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2007年7月31日 (火)

夏休みの日直

昨日は日直だった。

月曜日ということで,
とにかく電話が多かった。

事務の2人の先生もいたので
全部出たわけではないが,
とにかく午前中の仕事は
電話が中心だった。

午後はぐっとそれが減って
読書中心になった。

『仮説実験授業とボク』というガリ本を
全部読了できた。
これは愛知県の高校社会の先生である
牛山尚也さんのガリ本で,
授業書中心に生徒たちと
たのしく過ごしている記録である。

また,各地の研究会に参加した様子を
年度ごとにまとめてあって読みやすい。
これは私のHPの「肥さん年図」に当たるもので,
ほぼ同い年の人がこんなにたのしく
学校の先生をやっていることは
私にとっても大いに励みになる。

夏休みのうちに,
私もガリ本を作ってみたくなった。
(7/31)

奥の細道2007

「肥さんの奥の細道」第2弾は,
8月の半ばに行う予定で準備中だ。

今回の見どころは・・・

(1) SL(蒸気機関車)に乗る

磐越西線にC57が走っているので,
それに乗って会津若松から新潟へ
向かおうと思っている。
もう乗車券と指定券は入手した。

(2) 象潟(きさかた)を訪ねる

去年の松島は沈降でできた地形。
男性的で,芭蕉は「笑ふが如(ごと)く」
と例えている。
それに対して象潟は隆起でできた地形。
女性的で,「うらむがごとし」だそうだ。
その「憂いに沈む美人の風情」を
堪能してきたい。

(3) 日本海側の山や川をたのしむ

象潟のほかにも有名な山や川が
目白押しだ。

「象潟や雨に西施がねぶの花」
「五月雨をあつめて早し最上川」
「暑き日を海にいれたり最上川」
「荒海や佐渡によこたふ天河(あまのがわ)」

月山や羽黒山は無理かもしれないが,
鳥海山は佐渡島にはできたら行ってみたい。
(7/31)

2007年7月30日 (月)

歩いてダイエット

今年のダイエットの目標は
-4.4キロ(夏休みが44日のところから)と
けっこう高いハードルを設定したのだが,
昨日はそれにはずみをつけようと
ウォーキングを頑張ってみた。

というのも,週1回母の様子を見に
隣町に自転車で行っているのを,
歩いて行ってみたというワケだ。

往復6キロあまり。
汗もだいぶかいて,
帰宅後も軽く運動をしたので,
昨日だけで-1キロ。
合計-1.5キロが現在の記録。
3日後の人間ドックまでに
-2キロという「途中目標」が
はっきり見えてきたぞ!
体も,心も軽くなった。

昨日は参院選も行われ,
自民党が「歴史的大敗」を喫した。
年金のうらみは,
教育のうらみと同様!?
国民にとってわかりやすいのかも。
(7/30)

『コロンブス航海誌』を読む(3)

上記の書には,訳者の解説が出ていて
(訳者=林屋永吉さん)
4次にわたる航海のあらましを
知ることができるので,
私も利用させてもらうことにする。

(0) 生い立ち

1451年に北イタリアに生まれる。
両親は毛織物職。
父の仕事を手伝っていたが,
やがて水夫となり,各地を回る。
26歳でポルトガルのリスボンへ。
28歳で結婚。

リスボン時代にスペイン語,ラテン語,
地理学,天文学,航海技術等を学ぶ。
また,友人を介してトスカネリーと文通。
地球が円く,ヨーロッパから西へ行けば
東洋に達するということは
当時すでにほとんど疑われなかったが,
その距離が人によってかなり違っていた。
コロンブスはそれまでの人よりもっと近くにあると
考えていたようである。
マルコ・ポーロの『東方見聞録』も読み,
勇気づけられる。
ポルトガル王室に援助を願うが果たせず。

1485年,スペインに渡りスペイン王室に
援助を願うが,最初はうまくいかず。
その後,再びポルトガルへ。
さらにその後,再びスペインへ。
イサベル女王の援助もあって,
ようやく航海が実現の運びとなる。

(1) 第1次航海

期間・・・1492年8月3日~93年3月15日
     (224日間。コロンブスが41歳の時)
隻・人員・・・3隻・?
目的・・・インド,シパング(日本)への到達
できごと等・・・黄金をたくさん入手。一隻座礁も
スペイン王室の歓迎(「コロンブスの卵」?)

(2) 第2次航海 

期間・・・1493年9月25日~96年6月11日
     (2年9ヶ月。コロンブスが42歳の時)
隻・人員・・・17隻・1200~1500
目的・・・エスパニョーラ島の植民。大陸の発見
できごと等・・・残留39名が殺害されていた。
食料不足・病人の増加・経営の困難・
説明のための一時帰国

(3) 第3次航海

期間・・・1498年5月30日~1500年10月末
     (2年5ヶ月。コロンブスが47歳の時)
隻・人員・・・6隻・350未満
目的・・・大陸の発見
できごと等・・・植民者の不満・食料の不足
リーダー層の意見の対立・コロンブスに鉄鎖

(4) 第4次航海

期間・・・1502年5月9日~04年8月23日
     (2年3ヶ月。コロンブスが51歳の時)
隻・人員・・・4隻・140
目的・・・大陸の発見
できごと等・・・入港を拒否される。
座礁して1年現地に滞在

イサベル女王の死去・・・1504年11月26日

フェルナンド王の謁見・・・1505年5月
「あらゆる称号ならびに権利の放棄を条件に
カスティリャに領地を与えることを国王は提案したが,
コロンブスは拒絶した」とのこと。

コロンブスの死去・・・1506年5月20日(享年54歳)
(7/30)

2007年7月29日 (日)

浦和の戦争展2007

昨日浦和の戦争展に行ってきた。
お目当てはイベントルームで上映される
アニメ映画「一つの花」「パパママバイバイ」
を観ることであった。

内容は戦争と沖縄の基地にまつわるもので,
子どもたちにも見せてあげたいと思う
ものだった。

会場に早めについたので
イスにすわって観ることができてよかった。
遅れてきた人は「立ち見」あるいは「床見」
という感じだったから。

会場には所沢市の小学校の先生も来ていた。
所沢の子ども映画の代表をしている方だ。
この先生,偶然私と出身高校が同じなのです。
(7/29)

『コロンブス航海誌』を読む(2)

昨日のうちに上記の本を読了した。
船旅のところはスピードが出なかったが,
西インド諸島到着以降は
話がどんどん進むので,
あっと言う間に終わってしまったのだ。

印象に残った内容を
いくつか書いてみよう。

(1) 黄金に始まり黄金に終わる

第1回の航海で特に印象に残るのは,
西インド諸島に産する黄金についてである。
とにかく登場回数が多い。
「黄金に始まり黄金に終わる」
と言っても過言でないほど黄金の話が出てくる。
(金鉱山というより砂金という感じがするが)

これを読んだ人はイメージとして
黄金のことばかり思い浮かべるだろうと思う。
実際第2回の航海は半年後に行われ,
船団17隻,人員1200~1500の
血気にはやる植民者達が出帆しているそうだ。
また,これはその後のスペインによる
南米文明への侵略にもつながったのだと思う。

(2) 地球儀と世界地図を持っていた

コロンブスはやみくもに
西を目指したのではない。
西周りで航海していけば,
必ずインドやシパング(日本)に
着けると信じて航海していたのだ。
(インドのすぐ近くの島が日本だとも思っている)
もちろん地球儀と世界地図も持参。
ただし,そこはインドではなく,
日本も近くになかったが・・・。

(3) 神父さんの要約による航海誌

コロンブス自身の航海誌は見つかっていない。
そこからラス・カサス神父によって
要約されたものが
現在マドリッドの国立図書館に
所蔵されているとのことである。
しかし,要約とは言っても
コロンブスの航海誌をそのまま引用したり,
「提督は・・・した」という形で書いてあり,
ほとんど忠実に原文を使用していると思われる。

なぜ神父さんが要約した航海誌かというと,
この人は植民地でのキリスト教の
布教に携わった人で,
植民者の原住民に対する態度に
大きな不満と義憤を感じて
「インディアスの破壊についての簡潔な報告」
という文章を書いたりしていることや,
「インディオ達の保護者」と呼ばれるほど
その権利擁護のために活動した人だからだ。

確かに航海誌の中のコロンブスの
インディオたちに対する態度は
親切,丁寧なものであったが,
それはスペイン国王に対して
植民を奨める意味も多分にあったので,
少し割り引いて考えた方がいいと
私は思っている。

最終回の次回は,第1~4回の
コロンブスの航海のあらましを,
あとがきから要約しようと思う。
(7/29)

2007年7月28日 (土)

『コロンブス航海誌』を読む(1)

昨日から上記の本(岩波文庫)を読んでいる。
どうして読む気になったかというと,
今〈もしもアメリカ大陸がなかったら〉という
授業書案(板倉案,岸編集)の作成が
〈仮説〉の会で進んでいるのだが,
その脇を固める意味で意義のあることと
思ったからである。

