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2008年6月14日 (土)

法隆寺金堂の木製天蓋の調査結果

上記の記事が朝日新聞に出ていた。
古いものでは606年だという。
昔は分からなかったことが,
今は「年輪年代法」という調査で
明らかにされてきている。
これは素晴らしいことである。

また,以前世間を驚かせた
五重塔の心柱は594年で,
当然今回の調査と合わせて
考えなければならない。

ところで,法隆寺を「再建」したのが
670年(若草伽藍の火災)以降とすると,
60年以上のタイムラグがあることになる。
(670-606=64)
その理由を求めて「転用説」や「備蓄説」
などが取り沙汰されているのだ。

しかし,もう1つ忘れてならないのが
他の王朝からの移築説で,
すでに古田武彦氏が『法隆寺の中の
九州王朝』(朝日新聞社)を書いているし,
それに学んだ米田良三氏も『法隆寺は
移築された』(新泉社)を著している。

通説にしがみつく研究者たちは
おそらくこれらの著作の
存在を知っていながら,
いまだに説としても認めようとしない。
またも日本の歴史研究が
遅れていくのが残念である。
(6/14)

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