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2007年3月15日 (木)

最初から結論は決っていた

昨日ここで書いた
NHK「歴史の選択」を見た。
もちろん「邪馬台国はどこか?」が
気になったからである。

最初から結論は決っていた。
冒頭「5世紀には大和政権があったことが
わかっていますが・・・」という紹介から
番組がスタートしたからだ。

5世紀といえば,讃・珍・斉・興・武の
「倭の五王」の時代だが,
それは大和政権に間違いないというのだ。
本当だろうか?

古田武彦氏の『失われた九州王朝』等によれば,
これらは九州王朝の大王たちのことであり,
中国から朝鮮半島の支配権を認めて
もらおうと考えて,盛んに朝貢していたのだ。
(これは格好悪いので「古事記」「日本書紀」
には出てこない記事である)

そして,7世紀末まで九州王朝の主権時代が続き,
8世紀初頭に大和政権が主権を奪う。
(きっかけとなった事件としては,
白村江の戦いでの倭国=九州王朝の敗北)

国内史料の「古事記」「日本書紀」(=歴史教科書)だけ
読んでいるとだまされてしまうが,
中国正史である「隋書倭国伝」「旧唐書」等を読めば,
九州王朝が主権の時代があったことが
はっきりとわかる。
何しろ熊本県の「阿蘇山」が登場してきてしまうのだから・・・。
(これらは岩波文庫で安く買えるので,ぜひご一読を。
現代語訳も付いています!)

番組中2回携帯電話からのアンケートを採り,
1回目は九州説の圧勝,
2回目も3分の2が九州説だったのが救いだった。
しかし,これはNHKの誤算だったかもしれない。
視聴率的には半々がいいだろうから・・・。
(3/15)

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コメント

 NHKの番組は見ませんでしたが、視聴者の反応は九州説が強かったのですか。そりゃあそうでしょう。考古資料に依拠しようと考えれば、どう考えても「邪馬台国」大和説はなりたちませんからね。奈良時代や明治時代はいざしらず、古事記や日本書紀の捏造された文献記録の表面的解釈だけでは「科学ではない」ことがすぐ見ぬかれてしまい、どうしても考古資料で補足しようとします。しかし、考古資料を謙虚に見ればだれでも北九州になることは、肥さんの「邪馬台国はどこだ!」の授業でもすでに証明済みですからね。

実は番組の中では,九州の「武力」(鉄器)と近畿の「権威」(三角縁神獣鏡)とを対立させて考えたのです。それでも九州を支持する人が多かったのですから,三角縁神獣鏡が,(1)中国から出土していない(2)古墳時代(弥生時代ではなく)の古墳から出土する,の2点をみんなが知ったら,さらに大和説は減るものと思われます。

弥生時代の出土物と古墳時代の出土物を対比させて討論させたのですか。酷いものでね。詐欺ですこれは。最も学者も「伝世」という「いい訳」を使って、弥生時代の大和には同時代の九州を凌駕するものは何もないという事実を押し隠しているわけですが。学会公認の詐欺というわけだが。
 きっと権威があってもその基盤となる武力がなければと、視聴者は判断したのか、それとも三角縁神獣鏡は卑弥呼の時代の物ではないという事実が、NHKの思惑に反して広がっていたのかな? 「邪馬台国問題」に関心のある人々の間には。どちらでしょうかね。常識的には前者ですが。唯物論的に考えれば(これが現実感覚というもの)、権威は権力によって裏打ちされないと存在できないということになりますから(逆も真ですが)。ということは弥生時代の九州・倭国の権力を裏付ける権威の一つが中国の画文帯神獣鏡や錦、そして「さざれ石」や「こけむす神」などの縄文以来の権威ということなのでしょう。九州王朝の讃歌が「君が代」というのも頷けます。

権威と権力との関係ですか。なかなか奥が深いなあ。
ちなみに「君が代」が登場する志賀島の志賀海神社の祭りの名前は「山ほめ祭り」です。縄文以来の神様ということがバックにあるということのようです。

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