〈もしもアメリカ大陸がなかったら〉は
授業書《世界史入門》の改訂
の中から出てきた構想で,
いろいろな作物の原産地を問題にして
世界史を学んでいくものだ。

板倉さんの案を岸さんが編集してくれて,
とても楽しい内容になりそうな予感がする。
私も微力ながらお手伝いができたらと
思っている次第である。

今『コロンブス航海誌』は
西インド諸島に到着したところで,
インディオ(インド人の意)たちとの交流や
黄金の国シパング(日本のこと。
全部で8回出てくる)が登場する。
(コロンブスは,マルコ・ポーロの
『東方見聞録』を読んでいるようだ)

また,コロンブスがインドと勘違いした理由
といわれる棉が早くも登場している。
(棉はインドの特産物と考えられていたから)
何回かに分けてレポートしてみたい。
(7/28)

新チームの始動

県大会も終わり,新チームが始動した。
男子バレー部の人選は予想通り。
部長,副部長,1年学年責任者が
すんなり決まった。

とりあえずの目標は10月初旬に
行われる新人戦。
まずはレシーブを強化して
「粘れるチーム」をめざしたい。

参院選のため,
今日と明日は練習がお休み。
月曜から再開だが,
私はその日が日直なので,
チームに合流するのは
火曜日以降ということになる。

PS 県大会2回戦で
わが校を破った深谷南中は,
その後2連勝で本日が準決勝・決勝。
どこまで行ってくれるか楽しみだ。
(7/28)

2007年7月27日 (金)

先頭打者を歩かせると

昨日は西武球場に楽天戦を
見に行ったのだが,
野村監督が拙攻と拙守を
ぼやいていた。

拙攻は1回の攻撃。
せっかく無死1,3塁のチャンスを得ながら
クリーンナップの打者が
工夫のない攻め方をして無得点。
これはこの日最大の得点機だっただけに,
悔やんでも悔やみきれない。

拙守は先頭打者を無造作に
四球で出塁させてしまう先発・朝井。
「先頭打者を歩かせた時の失点率は,
80パーセント近くになる」とのことで,
文字通り勝敗を分ける。

度重なる拙攻と拙守に,
野村監督のボヤキは今日も止まらない。
(7/27)

「別府」の仮説

別府という地名の由来に興味を持って,
九州王朝とからめて考えていた。

念のためと思って「新古代学の扉」というサイトの
「サイト内検索」をしたところ,
(「肥さんのホームページ」のコンテンツに
「新古代学の扉」はあります)
ありました!すでに古賀達也氏が
20年近く前に「市民の古代」誌の中で
提起されていたのだった。

『市民の古代』第10集 1988年 
市民の古代研究会編
特集2 よみがえる古伝承
「最後の九州王朝
鹿児島県「大宮姫伝説」の分析」の7
「別府」の仮説

くわしくは上記のサイトか
雑誌をご覧いただきたいが,
要するに「別府」とは,
太宰府の「都督府」に対して
「それとは別の評督府」という意味で,
使われた言葉だというのだ。

別府は西日本を中心に分布し,
(九州や広島が中心)
それが九州王朝の版図だ。
なかなか魅力的な仮説である。
(7/27)

2007年7月26日 (木)

県大会2007

昨日男子バレー部の40名あまりと
県大会に行ってきた。
会場は,新座総合体育館であった。
バレーボールのコートが3面取れる
大きな体育館で,
そこに42校が集まって熱戦を繰り広げた。

わが校は1回戦に勝ち
2回戦にコマを進めたが,
相手が格上のシード校で
善戦したが涙を飲んだ。
対戦成績を以下に載せよう。

対上尾中戦 2対0(25ー17,25対20)
対深谷南中戦 0対2(10ー25,20対25)

上尾中戦では,第1セットの
立ち上がりが良くなかったが,
途中で建て直すことができた。
第2セットは後半追い上げられたが,
最後に突き放した。

深谷南中戦では,緊張のあまり
最初まったくゲームにならなかったが,
第2セットは最初からとばすことができて
第1セットの2倍の点まで取ることができた。
せっかくいい流れを作りながら
みすみす相手に「流れ」をやってしまったのが
かえすがえすも残念だった。
第2セットはやはり取らないと・・・。

この試合をもって3年生は引退。
保護者の皆様には応援,送り迎え等,
どうもありがとうございました。
今後は1,2年生の新チームが誕生します。
(7/26)

〈仮説〉をよりたのしむために

上記の題名のガリ本を読んでいる。
この本では,伊藤恵さん(通称メグちゃん)
の授業論をたくさん学ぶことができる。

中でも仮説実験授業の授業書は
それぞれが独立した教材だが,
「系統性」みたいなものがあるという話が
なかなかよかった。

(1) 例えば「空気と水」を最初にやって,
授業方法を知らせつつ,
原子と真空につなげる。

(2) 次に「もしも原子が見えたなら」をやって,
空気中の原子について学ぶ。

(3) さらに「ものとその重さ」をやって,
物質不滅の原理について学ぶ。

(4) 最後に「空気の重さ」をやって,
さらに一般化する。

このように見ていくと,
今までメグちゃんがなぜ低学年で
「もし原」をやったり,「生類」や「生物と種」
をやったりしてきたのかが理解できる。

彼女は奇をてらってそれらの授業書を
やっていたのではなく,
子どもたちの認識過程に従って
授業書を選んでいたのだ。
(まあそれもたくさんの授業書ができる
条件の人でないとだめだけど)

たとえ難しそうな授業書でも,
順序だてて学んでいけば
相当早くから(小1でも)
科学的に考えられるようになる。
それを証明したところが
メグちゃんのすごいところなのであった。
(7/26)

2007年7月25日 (水)

ケータイはもはや「電話」ではない?

先週の朝日新聞の記事で
気になっていたものを取り上げよう。
「携帯ほぼ通話せず4割」という記事である。

民間研究機関「モバイルマーケッティングデータ
研究所(東京都渋谷区)が,携帯サイト経由で
1万人ほどから調査したところによると,

(1) 1日の通話回数「ほとんどない」が44%
(2) 1日平均の通話時間「5分未満」が49%

という結果が出たそうだ。

それに対して,利用者が支払う通話料は
1人平均月額4000円以上。
約半分の人が,ほとんど電話することもなしに,
毎月4000円を払っている国が日本なのだ。
「何か変だなあ」と感じるのは私だけだろうか?

よくケータイを持っている人は
「便利だから」という言葉を使う。
確かに「便利」なのかもしれないが,
その「便利」と引き換えに
何かを失っていないのだろうか。

それはお金だけのことではない。
気持ちの面で相手を追い詰めたり,
追い詰められたり。
イライラしたり,させたり。
急いだり,急がせたり。

私は今の世の中の流れは
「急流の川」のように思えるので,
せめて仕事が終わってからは
ケータイを使わずに
ゆったりと過ごすことを提案したい。

先日の勤務校での調査によると,
中1でケータイを持っている生徒は
44%ということだった。
中3で7~8割。
(たぶん中2だと5~6割)

「高校に入ったら御褒美で買ってあげる」
という時代はもはや終わった。
今や「みんな持ってるから」と
中学生たちが親に要求する時代なのである。
(7/25)

またもメンテナンス

ブログのコメントに返事をしようとしたら,
またもメンテナンスだという。

24日21時~25日15時といったら,
ほとんど丸1日のことではないか!

その間にHP&ブログを書き,
書き込みチェックを2回する私にとって
この時間は長すぎるように感じる。

もちろん「快適な環境」も大切だが,
もう少しユーザーのことも
考えてほしいものだ。
(7/25)

2007年7月24日 (火)

「ゆかいな生徒たち」第1回発表会

「飯田裕之・麻衣子とゆかいな生徒たち」
というユニークな題名の発表会の
第1回(vol.1)に行ってきた。

この発表会には,
前任校の卒業生で中1の時担任した
S君が出演する。

彼は芸術総合高校の音楽科に合格し,
今飯田先生に教えていただいている。
(現在高校3年生)
その「門下生」の発表会が
昨日横浜のフィリアホールであった。

出発が遅れて,
何と20分の大遅刻。
田園都市線というのがすごく時間がかかり,
最初のS君の出番である
プログラム2番の「側にいることは」は
聴き逃してしまった。

しかし,私が到着した時間に
6番目の飯田先生の出番だったので,
「どんなに勝利を望んだことか」を聴け,
その後の前半の残りの曲の解説を
して下さったのがよかった。

気を取り直して前半を聴き,
(いろいろなタイプの生徒さんたちがいた)
15分間の休憩時間へ。
そこでS君のお母様を見つけて
久しぶりにごあいさつ。
期待の後半へ。

S君の後半の出番は,
13番目の「心親しき森よ」という曲。
中学の時からいい声だったが,
さらに磨きがかけられ
ステキな声になっていた。
うっとりさせるような歌声に
会場からも惜しみない拍手が送られる。
(フィリアホールは400人位のホールで,
昨日は生徒さんたちの家族で
7~80人の入りだっただろうか)

20のすべての曲が終わり,
出演者全員のカーテンコール。
若い人たちに貴重な発表の機会を
与えて下さった飯田先生には
とても感謝している。
第1回(vol.1)ということは
今後もやるということだと思うので,
素晴らしい企画だと思う。

会場から出てS君に声をかけて
帰ろうとしたところ,
午前中にお会いした前任校の
音楽の加藤先生にもお会いする。

実は今年の担任のクラスが
合唱コンで「あの素晴らしい愛を
もう一度」を歌うので,
5年前に私が撮ったビデオを
借りにうかがっていたのだ。
(S君の歌っている姿も収録されている)
特にその時はS君のことが
話題に上らなかったので,
夜発表会で再会できたので驚いた。
ドラマのような出来事だった。
(7/24)

梅雨明けかな?

