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2007年2月17日 (土)

私にとっての『関東に大王あり』

埼玉県行田市にある稲荷山古墳から
金文字銘入りの鉄剣が発見された時,
私は20歳の青年だった。

新聞に大々的に載った記事には
「日本統一は雄略天皇」
「稲荷山古墳に葬られたのは
雄略天皇のけらい」
というようなものがたくさんあった。

これは今考えると大和中心主義
(日本書紀および歴史教科書の立場)
の最たるものなのであるが,
その当時は古田史学も知らず
(高校生の時『「邪馬台国」はなかった』で
かすってはいたのだが・・・)
「へー,5世紀の頃にはもう関東まで
大和朝廷が支配していたのか。
すごいものだなあ」と
感心するばかりであった。

それから10年後,
私は古田史学に「再会」する。
『吉野ヶ里の秘密』(光文社)がそれである。
そして『「邪馬台国」はなかった』を皮切りに
古田本の渉猟(しょうりょう)を始めるのだが,
『関東に大王あり』(新泉社)もその1冊だった。
(18年前は定価2500円がすごく高く思えたのを
なぜかよく覚えている)

当時の市民の古代研究会の人々や
古代史に興味を持ってくれたUさん親子と
何回も稲荷山古墳や群馬県・栃木県の古墳に
見学旅行に行ったのも楽しい思い出だ。
(大前神社の「磯城宮」碑は
ぜひ1度見ていただきたい)

本から学ぶものも多いが,
土地鑑や実物が持つ説得力は
やはり「歴史は足にて知るべきもの」
と思わせてくれる。

大和の古墳群を見ると
大和だけが繁栄していたように思ってしまうが,
関東の古墳群もなかなかすごいのがある。
中でも未盗掘の観音山古墳などは
その副葬品を見ると驚くほど豪華だ。
仏教も早く伝わってきているようだ。

そういう意味でこの本は,
日本の中心は大和だけでなく
何ヶ所もあったという多元史観の実感を
私に与えてくれた記念すべき本ということになる。
九州はもちろん信州,東北,出雲と
研究会の人たちと見学旅行を何回もしたが,
その都度多元史観の確かさを
確認する思いだった。

明日は,『真実の東北王朝』(駸々堂)
について書きます。
(2/17)

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