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2007年8月15日 (水)

2年目の東北旅行(2日目)

新潟駅前のホテル・東横インで
宿をとっての2日目。
どうぞご笑覧下さい。

【予想外の更新】

私は旅行中パソコンの更新はできないと考え,
出発前に「お知らせ」を書いてきた。
ところが,泊まったホテルのラウンジには
無料のパソコンが置いてあったので,
略報ではあるが旅行中の更新ができたのだ。
やったね!
これは「無料のおにぎり,つけもの,味噌汁」
と並んで特筆すべきことなので書いておきたい。
みなさん,新潟駅前で宿をとるなら
東横インがいいですよ!

【象潟・干満寺】

朝8時半の「特急いなほ1号」で象潟へ向かう。
始発だった上30分前に並んだので,
席も確保でき,快適に象潟へ向かった。
(途中車窓に現われた雄大な鳥海山の眺めや
崖が海に迫る鼠ヶ関の海岸は特に印象的)

象潟はあこがれの地だ。
松尾芭蕉は『奥の細道』の中で
「松島は笑ふが如く,象潟はうらむがごとし」
と書いて「象潟や雨に西施がねぶの花」と
俳句を添えている。
この句は最初「象潟の雨や西施がねむの花」
とビミョーに違う句を読んでいるのだが,
その後推敲されて今の形になった。
芭蕉はかなり有名な句でも
「当初作」と「発表作」が違うことがあるので
注意が必要だ。
(例えば,有名な山寺の句も,最初は
「山寺や石にしみつく蝉の声」が最終的に
「閑かさや岩にしみ入蝉の声」となっているし,
「涼しさや海に入たる最上川」も最終的に
「暑き日を海にいれたり最上川」としている。
また,実際の旅では詠んでいなかった句を
あたかも現地で詠んだかのように
載せているものも少なくない。
もちろん,これは芭蕉の俳句の評価を
下げるものではなく,
文学性が高い紀行文だということだ。
それを知りながら私たちも味わえばよい)

ちなみに松島は沈降でできた地形で,
象潟は隆起(2m40cm)でできた地形であるが,
芭蕉が旅をした江戸前半は浅瀬の入り江状態で,
江戸時代後半になって隆起したものだそうだ。
それゆえ芭蕉は舟に乗っているが,
現代の私は歩いて島々を巡っているというワケ。
炎天下の九十九島散策はさすがに厳しく,
干満寺の木陰にはピンチを救われたようだった。

【金浦(このうら)】

早めに酒田,新潟方面に戻ろうかと思ったが,
友人のK君が「ぜひ金浦へ」と言っていたので
寄ることにした。(象潟のとなりの駅)
しかし,「白瀬南極観測隊記念館」は休みだし,
炎天下の町はお盆で忙しくてかまってくれないし,
(それでも白瀬中尉の生家と金浦港の散策をした)
何となく時間を持て余してしまった。
こういう時は車かバイクがあるといいなあ。
(羽越本線だと,「3時間待ち」なんてことも
よくあるんです)

【酒田】

ホテルのチェックインにはまだ早かったので,
市内を少し散策することにした。
お盆の時期とはいえ,
やはり酒田も地方都市の衰退がほの見えた。
東北への観光・工場誘致に熱心になるのも
無理はないように思った。
旧本間邸だけ訪ねた。
「本間様には及びもせぬが,せめてなりたや殿様に」
と歌われた本間家である。
大名屋敷のようなその造りに
あっけに取られる肥さんでありました。

【ホテルにて】

本日の宿は,駅前の東急イン。
夜館内の居酒屋に出没して一杯。
港町だけあって魚は飛び切り新鮮だ。
もちろん値段も飛び切り・・・だったので,
「晩酌セット」にしておいたが。
(8/15)

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