
関わっていると思えてならない。
「大切な1冊」になりそうなガリ本なのである。

Kさんからのクリスマスカード

前々任校の生徒で
仮説の埼玉・社会の科学サークルにも
参加してくれたKさんが,
久しぶりにお便りをくれた。

今回は自身が喪中ということで,
クリスマスカードという形をとってのことだ。

大学を出て旅行会社に就職し,
現在ヨーロッパやアジアを
担当しているという。
中学の時以来カナダ大好き人間なので,
将来は北米の担当になれるといいと思う。

「フィジーに行きたい」と私が授業中に
話したことも覚えてくれていて,
本当にうれしい限りだ。

来年は社会人3年目を迎える彼女の
さらなる飛躍を祈りたい。

2008年12月25日 (木)

いいこと日記(5)

「いいこと日記」について
読者の何人かの方が
「なかなかいいアイデアですね」と
ブログ上で,また直接に言って下さる。

もちろん「いいこと日記」の背景には
たくさんのそうでないことがあり,
それからの脱出方法としての日記なのだが,
苦しい時には得てして目の前の小さな幸せが
見えていないことが多いもので,
そういう意味で「いいこと日記」は
自分をリセットさせるための機能が
確かにあると思う。

今日は男子バレー部の練習に
2人の先輩が来てくれた。
部内だけの練習では刺激が少ないので,
こういう突然の来訪は大助かりだ。
「アルバイト料」として2人には
アクエリアス1本ずつおごった。

午前中の机周辺の片付けも
初日にしてははかどった。
明日も今日と同じような日程で過ごす。
寒いそうなので(最高気温7℃!)
皆さんも気をつけて。

2008年12月23日 (火)

クリスマスカップ・2008

飯能市の親善バレーボール大会で
クリスマスカップというのがある。
今年も男子バレー部を率いて
参加してきた。

いつもは飯能市民体育館でやるのだが,
今回は会場が取れなかったようで
美杉台中の体育館で行われた。
築6,7年の中学は大変美しかった。

対戦成績は以下の通り。

対美杉台中 2対0(25ー6,B25ー19)
対鳩山中 2対0(25ー8,25ー8)
対上山口中 2対0(25ー15,25ー21)

ということで,3連勝で優勝することができた。
また,去年は上山口中が1位で
我が校が2位だったので,
雪辱を晴らすことができた。

A先生からのクリスマスカード

6月に教育実習にきたA先生から,
最近クリスマスカードが届いた。
中学・高校の英語の免許を
取ることができたという報告である。

A先生はこのブログにも
よく登場していただいており,
感謝している。

明日の12月最終登校日の学級通信に
いただいたクリスマスカードを
転載させていただこうと思っている。

2008年12月22日 (月)

冬休みにやりたいこと

冬休みにやりたいことを10個あげてみる。

(1) 体と心のケア
(2) 本格的な大掃除
(3) 飽きるほど本を読む
(4) 小旅行
(5) グラフを描く
(6) ウォーキングなどの適度な運動
(7) 地理の授業の予習
(8) 職員室の机の整理整頓
(9) 仮説社訪問
(10) ビデオの録画(道徳・学活用)

いくつできるかわからないが,
意識しておいた方が実現しやすいと
思うので,一応書いておく。

小中交流会終わる

今年度私は「総合」という教科の担当になった。

「総合」というのは今や形骸化していて,
行事の時間に充てられることが
かなり進んでいる。
最初は学校独自でそうしていたが,
今や追認的に文科省もそうしている。

しかし「総合」の担当になることは,
今年度の私が属している学年の場合,
林間学校と小中交流会を
意味していたのだった。

これははっきりいって過重な負担である。
1学期の大きな行事と
2学期の大きな行事の
二つを背負うことになるからである。

しかし4月当初の学年会で
「他に経験者がいないからやってくれ」
ということで引き受けるはめになってしまった。

それに加えて部活が
副顧問から顧問になって,
これも想像以上の負担となった。

ようやく今日形の上では
小中交流会が終わった。
しかし,学年の中ではもうすでに
修学旅行の取り組みがスタートしていて,
小中交流会のことは
忘れられているような感じだ。
(事実学級委員と小中交流会について
最後の打ち合わせをしようとしたら,
先生たちからも生徒からも意外な顔をされた)

