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2007年2月22日 (木)

私と古田史学のかかわり

1976(昭51)年ごろ,高校生の肥さんが
『「邪馬台国」はなかった』を購入。
まったく歯が立たず,10ページでダウン。

(この間13年空白)

1989(平2),『吉野ヶ里の秘密』で
古田本に「再会」する。

以降,古田本を渉猟(しょうりょう)。
研究会(当時は「市民の古代研究会」),
講演会,フィールドワークと
18年間古代史研究に関して
たのしい毎日をことができる。

「肥さんのー「多元的古代」通信」という
B5判で4~8ページほどの印刷物を64号まで発行し,
講演会やフィールドワークの様子を報告。
古田史学に興味をもった人に配ったり,
ガリ本の原稿にしたりした。
(1990~1999年)

授業プラン〈「邪馬台国」はどこだ!〉を作成。
考古出土物をもとにそのありかを探る意欲作。
ぜひ授業にかけてみていただきたい。

2001年からはパソコンで仕事をするようになり,
自らのサイト「肥さんのホームページ」などで,
古田史学の宣伝・普及に努める。

最近では『徹底検証「新しい歴史教科書」』
の著者・川瀬健一さんとお知り合いになり,
お付き合いをさせていただいている。

2007年2月,「私にとっての古田本」という題で
12回の連載を試みる。
(今回は何回も川瀬さんにコメントをいただき,
充実した日々を過ごすことができました。
ありがとうございました!)

2007年5月には新雑誌『なかった・3号』
(ミネルヴァ書房)と『東日流外三郡誌
寛政原本・写真版』(オンブック)が
刊行される予定である。
地道にコツコツと古代史の真実を明らかにしていく
古田史学をこれからも応援していきたい。
(2/22)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

 お疲れ様でした。古田氏の著作との出会いを綴られた今回のシリーズ。楽しく読ませていただきました。改めて古田氏の研究方法の堅実さと視野の広さを確認しました。
 僕と古田氏との関りは(直接お会いした事はありませんが)1973年に「『邪馬台国』はなかった」を読んだことに始まりますが、この2年前に初版本が出た時点で、その存在は知っており、当時日本古代史について研究を始めていたので、その時から気になっていたことは確かです。以来、古田氏の著作はほとんど読み、「市民の古代」なども何集かは購入して読みましたが、それ以上深入りすることなく現在に至っています。「古代史の真実の大筋は、古田氏の一連の著作でほぼ見えた」というのが実感で、以後は近現代史・中世史の学習と教育活動・教育運動・評論活動に没頭した30年でした。僕も肥さんと同じく、弥生時代・古墳時代の考古学遺物の出土地点をもとに「邪馬台国」のありかを推理する授業を組んだことがありました。たしか80年代の前半のこと。この資料だと一目瞭然で北九州ですよね。この自明のことをいまだに拒否し続ける古代史学会にはただただ不信の念ばかりでした。これも古代史に深入りしなかった理由かもしれません。
 古田氏の著作に再び触れたのは、2001年夏に「新しい歴史教科書」の徹底批判を始めたときに古代史は古田氏の説に依拠しないと根源的に批判できないので、再度古田氏の著作を通読したこと。そして時を同じくして、「古代史の十字路・万葉批判」と「壬申大乱」が出版されたこと。とくに後者は、日本書紀の歴史改竄が天武紀・持統紀にまで及んでいる事を明かにしたことは衝撃的でした。
 古田氏の活躍は、定説というものを頭から信じていたのではだめだということを教えてくれ、これは日本古代史に限らず、全ての学問分野で言える事ですので、僕にとっても教育活動や評論活動をする上での指針となりました。古田氏と出会わなかったら、自分で平家物語の諸本を比較検討して平家誕生の謎を解読したり平家琵琶に出会ったりすることもなかったでしょう。この意味で古田氏は、僕にとって、人生の師の一人であったわけです。
 古田氏の業績と自分自身を振り返る楽しい機会を、ありがとうございました。今後もブログを楽しく拝見させていただきます。

川瀬さんへ

コメントありがとうございました。
また,今回の12回にわたるつたない連載に
付き合っていただき,ありがとうございました。

> 古田氏の活躍は、定説というものを
> 頭から信じていたのではだめだということを教えてくれ、
> これは日本古代史に限らず、全ての学問分野で
> 言える事ですので、僕にとっても教育活動や
> 評論活動をする上での指針となりました。

本当にそうですね。
古田史学というものに出会って
古代史だけでなく教員としても
幸せだったと思います。

> 古田氏の業績と自分自身を振り返る楽しい機会を、
> ありがとうございました。
> 今後もブログを楽しく拝見させていただきます。

こちらこそありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

川瀬さんへ

> 僕も肥さんと同じく、弥生時代・古墳時代の
> 考古学遺物の出土地点をもとに
> 「邪馬台国」のありかを推理する授業を
> 組んだことがありました。
> たしか80年代の前半のこと。
> この資料だと一目瞭然で北九州ですよね。

やはり川瀬さんもやられていましたか。
考古出土物の分布というのはとても説得力があり,
生徒たちもこの授業を喜んでくれました。

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