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2007年2月20日 (火)

私にとっての『よみがえる九州王朝』

上記の本(角川選書)の第4章に,
「幻の筑紫舞」という話が出てくる。
九州王朝の芸能が千数百年の時を経て,
現在に伝わっているというのである。
その伝承者は,西山村光寿斉という女性だ。

彼女は少女時代(昭和10年代)に,
菊邑検校という人物から筑紫舞を習う。
何とそれは九州王朝の宮廷の舞であった。

1980(昭和55)年,
古田氏のところに光寿斉が電話をかけて,
2人は知り合うことになる。
あまりの符合に心を躍らせつつも,
慎重に対処する古田氏。

そして,その舞が奉納された洞窟というのが,
古田氏の調査で宮地獄古墳(福岡県)の
横穴式石室だったということが判明する。
これこそ九州王朝の王が眠る墓だったのだ。
(国宝の黄金の冠,板ガラス,三重の骨壷等の
驚くべきの出土物で知られる)

筑紫舞には,いろいろな種類の舞があるが,
たとえば「翁」の七人立は
次のような登場人物が出演するという。

肥後の翁・・・主役
加賀の翁
都(筑紫)の翁
難波津より上がりし翁(大和?)
尾張の翁
出雲の翁
夷(えびす)の翁

これは古墳時代の勢力図を反映しているとのことで,
これもまた九州王朝説の傍証となるものである。

古田氏は後年九州での講演会の際,
「九州王朝の末裔」を称する人たち
にも出会うことになる。
(松延まつのぶさん・稲員いなかずさん)
これは個人のプライバシーにも関係するので
なかなか微妙な問題もはらむが,
最近古田氏が創刊した雑誌『なかった』には,
九州王朝の物証も出始めているので
近い将来そのあたりも明らかにされるであろう。

追伸 1995年,私は福岡県における
「松延姓」「稲員姓」の分布について
NTTの「ハローページ」で調べたことがある。
そうすると福岡県南部の市町村などに
(八女市,久留米市,立花町,広川町)
これらの2つの姓が多いことがわかった。
八女市には磐井の墓として有名な
岩戸山古墳がある。

明日は,『「君が代」は九州王朝の讃歌』
について書きます。
(2/20)

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古田史学」カテゴリの記事

コメント

私は本名は松延公平と申します。本籍は福島、今の八女市。
私は先祖の事を知りたくて色々な方に会ったりしていますが、その中で九州王朝の事を知り、大変興味を持っています。しかし小学生と中学生の時には学校で歴史を教える事が禁止されていたために、古代史については全く無知なのが残念です。 勿論筑前町、以前の夜須町、松延村だったところの松延池も訪ねましたが、役所に言っても資料なし。
今の大宰府にも極近いし、道路の交差点に松延と標識がありました。
地元の人はどんな意味か考えずにいるのかもしれません。

松平又四郎さんへ
コメントありがとうございます。

なぜ投稿者名と本名(松延公平さん)が
違うか存じませんが,
今後ともよろしくお願いいたします。

できましたらメールアドレスをお知らせ下さい。
私の方もお送りいたします。
このブログあてに送っていただければ
私が「承諾」をしない限り「公開」は
されませんので,よろしくお願いいたします。

私が古田氏の講演会で聞いた話では,
ある方の家には「開かずの間」があり,
そこに貴重な系図や宝物が
入っているかもしれないということでした。
何事もプライバシーに関わることなので,
慎重かつ着実にことを運んでいきたいものです。
そのお役に当ブログが役立てれば
大変うれしいことです。

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