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2007年11月27日 (火)

全体像がつかめていると

「全体像がつかめていないと,
人は不安に思いながら仕事をすることになり,
能率や意欲に影響を与える」という体験を
昨日のスポーツテストでした。

体育科からは「人数に余裕があるので,
時々交替しながら休憩して下さい。
もうすでに授業で測定済みのものもあります」
と朝の打ち合わせで話があった。
それは一般的な気づかいとしてはいいのだが,
私たちが知りたいのは「測定済み」のクラスが
いったいどこなのかということなのだった。

もし「測定済み」のクラスがわかれば,
そのクラスを除いた分をやれば仕事が終わるが,
それがわからないと「まだかまだか」と
気にしながら結局全員がその場所に
残ることになってしまうからだ。
(これでは「休憩」の取りようがない・・・)

改善案としては,
「このクラスはこの種目が終わっています」
という一覧表を体育科で作ってもらい,
それをチェックしながら全体像をつかみ,
バランスを考えてやっていくことだ。
全体像がつかめていれば,
同じ働くにしても能率も意欲も違ってくる。

「人の振り見てコーナー」
そういえば,授業における生徒たちの心理も
昨日の私たち教員の心理と同じなのかも
しれないなあ。
もちろんその授業が楽しい内容で
全体のことを気にするまでもなく
ノッてくれていればいいけど,
そんなことはめったにないことだもの。
生徒にとって「全体像をつかめるもの」を
今まで以上に意識していきたいと思った。

その点,〈仮説〉の会で発案された
「歴史年表の掲示物」はスグレものかな。
時代がその年数の長さで表されていて,
横幅3メートルの前面黒板の上部に
ちょうどピッタリ収まるから。
(11/27)

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