わたしが一番きれいだったとき
茨木のり子の詩を
いくつも取り上げてきた
金八先生の今シリーズ。
昨日登場したのは,上記の詩。
3年B組での最後の授業であった。
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わたしが一番きれいだったとき
茨木のり子
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
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茨木のり子が若い頃,
日本は戦争をしていた。
本当だったら青春を謳歌(おうか)して
いたであろう頃が,
最悪の時代だったのだ。
この詩は反戦の詩にも読めるし,
それを装いながら,やはり今まで
取り上げられきた詩と同じように,
個人の自立について
説いているようにも思える。
番組ではバトンタッチしながら
1人ひとりにこの詩を読ませていった。
金八先生の卒業式への出席をめぐって
揺れる桜中学校。
来週はいよいよその卒業式だ。
こちらは本日が卒業式。
(3/14)
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