今日1人で片付けをしながら,
この9ヶ月を振り返っていた。
何のためにここまで走ってきたのだろう。
特に9月からは本当にしんどい思いを
してきたというのに・・・。

2008年12月21日 (日)

『宗像大社・古代祭祀の原風景』

正木晃著・NHKブックス・1000円
の上記の本を入手した。

宗像大社といえば,
「海の正倉院」とよばれる
玄界灘の沖ノ島を抱える神社で,
その国宝は金製指輪,金銅製龍頭,
金銅製五弦琴など8万点を数えるという。

その沖ノ島の祭祀は
岩上,岩陰,半岩陰・半露天,露天と
場所もさまざまで,
時代も4~10世紀と長く
品物にも大きな変化が見られる。
(中には,鏡・剣・玉の「三種の神器」セットの
奉納もあり興味をひかれる)

今回2008年5月27日に
見学希望の約200人の男性が
禊(みそぎ)をして島に入り,
宗教学が専門の著者が本にまとめた。

縄文・弥生時代の遺跡もあり,
当時ニホンアシカの狩りをしていたらしいことや
その後一時祭祀が途絶えたことなど,
(特に6世紀後半から7世紀前半)
なかなか興味深い記述が書いてある。

もちろん正木氏も「政権」といえば
大和政権しか思い浮かばないようで,
古田史学に学ぶ者としては
歯がゆい思いがしないわけでもないが,
「私たちはどうしても
現代の国境を考えてしまいますが,
朝鮮半島の南部と北九州で玄界灘を挟んだ一帯に,
文明圏みたいなものがあったと考えた方が
多分実情に近かったと思うんです」
などと書いているあたりでは,
海峡国家としての九州王朝説と
つながりうる意見をお持ちのようにも思った。

著者も書いているが,この出版を契機に
多くの人が沖ノ島と宗像大社に
関心をもっていただけるとうれしい。

2008年12月20日 (土)

「Dー1グランプリ」の続編

昨日は上記の放送がTBSテレビであった。
女性芸能人によるダイエットの人気番組である。

昨日は森公美子の挑戦している
(私も4月からやっている)
朝バナナダイエットが3時間の大半を占めた。

朝バナナダイエットは
スーパーからバナナが消えるほどの
社会現象を起こしたダイエット法だが,
その内容や方法についての誤解も多く,
丁寧に説明してくれていたのはよかった。
(またスーパーから消えると困るけど)

私は半年で6キロ減らしたが,
森公美子は4ヶ月で12キロ減らしたという。
ぜひ健康に気をつけてがんばってほしい。
(最終目標は1年後に85キロだといっていた)

私のダイエット観は少し変化してきていて,
春から夏にかけては減らしていき,
(夏を気持ちよく迎えるために)
秋から冬にかけては増やしていく
(冬を気持ちよく迎えるために)
というものだ。

病的に太っていて
治療としてダイエットするのは別として,
本人の体調がいいのに
無理してダイエットする必要はないだろう。
また,魔女狩りのようにして
メタボの烙印を押そうとするのは
統計法則の悪用に思えてしかたがない。

2008年12月19日 (金)

いいこと日記(4)

今日は思いがけなくも,
前任校の卒業生(私が担任したT君)の
お母さんにお会いすることができた。
集金の仕事で勤務校にいらしたのだ。
久しぶりの再会にしばし立ち話をした。

中学生の時私に『ハリーポッター』を
紹介してくれたT君は,
高校の「豚の目玉の解剖」の授業で
理系に目覚め,
現在薬学部の4年生。
来年は大学院へ進む予定という。

この7年間の変化を知り,
「人間は変わるものだ」と大変刺激を受けた。
また,T君のお母さんが
ちょうど私の空き時間に来校したことは,
偶然とは思えないできごとだった。
これが本日のハイライト。

私が担当する小中交流会は本日2日目。
担任クラスも関わって大変だったが,
何とか終えることができた。

美化委員が予定通り
古紙4ブロック(30キロほど)を
生徒会室に運んでくれた。
これも本日うれしかったこと。

2008年12月18日 (木)

いいこと日記(3)

今日のいいことは,
2つとも私が中心になっている
「総合」の小中交流会についてのことだった。

(1)担任クラスがわりとまじめに
小中交流会の自分の説明を
練習していた。

(2)他の3クラスが小中交流会を
実施したのだが,練習の時間が
少ないにしてはまずまずのできだった。
(欲を言えばキリがない!)

