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2008年8月17日 (日)

天子宮は誰を祀るか

「古田史学会報」にもう1年にわたり
連載されている記事がある。
古川清久さんによる
「伊倉~天子宮は誰を祀るか」である。

これは荒金卓也著『九州古代王朝の謎』
(海鳥社)の中にに書かれていた
天子宮の記事をさらに追求されているもので,
九州(特に熊本県)に濃密にある
天子宮の分布図を作って
古田武彦氏の九州王朝説を
補強しようとするものである。

「熊本県が中心」と言えば,
隋書たい国伝のことを思い出す。
「日出ずる処の天子・・・」で有名な
あの史料である。
阿毎・多利思北孤という名前の天子がいて,
普通はそれが聖徳太子のことだとされている。

ところが「日出ずる処の天子・・・」の直後
阿蘇山の話が出てきて,
これは大和の話ではなく
九州が舞台なのだとわかる。
(教科書や資料集には,この部分は出てこない。
ぜひ岩波文庫でご確認いただきたい)
その天子である阿毎・多利思北孤を
祀るかもしれない天子宮であるから,
私としても興味津々なのである。

しかし,祭神はおそらく変えられていて
景行天皇や少彦名命になっているので,
まず分布図を作るということに
力を注いでほしい。
今はありがたいことにネット検索という方法も
試みることができる時代だ。

試しに「天子宮」で検索すると,
古川さんの研究が公開されていて
見ることができる。
興味のある方はぜひ訪問してみてほしい。
(8/17)

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