何か今日は朝から雲1つない天気で,
梅雨明けを思わせる。

このところ「梅雨入りを宣言すると晴れ」,
「梅雨明けを宣言すると降り」というような
気まぐれ気象が多いが,
まあはずれてもいいから1回出してみてよ!
という感じがする今日の天気だ。

先月NHK「週刊こどもニュース」で
梅雨の起きる訳を解説していたが,
とてもわかりやすかった。
ああいうのを大人のニュースの時も
やってくれるといいなあ。
(7/24)

2007年7月23日 (月)

赤門塾の座談会

赤門塾の夏合宿のことを
ドキュメンタリー映画に撮ろうとしている
山本さんという若い女性がいる。

彼女に協力しようということで,
昨日OBの何人かが集まった。

夏合宿は大きく二期に分けられる。
鬼無里村合宿・・・1974~9年(6年間)
後山合宿・・・1980~現在(27年間)

私は鬼無里の第4回と後山の第1回の時
隊長という役を務めた。
前者は一応の安定期になる時,
後者は新しい環境での初回で,
それぞれ大学1,4年生の時だった。

私にとっての一番の「財産」は,
「鬼無里村讃歌」や「労働(先発隊の苦しさ)」
などの歌を作ることができたことで,
昨日もみんなで歌ったが,
ことあるごとに歌われる曲に出会えたことが
何よりのシアワセであり,誇りでもあった。

自由で楽しい夏合宿は今でも続いているが,
忙しくてなかなか最近は行っていない。
これを機にまた「古豪復活」といくかは
ビミョーというところかな。
私は鬼無里時代の思い出が鮮烈なので,
後山は「いつでも行ける」という感じがあって
サボっているのかもしれません。
(7/23)

ダイエット2007

昨日の部活の最後のひと言として,
ダイエット宣言をした。
最近自分をかなり重く感じるので,
それを意識してのことである。

今年の夏休みは44日あるので,
それにあやかって?マイナス4.4キロとした。
これはどう見ても大変な数字だが,
不可能な数字かというとそうでもない。
2年前チャレンジしたダイエットでは
かなりの成果が出たから。

ただ,その冬がものすごく寒くて,
おまけに父も亡くなったりして
しんどい思いをした。
だが,そんなことはめったにないので,
今年の目標を高く掲げたのである。
みなさんも一緒にやりませんか?

第1関門・・・8/2の人間ドックまでに
 2週間でまず-2キロ
第2関門・・・9/3の授業開始日までに
 その後の1ヶ月で-2.4キロで目標達成
これでいこうと思っている。
レッツ・ダイエット!
(7/23)

2007年7月22日 (日)

昭島サークル2007年7月例会

昨日は昭島サークルの7月例会に参加した。
(正式名は,「たのしい教師入門サークル」)
参加者は20名足らずで,
このサークルとしては少なめだった。

会場に着いた時,木下さんから
「私も手品やったよ」と報告があった。
私が狭山サークルの時,
「今月の手品」を発表して,
「じゃあ,私もこれをきっかけに」
ということでやったらしい。

手品というのは緊張もし,
ちょっぴり気はずかしいので
何かきっかけがあるといいのかもね。
(「今月の手品」とか「何とか会の出し物」とか)
同じく手品の先輩・中野さんとも少し手品談義。

私は2番目に3つの資料を
発表させてもらった。

(1) 「1学期前半を振り返って」
(2) 「地図記号かるた」
(3) 「アイスクリームは□℃で売れ!」

それぞれコメントをいただいて,
持っていった甲斐があった。
「地図記号かるた」は授業プラン化して,
また再登場させたい。
(大人も小3や中1と同じようなレベルだとわかり,
とても参考になった。「憲法」の時と同じだ)

他の人の資料では,
若手の市原さんの「るみちゃんが手を挙げた!!」と
中堅の奥さんの「仮説実験授業との出会い」が
とてもよかった。
それぞれ違った感動があった。
(7/22)

野球にサッカーに

昨日は野球ではオールスター第2戦が,
サッカーではアジア杯準々決勝があって,
1日大忙しだった。

ただし,オールスター第2戦は
昭島サークルのため,
アジア杯準々決勝は地区懇談会のため
直接見ることができない事情だった。

そこで私はビデオを3倍速で録画し,
遅い晩飯を食べながら
この2試合を観戦した。

オールスター第2戦の全パの先発は,
予想通り楽天の田中。
直球勝負にいっては全セの強打者に
ボコボコに打たれていた。
解説は野村監督だったが,
「マー君には,いい勉強になったでしょう」
といったところか。

アジア杯準々決勝は,
終わり20分前から見たら
ちょうど高原が同点ゴールを決めたところで,
終わりまで見る。

ということは,延長戦!
あわててビデオからテレビに切り換えたら,
ちょうどPK合戦をやっているところだった。

川口が2本止めて優勢に。
高原で決まると思いきや,力んで大きくはずす。
オーストラリアが3本決めて追いつくが,
最後に中澤が決めて日本が勝った。

25日に準決勝だという。
次回も見逃せない。
(7/22)

2007年7月21日 (土)

1人1回完封リレー

昨日はオールスター第1戦。
勤務校の納会に出ていたため
終盤しか見られなかったけれど,
全セの落合監督は
なかなか粋な采配をしたようだ。

1人1回完封リレー。
投手の起用は監督の頭を使うころだが,
1回ずつ投げさせて
その投手の個性を楽しませたのは
なかなか良かったと私は思う。
この「投手リレーのショー」を
観客は大いに喜んだのではないだろうか。

昨日の全パの先発はダルビッシュ。
まだ20の歳なのに
もと同僚の小笠原に
直球の真っ向勝負ですごい奴だ。

若いといえば,
今日の全パの先発予定の田中も
負けてはいない。
昨年甲子園を湧かせた準優勝投手は,
早くも楽天の若きエースだ。

こちらも生きのいい投球をしてもらいたいが,
仙台地方の降水確率は60%で
ちょっと空模様が気になるところだ。
(7/21)

支持率92%!

参院選を前に,
支持率の低迷に
頭を痛めている党もあるが,
この程行われた
朝日新聞の県知事の支持率調査で,
宮崎県の東国原知事が
92%という驚異的な支持率を得た。
(不支持率も3%)

東国原知事といえば
「そのまんま東」のことだ。
宮崎県の出身で,
その知名度を生かして
宮崎県の宣伝をよくしている。

先日は韓国へ観光客を運ぶ
定期便の増設を頼みに,
支持者とともに出かけた
と報じられていた。

せっかく高い支持を得たのだから,
宮崎県のために,また他の県のために,
「他県も真似したくなるような
魅力的な政治」を
展開してほしいものだ。
それでこそ,
彼が立候補した意義がある。
(7/21)

2007年7月20日 (金)

今日で1学期前半が終了

2学期制の所沢市は,
今日で「1学期前半」が終了である。
何とも季節感のない区切り方で,
やはり私は3学期制がいいと思う。
(+変則週5日制が私の持論です。
これは時々書いています)

選択教科や総合の時間が増え,
仕事も負担増になっていると思う。
心の病気にかかる先生方も増えている。

私たちが忙しいということは,
その分生徒たちに目がいかない
先生が増えるということだ。
事実生徒たちよりパソコン操作の方に
気を取られている先生もいる。
(これは内緒の話です)

ともあれ,今日でひと区切り。
明日からは夏休みだ。
ご承知の通り,実際に休めるのは
半分ぐらいのものだが,
普段できない旅行や読書などを
できるかぎり行って,リフレッシュして
また生徒たちの前に登場したい。
(7/20)

青春時代の思い出の品

中学でお世話になって以来,
ずっとお付き合いのある赤門塾。
そこで週末にOBの座談会がある。

その際「思い出の品」を持ってくることに
なっているのだが,
実はこういうことは私の大得意なのだ。

何しろ片づけ下手=物持ちがいい
ということで,
さっそく何品か出てきたので紹介しよう。

(1) 「鬼無里合宿大レポート」という
アルバムおよび資料集

昭和49,50年度というから,
もう今から32,3年前の一品である。
写真はもちろん白黒。
私が高校1,2年のころ製作したもの。
しかし,保存状態はわりと良くて
みんなを驚かせること疑いなし。
第1回の合宿レポートはもはやレアもの!?

