« 出会いの年だった今年度 | トップページ | 昭島サークル・3月例会 »

2007年3月18日 (日)

私にとっての『平家物語』シリーズ

今までの人生で現在が一番『平家物語』を
読むのに適している時期かもしれない。
そう思って,また連載シリーズを始めることにする。

(1) 春休みで時間があること
(2) 九州年号「金光」が登場すること
そして,何より
(3) ご自身『平家物語』を研究なさっている
 川瀬健一さんにアドバイスいただけそうなこと

この3つの条件が整っている今が
『平家物語』の世界に近づく一番の機会かと
思ったからだ。

もちろん私は今までまったくと言っていいほど
『平家物語』は読んだことがなかったから,
実力は「那須与一」「敦盛の最期」程度と
知識は中学生並だけれど,
〈仮説〉と〈古田史学〉で長年培ってきた好奇心と
中学生にも負けない素人の強みを生かして,
書いていこうと思う。

川瀬さんも他の読者の方も
どんどんコメントを入れてお導き下さい。
今までの三部作〈授業書〉〈古田本〉〈肥さん年図〉
とは違って,新しい分野を学んでいくシリーズの
第1作としたいと思っています。

『平家物語』 巻第1の前半

「祇園精舎」~

有名な冒頭で中学生も暗唱するところだが,
物語全体を統括するような「歴史の法則性」
=叛臣は必ず滅びる,を提示しているようだ

「殿上の闇討」~

忠盛がうらまれて闇討ちをされそうになるが,
頭脳的な行動でそれをかわしていく。
平家台頭の秘密ともいえるのかな。

「鱸」~
清盛が乗った船に出世魚の鱸(すずき)が
飛び込んできた。(周の武王の白魚の
日本版)吉事として一族で食べて繁栄した
ともとれるが,十戒(殺生)を破ったことの
報いが平氏滅亡と取れなくもないかな。

「禿髪」~
「此(この)一門にあらざらむ人は皆に人非人なるべし」
(平氏でなければ人ではない)と時忠は言い放つほど,
平氏の勢いは強まる。清盛は300人もの若者に
禿髪(かぶろ)=おかっぱの髪に赤い服を着せて
親衛隊のように町中をパトロールさせている。
もし平氏の悪口でも聞きだそうものなら,
その家に乱入して大変な目に遭うので,
誰も批判などできるものではない。

「吾身栄花」~
日本66ヶ国のうち30余りを平氏が支配する時代。
その屋敷は,宮廷も上皇の御所も負けず
七珍万宝の山である。

「祇王」~
清盛から寵愛され,やがて捨てられる白拍子の悲劇。
冒頭の「祇園精舎」と同じように,
「盛者必衰」を表わしているように思えた。
かなり長い段で,愛唱された段のように思われる。

「二代后」~
二代の天皇に渡って入内する女性の悲劇か。
ちょっとよくわからなかった。

「額打論」~
この段も歴史的な背景がよくわからなかった。
この段については川瀬さんにご教示願うのが
もっとも適任かと思われますが,
お願いできますでしょうか。

今回のシリーズは初めて読むものばかりなので,
毎日更新というわけにはいきません。
次回は20日に続ける予定です。
(3/18)

« 出会いの年だった今年度 | トップページ | 昭島サークル・3月例会 »

古田史学」カテゴリの記事

コメント

「額打論」とその前の「2代の后」はセットになった句です。2代の后で二条天皇が近衛天皇の后であった多子を后に迎えたが、この縁組には時の天皇家の家長であった後白河は不同意であった、と平家物語は記しています。つまりこの句は、後白河と二条の親子は政治的に対立していたのだということを暗示しているのです。ではどう対立していたか。後白河はワンポイントリリーフの1代限りの天皇。初めから二条が成人したら天皇の地位を降りて早めに家長の地位も息子に譲ることを強制されていた。強制したのは、彼の亡き父・鳥羽上皇。鳥羽は夫を裏切って夫の祖父である白河法皇と通じて崇徳天皇を生んだ待賢門院を恨んでいた。だから2度目の后である美福門院処生の子に皇位を継がせたかった。だから崇徳を無理やり隠居させて美福門院が生んだ近衛を皇位につけた。しかし近衛は早世した。喜んだ崇徳は自分の子を皇位につけようとしたが、鳥羽は後白河の子の二条(彼は美福門院の子の八条院の養子になっていた)を皇位につけようとして彼が幼子だったので仕方なく第三皇子である後白河を二条成人までのリリーフに建てた。だから鳥羽が死んだとき保元の乱起きたわけ。そして後白河側が勝ったのでめでたく二条へ皇位は継承されることになる。しかし頭に来たのは後白河。彼も待賢門院の息子なので自分はお飾りに過ぎない。でも愛しき母を捨てた憎き父・鳥羽はいないのだからこれからは自分が天皇家の家長だと動く。しかし天皇家の財産は近衛の姉にあたる八条院が継承していて、後白河はいつも彼女からお金を出してもらわないと手元不如意になる。
 だから後白河の家長の地位は形式的で、実質的な家長は妹の八条院。そして八条院が後ろ盾になって天皇家の家長を二条に譲らせようとするから、二条と後白河は対立する。そしてその対立が決定的になったのが二条が3人目の后として近衛の后であった多子を入内させたこと。二条には后は二人あったが子がなかった。しかるべき家格の女子の腹に男子をもたないと、天皇としての地位が危ない。今までの二人の后は父・後白河の息が掛かっているから、それとは離れた、かつて近衛を支えた貴族の娘である多子と縁組して男子を儲けようとしたわけ。
 額打論は、その二条が病に伏して死んでしまい、彼が側女に生ませた子が即位(六条)したが、貴族達は六条を天皇とは認めず、二条の葬儀の場で、二条・六条派と後白河派とが激突したということ。興福寺は伝統的に後鳥羽・近衛・二条派。延暦寺は後白河の息子が天台座主になった関係で後白河派。その延暦寺の額を興福寺の僧が打ち破って切って落としたという事件。いよいよ2つの皇統支持派が武力闘争になるのか。焦点は二条・六条支持の平清盛が後白河につくのかつかないのか。そして次ぎに延暦寺が興福寺の末寺の清水寺を焼き討ちし、そのまま六波羅の平氏の館を焼き討ちするかもという事態になる。もしそうなれば保元・平治の乱に続いてまたもや都は戦火に見舞われる・・・どうなるの? という句が額打論です。
 祗園精舎からの最初の6句についての解説は、僕のサイトの「平家」の所にありますので見てください。

