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2008年4月26日 (土)

「大長」という九州年号

教科書では年号は「大化」から始まる
というのが常識となっているが,
(教科書は基本的に日本書紀に従っている)
古田史学では年号の研究が進んでいて
「九州年号」が6世紀から8世紀にかけて
200年にもわたって制定されていたことが
わかっている。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~700年(6年間)◆

その最後の「大化」が今までより3年長く
703年まで続き(9年間),
その後「大長」が704~712年まで
9年間続いたのではないかと,
『古代に真実を求めて』11号(明石書店)の
古賀達也さんの論文に出ていた。

またこの時期は,
古事記(712年)が編さんされたり,
隼人征討が行われたりと,
(征討記事はなく,713年に受勲記事だけがある)
激動の時期を迎えている。
一昨日書いた「山沢亡命記事」は
707,708年のことでこの少し前,
まだ古事記の作成が中心の時期なのだ。
(日本書紀の完成は720年。
九州王朝系の史料を入手して後と考えられる)

大長年号が712年まで続いていたということは,
実質的には大和に政権が移っていたとはいえ
まだ年号制定の権威は保っていた
ということだろうか。
さらに今後の研究が楽しみである。
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