(2) 自分のレコード

「鬼無里村讃歌」「労働(先発隊の苦しさ)」
の自作2曲を自主制作レコードとして
1枚だけプレスしてもらったもの。
当時で2000円ぐらいしたから,
今なら5000円ぐらいはかかった勘定か。
まだプレーヤーでかけられるのかしら。

(3) 影絵「かぐや姫」の台本

高校生だった当時,忘年会の余興用に
製作した影絵の台本。
影絵自体はもう処分されてしまったが,
台本だけは保存してあった。

(4) 百人一首練習用のカード

正月の塾の行事は百人一首。
今考えてもかなり高いレベルだったと思う。
私は練習用に工作用紙で
100枚のカードを作り,
穴をあけてリングを通し,
個人練習したものだ。
その甲斐あって,百人一首は
自分の「人生の財産」となった。

(5) 赤門塾の行事がつまったアルバム

(1)のアルバムとは別に,
当時の赤門塾の行事がつまった
1冊のアルバムがある。
「夏合宿」(途中から白黒がカラーになる)
「武甲山登山」(走って登るすごい戦いだった)
「奈良旅行」(春休みの仏像見学)
「演劇祭」(3月の行事。私もいろいろ演じた)

本当に赤門塾とともに青春があった
という感じがする品々である。
2日後の座談会が楽しみだ。
(7/20)

2007年7月19日 (木)

みんなで「朝連」

今朝の朝日新聞の
「どくしょ応援団」の夏休み特集は,
仮説実験授業の先生たちの間で
よく行われている「朝の連続小説」であった。

『朝の連続小説』(仮説社)の著者である
杉山亮さんの記事を中心に,
山口恵子さん,賀川敦雄さん,
高田邦枝さんらの実践で構成されている。

記事の中で印象に残った
杉山さんの言葉を紹介しよう。

「「読み語り」の一番の魅力は,
聞く人も語る人も,
みんなで楽しい時間を
共有できること。
それがクラスみんなで聞くなら
もっともっと楽しい。
朝なら,なおさら効果的です。
1日の始まりに楽しい時間を過ごすことで,
心のストレッチができます」

私は「朝の連続小説」は
やったことがないのだが,
『窓ぎわのトットちゃん』は
なんだかやってみたくなった。
(7/19)

論語に出てくる「正直」の話

仮説社の竹内さんから教えていただいた
論語に出てくる「正直」の話を紹介しよう。

昨日学校から持ち帰った
佐久協著『高校生が感動した「論語」』
(祥伝社新書,800円+税)の訳より。

「楚(そ)の国の葉(しょう)県の長官が
「わたしどもの村に正直躬(きゅう)と
綽名(あだな)されている者がおりましてな,
実の父親が迷い羊を自分のものにした時に,
証人となって役所に訴え出たんですよ」と
得意気に言うからね,
「ほほう,左様ですか,わたしどもの村の
正直者はそれとは異(ちが)いますな。
父親は子供の罪を庇(かば)い,
子供は父親の罪を庇(かば)います。
正直というのは,人情に正直ということですよ」
と教えてやったよ」

なかなかいい話だ。
論語は奥が深いなあ。
(7/19)

2007年7月18日 (水)

ショック

昨日は火曜日。
夜10時からは,
お気に入りの番組・NHK「プロフェッショナル」。

それに続いて水曜の朝のHP&ブログは
その話題でいきたかったのだが,
何とパソコンの不調?で
書いた文章が全部パーに・・・。
ショック。

昨夜は,帝国ホテルの総料理長・
田中健一郎氏の特集で,
けっこうまとまった文章が書けたのに・・・。
「釣り落とした魚は大きい」か。
(7/18)

早くも賞状を2枚ゲット!

昨日担任クラスが賞状を2枚いただいた。

1枚は「読書キャンペーン」(133冊)で,
もう1枚は「古紙リサイクル」(120キロ)だった。

今の学年は7クラスで
行事の賞状は競争率が高いので,
とりあえず夏休み前にもらえてよかった。

もちろん体育祭(9月)と合唱コン(11月)も
がんばりまっせ!
(7/18)

2007年7月17日 (火)

新潟ー神戸ひずみ集中帯

今回新潟・長野で起きた中越沖地震は,
阪神・淡路大震災などを起こしている
新潟ー神戸ひずみ集中帯にあるという。
(日本海沿岸に沿って,
北東ー南西方向に走っている)

「ひずみ集中帯」なんてあまり聞かないが,
要するに太平洋プレートが大陸プレートに
沈み込む時のひずみが圧力として高まって,
耐え切れなくなると地震を発生するらしい。

この地帯には,いくつもの原子力発電所がある。
今回事故が起きた柏崎刈羽原発や
若狭湾の原発集中地帯だ。
原子力発電所の事故は,
放射能という目に見えない被害を伴うので
特に心配だ。
「設計時の想定外」だけでは
済まされないのだ。
(7/17)

アジア杯サッカー

日本対ベトナム戦を私も見た。
4対1と試合は一方的だったが,
見せ場の多い試合のように思った。

気温37度,湿度65%,
しかもアウェー戦でベトナムの大声援。
さらにオウン・ゴールという不運なスタート。

しかし,日本チームは焦らなかった。
前半12分,巻の確実なトラップの同点ゴール。
前半31分,遠藤の見事なフリーキック。
後半8分,パス回しの後の中村俊のシュート。
最後に後半14分,巻のヘディング・シュート。
多彩な得点の仕方に
テレビの前で喜んでいた方は多かったはずだ。

オシム監督の指導も次第に浸透してきている。
「ボールは走らせても疲れない」(中村俊へ)
「お前には(好機と危機を察知する)
嗅覚があるから」(遠藤へ)
など選手たちの心をつかむ言葉もいい。

オリンピックとはまた違う面白さを
アジア杯に感じた。
次は準々決勝だ。
がんばれ日本チーム!
(7/17)

2007年7月16日 (月)

夏風邪か

先週来頭痛がしていて,
週末からはのども痛くなった。
どうも夏風邪をひいたようだ。

1学期の疲れも出てきたのだろう。
また,恒常的な睡眠不足も
たたっているのか・・・。

ぐっすり10時間以上眠って,
体とココロの疲れを取りたいものだ。
(7/16)

正解でなくてもいいなら

昨日台風の中で〈仮説〉の冬の大会の
相談をした後,
仮説社の竹内社長から
いろいろな話を聞いた。

「正解でなくてもいいから,
書いてみてほしい」と言われたことを,
ノーミソ・テープから書き起こしてみる。
文責は,肥さんです。

(1) 平将門のころの武士と江戸時代の武士の違い
 平時は農民。戦時は武士 
 
(2) 信長の強みは数100人の「常備軍」を
 かかえていたところ

(3) イギリス海軍の小説を読んでいる。
 平時の海賊が戦時では海軍となる。
 その水夫を雇う方法は,
 「人さらい」をしてきてサインをさせる。
 サインしなければ,あるいは「身代金」を
 払わなければ海へ突き落とす

(4) 「てっはう」から「種子島の鉄砲」まで 
 性能の差が大きすぎる。
 途中の段階があるはずである

(5) 「無敵」と言われた武田の騎馬隊や
 スペインの無敵艦隊はなぜ敗れたか

(6) 蜂須賀小六は水運のボスで,
 同時に資材と情報に有利だった。
 これを秀吉は利用したのではないか

(7) ドーデの「最後の授業」は教科書から消えた。
 『ことばと国家』の影響である

(8) 楽市・楽座の何によって,
 信長は戦争に強くなったのか。


(9) 「くにから国へ」と同様に,
 「せんそうから戦争へ」の画期はいつか 
 
(10) 『論語』に「正直」という話がある。
 ああいうのは知っておきたいものだ

(11) 鞍馬天狗には商人のパトロンがいた?
 