川瀬さんへ

くわしいご説明ありがとうございました。
こんなに複雑に入り組んだ背景があるとはびっくりです。
今日解説本を買ってきたのですが,もう少し勉強してから
今シリーズは再チャレンジしてみたいと思います。

> 祗園精舎からの最初の6句についての解説は、僕のサイトの「平家」の所にありますので見てください。

はい,ありがとうございます。読ませていただきます。

 平家物語の解説本ですか。どの程度物語の背景を解説できているかな? 実は平家物語が平家の物語ではなく、天皇家=王の物語だと言う認識は、ごく最近のことで、国文学の人達の間ではまだ定説にはなっていません。歴史学の方からの発言です。そして源平の合戦と呼ばれてきた治承・寿永の戦いが、王家が複数(鳥羽・近衛・二条の派【代表者は八条院で支えていたのは村上源氏の徳大寺と武門源氏】と後白河派、さらに高倉・安徳派【支えていたのは平家】)とに分かれて戦ったがゆえだという背景をしっかり説明した本には、僕はまだであっていません。この源平の戦いの前段の保元・平治の乱についてはかなり歴史学のほうで明かにされているのですが。
 平家物語については歴史学の方では、五味文彦著「平家物語 史と説話」(平凡社)と兵藤裕己著「平家物語-<語り>のテクスト」(ちくま新書)が、保元・平治の乱については、元木泰雄著「保元・平治の乱を読みなおす」(日本放送出版協会)がお勧めです。

川瀬さんへ

> 実は平家物語が平家の物語ではなく、天皇家=王の物語だと言う認識は、ごく最近のことで、国文学の人達の間ではまだ定説にはなっていません。歴史学の方からの発言です。

私もそんな感じがしてきました。

> 平家物語については歴史学の方では、五味文彦著「平家物語 史と説話」(平凡社)と兵藤裕己著「平家物語-<語り>のテクスト」(ちくま新書)が、保元・平治の乱については、元木泰雄著「保元・平治の乱を読みなおす」(日本放送出版協会)がお勧めです。

上記の3冊はさっそく注文してみようと思います。

 平家物語を読むのに大切な参考書を一つ忘れていました。保立道久著「平安王朝」(岩波新書)です。私たちは江戸時代の学者の間違った説に影響されて、「武家・摂関家・天皇家」の相互関係について正しく認識していません。江戸時代の学者(新井白石以降)は、摂関家がまず天皇家にとってかわり、その摂関家に武家が取って代って鎌倉・武士の世になたっとしました。しかし摂関家も武家もともに天皇家の支えであり、摂関が権力を握ったかに見えたのも、武家である平家が権力を握ったかに見えたのも、天皇家の家長が若くして世をさり、家を継いだ天皇が幼かったために母方のおじや祖父が権力を代行したこと。こういう真実の歴史は失われてきました。これを明かにしたのが保立らです。さきの3冊を読まれる前に、ぜひご一読ください。

川瀬さんへ

合計4冊の本をご紹介いただき,ありがとうございました。本屋で検索してもらったところ,元木泰雄『保元・平治の乱を読みなおす』は注文できましたが,それ以外は在庫なしとのこと。家に帰ってアマゾンで残り3冊は注文しました。たのしみに待つ間に指導要録を片付けてしまいたいと思います。3月28日が締め切りです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 出会いの年だった今年度 | トップページ | 昭島サークル・3月例会 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のトラックバック

無料ブログはココログ