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2007年7月27日 (金)

「別府」の仮説

別府という地名の由来に興味を持って,
九州王朝とからめて考えていた。

念のためと思って「新古代学の扉」というサイトの
「サイト内検索」をしたところ,
(「肥さんのホームページ」のコンテンツに
「新古代学の扉」はあります)
ありました!すでに古賀達也氏が
20年近く前に「市民の古代」誌の中で
提起されていたのだった。

『市民の古代』第10集 1988年 
市民の古代研究会編
特集2 よみがえる古伝承
「最後の九州王朝
鹿児島県「大宮姫伝説」の分析」の7
「別府」の仮説

くわしくは上記のサイトか
雑誌をご覧いただきたいが,
要するに「別府」とは,
太宰府の「都督府」に対して
「それとは別の評督府」という意味で,
使われた言葉だというのだ。

別府は西日本を中心に分布し,
(九州や広島が中心)
それが九州王朝の版図だ。
なかなか魅力的な仮説である。
(7/27)

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