(12) 「正しく教えられるか」というのもあるが,
 「面白く教えられるか」という方が
 私には重要に思える

(13) 「これ以上は学ばなくてよい上限」
 という発想はないのか

他にもあったと思うが,
このような話題が
速射砲のように語られたと思う。

あるものは川瀬健一さんの著書にも
出てくる話題で,
それを使えばまとまった話として
すぐに授業に使えそうだ。

とにかく「とりあえず正解でなくてもいい」
という気楽な感じで書いてみようかな?
(7/16)

2007年7月15日 (日)

飯能サークル2007年7月例会

昨日は借りていたライトスコープや
本を飯能・仮説会館に返すこともあって,
飯能サークルに参加した。

諸事情から少な目の5名だった。
しかし,「かさぶくロケット」を作って的当てしたり,
ミニ授業プラン「空気の分子がぶつかってくるとき」
を体験したりして,楽しく充実した時を過ごせた。

私は,以下の3つの資料を発表した。
(1) 『徹底検証「新しい歴史教科書」』(近世編1)
 の宣伝冊子
(2) 今月の手品
(3) 1学期前半を終えて・・・

アフター・ファイブは,
飯能・仮説会館での飲み会。
新任の頃東京の大変な中学にいたという
数学の T 先生も飛び入りして,
楽しく夜は更けていった。
(7/15)

台風4号が接近

大型の台風4号が,
日本列島に沿うように東に移動している。

15日午前6時現在は弱い雨だけで
風はほとんどないが,
今日から明日にかけては
かなりの警戒が必要だろう。

私は午前中部活動で,
午後から都内の2ヶ所を回る予定なので
台風の接近が遅れることを祈っている。

高校野球の埼玉大会も,
今日と明日の2日間順延とのこと。
所沢商業の応援は来週末ということになる。
それまで残っていてくれよ!
(7/15)

2007年7月14日 (土)

所沢商業が初戦を飾る

私のごひいきの高校野球チームである
所沢商業が初戦を飾った。

菖蒲00000計0
所商61487X計35

相手の菖蒲は部員不足のために
5年ぶりの出場。
1回戦から所沢商業との対戦で
気の毒だったが,
所沢商業も昨年度まさかの1回戦敗退で,
この日の試合には特別な思いがあったろう。
(勤務校の事務の先生が
エースのお母さんだったので,
この1勝は私にも感慨深い)

2回戦は明日深谷一と戦うが,
おそらく台風の影響で延期。
何とか16日(海の日)に川越初雁球場で
応援ができたらいいなあ。
(7/14)

ウォン高円安

私が韓国,中国,東南アジアに旅行した
10数年前は円高の時代だった。
「海外旅行」が有利だといわれた。

為替相場は中学公民でも
生徒が混乱するところだが,
念のために最近の「ウォン高円安」を例に
復習しておこう。

ウォン高(円に対するウォンの価値が上がる)

→ 韓国の人が日本に来やすくなる。
 3年間で100円当たり1000ウォンから
 750ウォンになったそうなので,
 割安感からたくさんの観光客が来日する。
 と同時に,韓国の輸出業者は
 価格競争力が落ちるので打撃を受け,
 不利になる。

円安(ウォンに対する円の価値が下がる)
→ 日本人の海外旅行がしにくくなる。
 焼肉もおみやげも4分の3に減らす?
 と同時に,日本の輸出業者は
 価格競争率が高まるので追い風となり,
 有利になる。

この説明で合っているのかな?
違っていたら教えて下さい。
(7/14)

2007年7月13日 (金)

肥さんの三者面談

私の三者面談のやり方を書いておこう。

(1) 生活面,学習面,部活(課外活動)面について,
 生徒自身に各100点満点で自己評価してもらう。

(2) 100点になるためにはどうしたらいいか,
 具体的に言ってもらう。

(3) 保護者の感想・意見をうかがう。

(4) 担任からアドバイスを言う。

今回の場合,「所沢市のステップアップ調査」と
「中間テストの結果」が参考資料として出された。
入学して最初の定期テストなので,
平均点がどの教科も70%を越えていた。
「新入生歓迎テスト」と称した。

小学から中学へ上がってくることへのつまずきは,
以前に比べてやはり多くなってきている。
1学期前半(所沢市は2学期制)は
そのことに割く時間がかなり多かった。
何とか気持ちよく夏休みに
つなげられればいいと思うが・・・。
(7/13)

肥さんの宣伝ビラ

『近世編1』の宣伝にと,
私風のビラを作った。

『近世編1』の表紙と裏表紙で逆にはさんで,
「中身」は合計6ページ。
明日の「仮説」のサークルや
明後日の多元的古代・関東の
合田洋一さんの講演会に持っていこうと思う。

(1) 表紙
(2) 昨日の私のHP&ブログ「『近世編1』届く」
(3) 川瀬さんからのコメント
(4) 『近世編1』のあとがき
(5) 同上
(6) 同上
(7) 『近世編1』の奥付け
(8) 裏表紙

私のできる範囲の努力で,
まずやってみたいと思う。
(7/13)

2007年7月12日 (木)

『近世編1』が届く

川瀬健一さんのシリーズ3冊目
『徹底検証「新しい歴史教科書」』(近世編1)が,
昨夜発行元の同時代社から届いた。

526ページにもなる
ボリューム感たっぷりの新著である。

「新しい歴史教科書」批判を切り口に,
現行歴史教科書全体に
内容の見直しを迫るすごい本だと思う。

私は去年の秋に第1巻の「古代編」を縁に
川瀬さんと知り合いになることができた。
古代編の柱として古田武彦氏の説を
たくさん登場させていたからだった。
(その後「平家物語」でもお世話になっている)

今回の本には「古田説」は直接登場しないのだが,
あとがきで古田氏から激励(厳しい指摘・批判を含む)
があったことが書かれている。

また,同じくあとがきの中で
私のささやかな支援活動についても
触れていただいていることを感謝したい。
多元的古代研究会・関東での著書の宣伝活動や
江戸時代の巻ということで,
仮説実験授業の提唱者である
板倉聖宣さんの著作『日本歴史入門』や
『歴史の見方考え方』(いずれも仮説社刊)
などを紹介させていただいた。
これらは,参考文献として後半に2ヶ所登場する。

いずれにしても,
歴史を誰かに教えたり,本気で研究している人には,
川瀬さんのこの「歴史の常識をくつがえす」シリーズを
ぜひ読んでいただきたいと思う次第である。

古代編・・・3000円+税
中世編・・・3200円+税
近世編1・・・3900円+税

値段だけみると高い感じがするが,
それぞれページ数が多いので,
かなりのサービス価格です。
(7/12)

合唱コンの曲目が決まる

昨日の道徳を学活に振り替えて,
合唱コンの曲目を決めた。

選曲係の6人の生徒たちが選んだ曲と
担任推薦の曲を合わせて7曲を聴いた結果,
「あの素晴らしい愛をもう一度」に決定した。

この曲は,私が5年前に担任したクラスが
歌った曲でもあり,
また,世代を越えて歌い継がれている
ステキな曲だと思う。
今年度はこの曲でがんばっていきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

北山修作詞・加藤和彦作曲

命かけてと 誓った日から
すてきな想い出 残してきたのに
あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

赤トンボの唄を 歌った空は
なんにも変わって いないけれど
あの時 ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

広い荒野に ぽつんといるよで
涙が知らずに あふれてくるのさ
あの時 風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお,フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には
以下のような内容が載っていたので,
参考のために付けておくことにする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『あの素晴しい愛をもう一度』とは、
北山修が作詞し、加藤和彦が作曲したフォークソング。
1971年にレコード発表。
1994年3月30日にはCDシングルも発売されている。

一般には『あの素晴らしい愛をもう一度』
と表記されることが多い。
確かに「素晴しい」の仮名送りは誤りであるが、
初版のレコード及びJASRACのデータベースでは
「素晴しい」とされている。
これが北山もしくは加藤による
意図的な誤記であるかどうかは不明。

そもそもは詞が先の曲で
(加藤・北山コンビの場合は通常は曲が先だった)、
加藤のミカ夫人との結婚祝いとして
北山が詞を贈ったというのが定説である。
後年NHK-BSで坂崎幸之助と久しぶりに
ギターを抱えて出演したときには、
「15分でできた」と加藤自身が発言している。

また、この曲のオリジナル録音(1971年)のきっかけは、
東芝がフォークルの再結成を図って
加藤・北山の両氏にはたらきかけたものとされている。
当時、加藤も北山もフォークルの再結成は
あり得ないと明言していた。
ジャケットでは2人ともカメラを全く無視しているが、
これは東芝に対する抗議の意味であるという説もある。

オリジナルヴァージョンでは
加藤による複雑なアルペジオパターンが展開されるが、
「北山修25ばあすでい・こんさあと」に於いては
「このパターンでは弾きながら歌える自信がない」
とのことでパターンを変えて演奏した。

加藤、北山の歌で大ヒットした。
ソロやデュエットの形でカバーされる他、
様々な合唱編曲があり、
2000年代になってもなお中学校の
合唱コンクールなどでは定番曲である。
2003年の「第17回大会(2003年)FNS27時間テレビ
みんなのうた」のテーマ曲にも起用され、
エンディングで司会だったみのもんたが
号泣しながら歌っていた場面は有名。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

多くの人の様々な思いも背負いながら,
1年3組らしい歌をうたえたらいいと思う。
(7/12)

2007年7月11日 (水)

社会科サークル2007年7月例会

私が所属している社会科サークルの
7月例会が昨日あった。

レポーターは大学で教鞭をとる早川さん。
「歌から歴史を学ぶ」ということで,

(1) 蛍の光
(2) 村の鍛冶屋
(3) お山の杉の子
(4) 戦時体制下のこどもの歌
(5) コンドルは飛んで行く

などをCDで流された。

以前外から講師を招いて
戦時下の子どもの歌を聴いた時のことを
思い出した。
あの時はカセットテープを借りて,
たくさんダビングしたなあ。

また,「コンドルは飛んで行く」が
スペイン人に支配を受けたインディオたちの
反乱に関係する歌だということを初めて知った。
最近マチュピチュ遺跡のことを学んだので,
とても実感がわいた。
私も歌を使った授業をしてみたくなった。
(7/11)

