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2007年9月12日 (水)

喜界島の地図

昨日は学年朝会をやった後
遠くの病院で今期2度目の胃カメラを行い,
「地獄の苦しみ」を味わった。
(私は他の人よりのどが細いらしい)

前にも書いたとおり,
胃カメラの苦痛が解消されない限り
それ嫌(いや)さに早期発見が遅れ,
医学の停滞を招くと私は主張したい。

それだけでもうお昼になってしまい,
1日年休も取っていたので
午後は久しぶりに都内へ出ることにした。

何となく喜界島の地図がほしくなって探したところ,
神保町の三省堂で5万分の1のものを見つけた。

前にも書いたが,
この島で近年城久(ぐすく)遺跡という
面白い遺跡が見つかり,
(まるで太宰府のような出土品が8世紀から出る)
古田史学に学んだ者としては
九州王朝の亡命者たちの遺跡でないかと
期待をかけているところだ。

地図を見ると,周囲をさんご礁が取り囲み,
いかにも南国の島然としている。
また,東側の百之台と呼ばれる崖の上に
この遺跡は存在しており,
本土側から近づく敵がいた場合
守りに強い地形かと思った。
(西側はゆるやかな斜面)

いつか喜界島に行ってみたいが,
まず奄美大島まで行き
飛行機を乗り換えることを考えると,
(一応島の西側に飛行場あり)
ずいぶんお金と時間のかかる旅行となりそうだ。
(9/12)

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