小中交流会では「中学校の説明」と
「部活動の見学」を行っている。
この行事のために私はかなり
消耗してきた。

明日と来週月曜日にもこれがあり,
もうひとがんばりだ。

いいこと日記(2)

昨日は「いいこと日記」を書かなかったけれど,
実はいくつかいいことがあった。

(1)朝礼で遅刻者がゼロだった。

(2)ワックス塗りがきれいにできた。

(3)緑化委員が「古紙回収」でよく働いた。

3つもいいことがあったのだから,
いやなことがあっても気にしなければ
いいのかもしれません。

2008年12月16日 (火)

いいこと日記(1)

気分が晴れないときには
「いいこと日記」を書くと良いと
仮説関係の先生に教わったことがある。
今日からさっそく始めてみようと思う。

そういえば今日の選択社会で,
漢字で書いてある国名,都市名を
クイズで出したらわりと好評だった。

何もいいことがないという日はないだろう。
こういう小さな「いいこと」を積み重ねて
自分のペースを取り戻していければいいと思う。
明日は何を書けるかな?

2008年12月15日 (月)

今年度の不調の原因

今年度の不調の原因を
自分なりに書いてみようと思う。

(1) 仕事内容が大きく変わった

学年の先生10人中6人が入れ代わり,
それにともない仕事内容が大きく変わり,
慣れない仕事(「総合」の林間学校や
小中交流会)が負担となった。
学級通信をたくさん発行することも
できないでいるのが現状である。

(2) 部活動の主顧問になった

担当の部活動は変わらないのだが,
主顧問の異動によって
仕事が質量ともに変化した。
特に週末の土日の部活動は
今まで楽しみにしていた
サークルや編集会議への参加を
難しいものにさせてしまったので,
大きな変化だった。

(3) 体も変化した?

(1)と(2)の精神的な負担は
体調にも大きな変化を及ぼして,
しんどい状態を加速した。
それが年齢的な変化と重なってしまった。

忙しい毎日の中では
なかなかこういう話ができません。
読者の皆様にはご心配かけて
どうもすみません。
ブログの更新がなかなかできないのも
つらいことの1つです。

2008年12月11日 (木)

大化の改新を50年遡らせた理由

前話の続き。

古田史学の会の古賀達也さんは,
大化の改新を50年遡らせた理由を
次のように書いている。
(「新古代学の扉」の人気コーナー
古賀事務局長の洛中洛外日記)

(1)九州王朝の評制施行による
中央集権的律令体制の確立を
自ら(大和王権)の事業にすり替えようとした

(2)その操作により,九州王朝の評制を
最初から無かったことにしたかった

なるほど,このようにして歴史の改ざんが
行われていくのかと思った。
しかし,いかに巧妙にしくまれた改ざんも
やがて歴史の真実の前には
もろくも崩れ去っていくのである。

古田史学に出会えて本当によかった。

大化の改新,虫5匹+50年

「大化の改新」という歴史的事件は,
どうやら695年から703年の大化年間
(九州年号の「大化」)の改革
(評→郡など)を指すことらしい。
最近の古田史学での話題である。
(「日本書紀」や「続日本紀」の研究による)

それを50年遡らせて
645年に起ったこととしているのが,
日本書紀の「主張」である。
(「主張」と「事実」は同じとは限らない)

年号の覚え方というのが昔からあって,
大化の改新は「虫5匹」である。
これからは大化の改新「虫5匹
+50年」と言おう。

2008年12月 6日 (土)

裁判員候補者への通知

12月になり,来年度から始まる
裁判員制度の候補者への通知が
最高裁から発送されたようだ。

私の周りでは見当たらず
「けっこう当たらないものだな」
と思っていたら,
知り合いのKさんがその該当者だった。

裁判の内容については話せないらしいが,
情報が少しは聞けるかもしれない。

私は現行法内での裁判員制度には
反対であるとこのブログで書いたことがある。
その気持ちは今でも変わらない。

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