地図記号かるた

大阪の小学校の先生の井川さんが作られた
「地図記号かるた」を昨日から導入した。

すでに「世界の国々かるた」「都道府県かるた」は
導入済みだが,
今回はちょっとやり方を変えてみた。

今までだと,まず班内で1回競技をしてから
マイ・かるたを作ったのだが,
今回は,まずマイ・かるたを作り,
最後に個人の机の上で取らせるようにしたのだ。

1つは競技用のかるたを2クラス分作るのが
大変だった(間に合わない)こともあったが,
たまには違うやり方でやってみようと思った。

マイ・かるた作りでは,
地図記号の裏に自分でその意味を書かせ,
小学校の復習も兼ねてみた。
生徒たちの反応も上々で
また1つ新しい財産が増えた。
(7/11)

2007年7月10日 (火)

教員採用試験に板倉聖宣さん登場

知り合いのTさんが,
あるメーリングリストから
こんな情報を仕入れてくれました。

「昨日(7/8)の東京都教員採用試験に
こんな問題が出題されたそうです。

(抜粋)
次の学習指導または教授の課程に関する説明ア~ウと
人名A~Eの組み合わせとして適切なものは、
下の1~5のうちどれか。

ウ 問題・予想・討論・実験の過程により、
科学的認識の成立過程に即して、
科学上の一般的で基礎的な諸概念や
原理的な諸法則を学ばせる方法を唱えた。

A板倉聖宣 Bキルパトリック Cソーンダイク
D遠山啓 Eライン

以前にもどこかで試験にでたという話を聞きましたが、
仮説実験授業も板倉さんも教育史上重要な存在で
あるということが・・・」

どんな方がこの問題を作ったのか知らないが,
仮説実験授業は決して「過去」の方法ではなく,
「現在」も「未来」も適応していける
科学的な方法だと思う。

時々「ああ,仮説実験授業なら
私も若い頃やりましたよ」って方に
出会ってしまうことがあるので,念のため。
(7/10)

2つの戦争展

今年もまた夏が来た。
各地で平和を祈る戦争展の取り組みが
行われる時期だ。

私は毎年2つの戦争展に参加している。
もしよかったら,あなたも参加しませんか?

(1) 埼玉県の戦争展

期日・・・7月26日(木)~30日(月)
場所・・・浦和駅西口コルソ7階ホール
入場無料。

今年はバレー部が県大会のため,
日程的に27日に行こうと思っている。
26~28日には「ひとつの花」「パパママバイバイ」
が上映される予定。(10時半~12時)

(2) 所沢市の戦争展

期日・・・8月4日(土)~6日(月)
場所・・・所沢市役所1階展示室
入場無料。

毎年初日のスタートから参加して,
お昼の「すいとん」をいただくのが
恒例となっている。
今年はクラスター爆弾についての
展示があるらしい。
そちらに興味がある方もぜひご参加を!
生徒たちにもたくさん会えるといいな。
(7/10)

2007年7月 9日 (月)

NHKスペシャル「失われた文明インカ・マヤ」

インカ帝国のマチュピチュ遺跡は
巧みな石組みの技術で知られ,
「天空の都」とも言われるほど高地にある。
その文明についてまとまった内容を
知ることが出来た。

インカ道・・・四通八達して各地を結びつける。
       「すべての道は・・・」
アンデネス・・・断崖絶壁に作られた段々畑。
         高度差を利用して多くの作物を栽培
トレオン・・・天体観測をして種まきの時期を知る施設。
       農業の指示が皇帝の仕事だったかも
コルカ・・・食料を腐らせずに貯蔵する倉庫。
       凶作の時にはここから食料を放出する

これらの知恵の結集が,
南北4000キロ,人口1000万人を支えた。
しかも,それは「奪って支配するのではなく,
与えて豊かにする」統治だった。

昨今の世界や日本の政治を見ていると,
核の脅威や数の横暴で
動いているかの印象が強い。

私たちは過去の優れた文明から学び,
地球環境や世界平和をおしすすめていく
精神的な余裕からは
遠い所にいるのだろうか?
(7/9)

『いじめられている君へ いじめている君へ』

上記の単行本が朝日新聞社から
6月の末に出た。

もともとこれは2006年11月14日から
12月15日の約1ヶ月にわたって,
朝日新聞に連載されたものだ。

その後,希望者に小冊子が無料プレゼント。
応募が多くて入手できない人もいたそうだ。
(私は運よく入手できたが・・・)
そして,今回の出版となった。

ライトブルーの表紙に,
リレー連載をした30人の氏名と題名が並ぶ。
いじめという事象を通して
多くの人が知恵を出し合った成果として,
私は高く評価したいと思う。
また,リレー連載という形の方法の
素晴らしさを強く感じた取り組みだった。
(7/9)

2007年7月 8日 (日)

狭山サークル2007年7月例会

昨日狭山サークル(正式には,狭山たのしい
授業サークル)の7月例会があった。

全体で15人ほどが出席をして,
(昨日は入れかわりが多かった)
和やかに資料発表が行われた。

私が特に印象に残ったのは,
小学6年の担任をしている I さんの
この3ヶ月のレポートで,
いつにない大量の枚数と内容から
子どもたちとの生活ぶりがうかがわれた。

本人は何回となく一見?おとなしい女子
のことが語られたが,
10年次研を受ける頃(30代半ば)の
男性教員と思春期に差し掛かった女子との
葛藤のようにも思われた。

学校では「こわい先生」と思われている
という I 先生だが,
サークルでは全然そんな感じがしないので,
解決困難な課題は「後回し」にしておいて
今は持っている楽しい授業やものづくりをして,
「財産」を作っておいたほうが
得策のように思えた。

各自が思うことやアイデアを述べることで
I さんの心を少しほぐせたとすれば,
それはサークルの存在意義の1つである。
(7/8)

狭山経済高校で練習

昨日は午前中狭山経済高校にお邪魔して,
合同練習をさせていただいた。
25日からの県大会にそなえてのことである。

高校はインター杯を終わり,
3年生が引退。
今相手をしてくれるのは1・2年生の
出来たてほやほやの新チームである。
5セット戦って,
以下のような成績だった。

対狭山経済高校 2ー3
(22ー25,25ー23,12ー25,
25ー20,17ー25)

来週も同校にお邪魔して
練習させていただく予定。
(もうだいぶお邪魔しているなあ!)
お世話になった中学生の中から
同校へ進学する者が
将来出てくるかもしれない。
(7/8)

2007年7月 7日 (土)

八転び九起き!?

先日私は中1担任の時には
合唱コンで6回中5回入賞したと書いたが,
他の学年でのことにも触れておこう。

中2担任・・・8回中0回(1回も入賞なし!)
中3担任・・・10回中5回(1位1回。2位2回)

どうやら私は中1と中3の合唱コンには
縁があるが,
中2ではまったくふるわないようである。

しかし,中2でも「優勝候補」と
言われたことが何回かあって,
(「走る川」や「明日のために」の時)
その都度チャンスを逃してきた。

来年は9回目の中2担任だ。
「七転び八起き」ならぬ
「八転び九起き」でがんばろう!
(7/7)

教え子が出演するコンサート

小手指中時代の教え子のS君が
夏休み序盤にコンサートに出してもらえる
との情報が入った。

私は都合をつけて行く予定だが,
もし日程が合えばいっしょに行きませんか?
ちなみに,参加費は無料とのこと。

7月23日(月)6時半開場7時開演
横浜市青葉区のフィリアホール
(渋谷から田園都市線「青葉台駅」下車3分

フィリアホールのHPには,
以下のような内容が書かれていた。
転載しよう。

飯田裕之・麻衣子とゆかいな生徒たち
~落合孝子と宮脇臣とともに~
デ・クルティス:帰れソレントへ
ヴェルディ:歌劇「ドン・カルロ」より
「一人寂しく眠ろう」 他
(7/7)

2007年7月 6日 (金)

地図さがしっこ

1枚の地図(25000分の1の所沢市)の中に
ある地図記号を求めて探す(○をつける)作業を,
「地図さがしっこ」と称して入門期にやっている。

生徒たちが「燃える」のは,
文・・・小・中学校~市内に49
卍(寺院)とΗ(神社)~市内に100以上
郵便局~市内に20以上
工場~市内に30以上
果樹園~たくさん(範囲を塗る)
などで,「目が疲れるよ~」と言いながら,
「また1つ見つけた!」とか
「あ~,こんなところにあったあ!」とか
地図と遊んでいる。

地図学習と言えば,
地図記号を覚えることも大切だが,
まずは思う存分地図と遊んで
その後で覚えればいいと思っている。

なお,この授業は私が若い頃,
『たの授』誌上で掲載されたことがあるので,
参照していただければ幸いである。
(1990年6月号の
「「地図さがしっこ」をやりました」)
(7/6)

甲武キャンプ村

昨日2年生たちが甲武キャンプ村(山梨県)
での2泊3日の林間学校を終えて帰校した。

この甲武キャンプ村には
私はたくさんの思い出がある。
最初に行ったのは三ヶ島中時代。
1990年~32歳
1993年~35歳
1996年~37歳
と3回も行っている。

また,その後小手指中に異動してからも,
2000年~42歳
2003年~45歳
の2回経験している。

生徒たちを引率して行ったのは
この5回なのだが,
実はもっと行っている。
というのは,甲武キャンプ村は
東京都から山梨県に入って
すぐの所にあるので,
他学年がキャンプファイアの応援に
容易に行けるのだ。

午後5時ぐらいに学校を出て,車で2時間。
現地に着いたらカレーライスで夕食。
その足でキャンプファイアの会場か,
雨の時は体育館のレク会場へ。
そして,2時間ほど楽しいひと時を共にして
帰宅という形で何度も行っているのであった。
(もちろん翌日は授業)

だから,合計すると10回ぐらいだろうか。
私にとって甲武キャンプ場は
教員生活そのものだった。

そして,1つの場所に林間学校を固定できることは,
学校の行事のあり方とも関連し,
学年ごとではなく学校全体として
どの学年も同じ方針でがんばれる
という強さがあったのだった。

だから,来年以降は開催できないかもしれない
という報を昨日受けて愕然とした。
確かにオーナー92歳,村議会の議長もなさった
奥さん88歳というご高齢もあるだろうが・・・。
この夏個人的に甲武キャンプ村を訪ね,
「感謝状」を差し上げたいと思う。
(7/6)

2007年7月 5日 (木)

早くも合唱コンが始動

11月7日(水)に所沢ミューズで行われる
合唱コンが早くも始動した。

昨日行ったのは,実行委員2名と
選曲係6名の選出。

最初は遠慮気味だった生徒たちだが,
男子で歌の好きな生徒が
実行委員に立候補すると,
後は次々と出てくれた。

クラスをまとめていく実行委員の意欲は
とても大切なので,
それが男子から決っていったのは
とてもいい兆候である。

また,何といっても合唱コン向きの
いい歌を選ぶことが重要なので,
選曲係とともに慎重に探っていきたい。

1年の合唱コンはわりと私も運がよく
賞状に恵まれてきたが,
(6回中5回入賞。「肥さん年図」参照)
まだ優勝したことはないので,
5年ぶりの1年担任を機会に
それを果たしたい。
(7/5)

花屋にて

お気に入りの居酒屋のママさんが
病院から退院してきて,
昨日が店の再開初日だった。

顔を出すのは常連のツトメだが,
さらに元気を出してもらうために
花を持参することにした。

近所の花屋でオーダーメイドで
バスケットに花を作ってもらう。
そうしながら店のご主人と
商売の話をしてなかなか楽しかった。

芸術性と商売(もうけ)との兼ね合い。
花屋の個性(最後には出てくるもの)と
商品としての花。
そして,花屋の喜びと苦労。
(年に数回は「お客様の要望」と合わない
こともあるらしい。私は逆に
「それ以外は及第点」という方に驚いたが)

最近NHKの「プロフェッショナル」
という番組を見て学ぶことが多いので,
私も司会の茂木健一郎(脳科学者)ばりに
インタビューしてしまった。
バスケットの花が出来上がるまでの
つかの間の楽しいおしゃべりだった。
(7/5)

2007年7月 4日 (水)

プロフェッショナル「幕内雅敏」

幕内さん(60歳)は外科医で,
肝臓がん手術の世界的権威である。

肝臓は3割残せば延命できる内臓だが,
その手術は網の目のように血管が広がり
大変難しいという。

それに小型超音波診断機と
患部以外を染めて識別する方法で
挑んでいるのがこの幕内さんなのだ。

「自分が最後の砦」
この思いを支えるのは,圧倒的な勉強量と
長年の手術のデータだという。
年間200回もの手術。
「365日24時間医者」と言われる所以だ。
「患者のために医者がいる」とは,
バチスタ手術(患部を切り取って縫い合わせる)の
心臓外科医・須磨久善さんも言っていた言葉。

手術の際には演歌のCDを聴くという。
石川さゆり,森昌子,八代亜紀などがお好み。
外科医は一見派手に見えるが,
重箱の隅を掃くような作業で
耐えるということが演歌と合っているとか。

「ボーッと立っているのが一番いけない」
「焦らず,冷静に,確実に」
「難しいからこそ,基本に返る」
これらはどんな職業にも通じることか。

10時間以上にも及ぶ手術。
それでも,毎日やっていると
集中力は自然と身につくという。
30秒で40回縫うのは当然の技術と言う。
「しっかり見ていれば,人間って
結構大丈夫なもの」というワケで,
「「365日24時間医者」になる。

そんな幕内さんにも
若い頃の苦い経験がある。
自信を持って臨んだ13歳の子どもの
肝臓がんの手術。
それが計算外の大出血で,
同僚に助けられて一命を取り止める事態に。
それから精進の日々が始まった。

脳の働きから,何の報酬があって
今の仕事を続けられているのかと
司会の茂木健一郎(脳科学者)。
「それは,手術して,元気になって,
感謝されること」と幕内さん。
「苦労が大きいほど,喜びも大きい」と。

それでも,「手術が終わるまで
自分の体力がもってくれ!」と
いつも祈るような思いで執刀しているという。

ラストは,肝臓がんの女性の手術。
50以上の腫瘍の予想が,
直前に70以上に変更。
そして,開腹してみたらさらに増えて,
合計99個の腫瘍を13時間で取るという
大手術に及んでいた。
すごい世界だと思った。
(7/4)

日本航空高校女子が全国へ

高校女子サッカー部で,創立わずか
二ヶ月の日本航空高校女子チームが,
関東大会で準決勝に進み
同時に全国大会出場を決めた。

何でこんなことを知っているかというと,
昨日勤務校の職員室で
昨年度3年生に在籍した
(ということは当然社会科を教えた)
Oさんが新聞記事の写真に出ていたのだ。

中学時代はバスケット部だったが,
その身軽さと運動神経から
日本航空高校に招かれ,
4月から種目をサッカーに改め
がんばり始めた矢先の朗報だ。

選手は11名のギリギリ定員。
チームにはじん帯を痛めている
選手もいるとのことだが,
せっかくつかんだチャンスだ。
悔いのない戦いをして
ぜひ頂点に立ってほしいと思う。
がんばれ,Oさん!
(7/4)

2007年7月 3日 (火)

読書キャンペーン2007

勤務校では学期に1回(2学期制だから2回)
図書掲示委員会が読書キャンペーンを行い,
図書室の利用を促している。

わがクラスも「参加することに意義あり!」
ということで,二週間のキャンペーンの
スタートから大挙して本を借りに行った。

昨日キャンペーン期間が終了して
図書掲示委員が集計してみたところ,
冊数136・借りた人35/37だった。

スタートダッシュとラストスパートも効いたが,
期間途中にも借りに行っている生徒が
少なからずあって記録が伸びた。

全員参加でなかったのは少々残念だったが,
冊数では目標の100を大きく越え
学年トップの数字だった。

体育祭や合唱コンの賞状も
もちろんうれしいけれど,
1学期のうちからもらえる
読書キャンペーンの賞状も
またひと味違ったものである。
これと,生徒会本部の
古紙リサイクルの賞状で,
夏休み前にはやくも賞状2枚ゲットだ!
(7/3)

ホンモノの赤道,ニセモノの赤道

赤道の語源を求めて
パソコンで検索していたら,
こんな記事(旅行記)が出ていた。

エクアドルという国の国名は
スペイン語で「赤道」を意味する。
その場所には巨大な地球儀(直径4.5m)の
記念碑があって,赤道の赤い線が引いてある。

資料集にもよく出ているこの写真なのだが,
23年前に測定して記念碑を作ったのはいいが,
9年前に再測定してみたところ
現在の位置から250mずれたところに
ホンモノの赤道があることがわかったそうだ。

そこで「ここが本物の赤道」だと示す
線を引いたのだが,
それはあまりにも目立たなくて
人々はやはり巨大な記念碑のところで
記念写真を撮って帰るのだそうだ。
(線をまたいで撮るお決まりのポーズです)

もしエクアドルに行かれる方は,
巨大記念碑のところではなく,
小さな民俗博物館の中にある
本物の赤道をまたいで撮ることをおススメする。

なお,この博物館では
赤道上で起きる珍しい現象(渦の巻き方)も
見せてくれるということで,
赤道からたった1mしか離れていなくても
ラインの北側と南側では逆方向に
渦を巻く現象が見られるとのことである。

また,赤道上は重力の影響をもっとも受けない
場所だそうなので,
この夏のダイエットの仕上げ(体重測定)は
エクアドルでしてみてはいかが?

ちなみに,世界で赤道が通る国は11か国。
南米のエクアドル,コロンビア,ブラジル。
アフリカのサントメ・プリンシペ,ガボン,コンゴ共和国,
コンゴ民主共和国,ウガンダ,ケニア,ソマリア。
東南アジアのインドネシア。
また,赤道が通っていないのに
なぜか赤道の名前がついている国に
赤道ギニアがある。
(7/3)

2007年7月 2日 (月)

もうすぐ夏休み

いろいろなことがあった1学期前半も,
あと14授業日(3週間ほど)で夏休みだ。

小学生の顔をして入学してきた生徒たちも,
3か月の時を経て少し中学生らしくなった。

この後,行事?としては来週からの三者面談。
夏休みに入ると補習がある。
また,その後いよいよ男子バレーの県大会。

健康に気をつけて7月を乗り切ろう。
そして,有意義な夏休みを過ごすのだ。
(7/2)

7月の手品

7月の手品はハンカチを
使ったものにしようと,
しばらく前から考えていた。
やはりこれは定番だから。
早めに習得しておきたい。
できたら2つやりたいと・・・。

ということで,今月の手品は
「ハンカチを使った手品を2題」
ということに決定!

(1) 青いハンカチの中から赤いハンカチが

手品の基本でよく見かけるやつ。
「タネもしかけもありません」と言いながら,
巧みにタネを仕込んでいるんだな,これが。
やることは簡単だけれど,
いかにこれを鮮やかに見せるかが
勝負の分かれ目。
本日,初披露!

(2) 空中から赤いハンカチが

(1)で使った青いハンカチには
「休憩」していてもらい,
空中から先ほどの赤いハンカチを再登場させる。
いかに手元を見ないで
生徒の方を見ながらできるかがカギ。

なお,この手品をやるには
500円+税の元手がかかる。
手品修業のためには
多少の出費は必要だ。
だが逆に考えると,わずか500円ほどで
5クラス200人近くが楽しめるのだから,
今回はかなり割安かもね。
(7/2)

2007年7月 1日 (日)

古田説の授業

TOSS中学社会HPの中に,
古田説を使った授業を見つけたので
報告しておく。

古田武彦氏の『海の古代史』(原書房)を
使った話を向山洋一氏がして,
それを勇眞氏が授業化し,
さらにそれを進士かおり氏が追試したようである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「海を渡った縄文人」

プロジェクターで土器の破片を提示する

発問1 土器のかけらです。これは何土器と呼ばれますか。
ノートに書いてご覧なさい。

縄文土器である。

説明1 実はこれはエクアドルで発見されました。
調査の結果、この土器は日本の縄文土器と
作り方や模様がとてもよく似ていることがわかったのです。
縄文土器とエクアドルのバルディビア遺跡で
見つかった土器を並べて比較する。

指示1 エクアドルはどこにありますか。
地図に指をのせてごらんなさい。
のせたらお隣と確認をします。
世界地図を使用する。
エクアドルの位置をスクリーンで示す。

指示2 スクリーンで確認をします。
エクアドルはここです。赤で○を書きます。

指示3 日本はここにあります。同じように○をつけます。
日本の位置もスクリーンで示し、地図に書き込ませる。

発問2 日本からエクアドルは約15000㎞離れています。
なぜエクアドルで縄文土器が
見つかったのでしょうか。
思いつくことを1つノートに書いてご覧なさい。
 
・日本人がエクアドルに縄文土器を持って行ったから。
・日本からエクアドルまで直接伝わったのではなく、
国から国へと伝えられたから。
・日本とエクアドルとの貿易で土器が伝わったから。
・日本人がエクアドルに行って、作り方を教えたから。
・土器が日本からエクアドルに流されていったから。

説明2 10年前、さらにあることがわかりました。
愛知がんセンターの田島和雄氏によると
エクアドルを含む南米のインディオのもつウイルスや
遺伝子が日本の太平洋側に住む人たちと同じ型だったのです。
これは日本人とエクアドルの人たちに
強いつながりがあることを示しています。
日本人がエクアドルまで移動
したことが考えられるのです。

発問3 日本からエクアドルまでの道は、
現在2つの説が考えられています。
1つは氷河期にベーリング海峡を歩いて渡った。
もう1つは太平洋を船で渡ったというものです。
陸地を歩いていったのか、海を船で渡って
いったのか、どちらだと思いますか。(挙手させる)
スクリーンで2つのルートを提示する。

説明3 これまでの多くの研究者は
陸地を歩いていったと考えました。
しかし現在、海を渡っていったのだという説が
注目されるようになりました。
陸地を歩いていったのではないという
根拠が見つかったからです。

発問4 その根拠とは何でしょうか。
予想してノートに書いてご覧なさい。

説明4 それは寄生虫です。
約3500年前の南米のインディオのミイラから
ある寄生虫の卵が発見されたのです。
その寄生虫はアジアに多く存在し、
寒さにとても弱いのです。
大変寒いベーリング海峡を歩いて渡っている間に
寄生虫は死んでいる ずなのです。
けれど南米では、この寄生虫の卵が
たくさん発見されています。
このことから日本人が黒潮にのって船でエクアドルに
来たという説が注目されようになりました。
縄文時代の船で太平洋を渡れるのか、
実際に実験をした人もいます。
縄文時代と同じ手こぎの丸木船で
太平洋を51日間で横断したのです。
私たちの祖先は遠い昔、
広い太平洋を渡っていったのではないかということです。

今日の授業の感想を書きなさい。

《先行実践》       

著者名:勇 眞,インターネットランド№.1143046

参考文献 『海の古代史』古田武彦著 (原書房)
『コロンブスが持ち帰った病気―
海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』 
ロバート・S・デソウィッツ著 (翔泳社)
『海を渡った縄文人』橋口尚武編著 (小学館)

(肥沼注)厳密に言うと,
バルディビア遺跡の土器は縄文土器ではない。
その点勘違いのないようにしていただきたい。
しかし,よく似ている点もある。
そこが重要なところだ。
それに対して,本物の縄文土器のが
南太平洋のバヌアツで発見されている。
そちらもからめて授業できないかと思う。
(7/1の夜)

ブログにHPを完全リンク

先ほどブログにHPを完全リンク
することができました。
(プロフィール,カウンターに続いて
3番目に載っています!)

ブログ内の「テンプレート」という場所で
いろいろやってみたらできました。

HPのリンクについては
読者の皆様に大変お世話になりましたが,
おかげ様でまた少し「進化」しました。
今後ともよろしくお願いいたします。

今までブログだけだった方も,
HPに遊びに来て下さいネ!
(7/1の夕方)

坂戸西高校で練習(2回目)

先週に引き続き昨日も
男子バレー部15人(約3分の1)と
坂戸西高校に行ってきた。
県大会に備えてのチーム強化である。

他に3校来ていて(1つはクラブチーム)
合計5チームで1セットずつ順に対戦した。
スタートが悪いのはいつものことだったが,
取れるセットを逆に取られるのはやはりくやしい。
ぜひ,県大会ではそういうことの
ないように願いたい。
後半はゲームメイク的に
見るべきものがあった。
以下,対戦成績を載せる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆ 対坂戸西高校 0ー1

7ー25 (試験期間中のため1セットのみ)

☆ 対越生クラブ 0ー3

16ー25,14ー25,15ー25

☆ 対毛呂山中 1ー2

24ー26,19ー25,25ー22

☆ 対三郷南 3ー0

25ー13,25ー22,25ー18

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

午前中指導していた主顧問が
女子の指導に帰校した午後。
今度は私が監督のイスに座り指揮をとった。

私が思うにわがチームは
一丸となって戦っている時と
そうでない時の差が大きい。
それを何とか埋めて,
全員バレーとして
試合を戦っていきたいと思っている。

昨日はアタッカーを1枚欠いたが,
それもレシーブの強化で乗り切り
2枚のアタッカーが試合を作っていく。
やみくもに1点を取り合うのではなく,
(もちろん一瞬一瞬はその戦いだが)
この相手となら10点までには
「4対6」でOKだとか,
必ずリードして「6対4」以上にしたいとか。
できるかどうかは別として
イメージを持って試合を進めてほしいのだ。

同じ1点でも,試合の中で
持つ意味はかなり違う。
例えば3点負けているのに
さらに無造作なサーブミスで献上する1点は
試合作りをぶち壊してしまうし,
あと1点で同点の時のアタックは
値千金の1打だということだ。
「ここで1点確実に取りたい」
「ここでは1点もやれない」
そういうメリハリが試合の中で
意識されてほしいと思う。

コートに出られなくても,
いろいろな形で試合に参加することはできる。
審判,ラインズマン,得点係。
応援で試合を盛り上げる役。
ボール管理。
球拾い・・・。
他のチームから優れた技術を
学び取ってくることだって
立派な参加の仕方だと思う。
どのチームからも学べることはある。

そして,県大会が終わった後
待っているのは夏練習。
10月の新人戦。
その時力を発揮できるのは
1,2年生の部員合計30人ほどのうち
誰なのだろうと思う。
その人はきっと今も
何らかの努力しているのではないかな。
(7/1)

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