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2007年2月28日 (水)

肥さんを担任してくれた先生たち

昨日に引き続き「列伝」を書きます。

小1・2 ~ 日高先生(女性)

1つだけはっきり覚えているエピソードがある。
日高先生が出された質問だ。
「鉄1キロと綿1キロではどちらが重いか?」
私はクラス1の秀才・渡辺君が綿1キロを選んだので
そちらに手をあげた(少数派)のだが,
それが間違っていてすごく驚いたのを
なぜかよく覚えている。

小3・4 ~ 宇南山(本多)先生(女性)

若い女の先生で人気があった。
やがて産休に入ったのだが,
まんまるになったお腹を披露して
生命誕生の神秘?を教えていただいた。

小5・6 ~ 田中先生(男性)

クラスのある女子に対するいじめがあり,
私もいじめた側の1人として
厳しい指導を受けたのを覚えている。
私だけ特別席(教卓のわき)で授業を受けた。
参観日は近づいてくるし,まいったなあ。
あと,作文の時間に「自由」いう題を板書され,
それがきっかけで文章を書けるようになった。
「いつもは題があるのに突然自由と言われても困る」
とスタートしたら,スラスラ書けた。
何だ,作文って書きたいことを書けばいいのかあ。

中1 ~ 八木原先生(男性・音楽) 

授業で「かにさんの歌」を使って発声練習をした。
「♪かにさ~ん,かにさ~ん,どこへ行く。
私は散歩に出かけます。
のっそり,のっそり,のっそりと~♪」
音楽はわりと得意な方だった。
また,遅刻が多くて(1年1学期で12回)注意を受けた。
「これでは高校に進学できないぞ」と注意され,
以降は0回に。

中2 ~ 稲岡先生(男性・理科)

現在のニックネームは「肥さん」だが,
稲岡先生の付けてくれたのは「肥君」。
男子からのいじめにあったが,
それにもめげずがんばった。
私は相手が誰でも自分が正しいと思ったら
決して引かないので,
逆に友だちには番長みたいな奴もいた。
1度先生の家に遊びに行き,
大変ご馳走になったのを覚えている。

中3 ~ 八木原先生(男性・音楽)

再び八木原先生に担任をしてもらう。
進路では「高望み」の私立がやはり不合格。
職員室にいる先生に報告に行くのが
とても辛かったのを覚えている。
でも,そのおかげで「落ちた子の気持ち」は
少しはわかるつもり。

高1 ~ 山口先生(男性・英語)

とてもユーモアのある先生で,
「うちの下宿のおばさんが・・・」とよく言っていたが,
あれは自分の奥さんのことだったのだろうと思う。

高2・3 ~ 金子先生(男性・国語)

芥川龍之介によく似た風貌の先生で,
特に古典をくわしく教えていただいた。
私が大学受験のとき法学部に進もうか
文学部に進もうか迷ったのは,
先生が古典を好きにさせてくれたからだと思う。
(結局法学部に進んだが,とても感謝している)

大1 ~ 清岡先生(男性・詩人)

大学生になっても担任があるとは知らなかったが,
一応記憶している限りでは
詩人の清岡卓行先生が担任だった。
私は「詩人」ということを知っていたが,
他の学生はどうだったのか。
今考えると直接先生と話をしておかなかったのが
とても残念なことではある。
(2/28)

中学生日記の「決意」

中学生日記では,1月から
「いじめなくしたい」プロジェクト
という取り組みをしている。

まず,2回いじめについての討論会をして,
その後2週にわたって過去の「いじめ」に
ついての話を再放送した。

そして,先週と今週は
討論会での内容も盛り込んだ
「決意」という2回ものを放送した。

これはなかなかいいと思った。
女子のいじめと男子のいじめの
両方を扱っているし,
最後に「いじめ」にどう向き合っていったらいいか
希望的な示唆を与えてくれるし。
もし見逃した方がいたら,
番組を録画したビデオがあるので連絡してほしい。

来週はまた再放送のなつかしい番組が
見られるらしい(「主役」が美術の先生)。

追伸 朝日新聞に申し込んでおいた
「いじめている君へ・いじめられている君へ」
の冊子が昨日届いた。
あまりに時間がかかったので
もうだめかと思っていたがよかった。
カラー印刷で美しく仕上がっている。
教室においてあるこの特集のファイルに
今日収めるつもりだ。
(2/28)

2007年2月27日 (火)

肥さんが教わった社会科の先生たち

今私は中学の社会科を教える人になっているが,
そのルーツはどんなところにあるのだろう?
そんな疑問から次のような「列伝」を
書いてみることにした。

中1・中2 ~ 岩間先生

地理と歴史を教えていただいた。
特に地理で「静岡県のみかん」の単元を
調べて発表することになって,
あわてたのを覚えている。
参考書まで買って取り組んだが,
あまり大した内容ではなかったような気がする。

中3 ~ 大崎先生

公民の授業はとても楽しく受けた。
特に「大崎あんぱん株式会社」を例にした
経済の説明はよく理解できた。
抽象的な事象を具体的なもので説明するルーツは,
大崎先生の影響があるものと思われる。

高1 ~ ○○先生

ごめんなさい。
地理Bの先生の名前が思い出せない。
おまけに授業の内容も思い出せない。
私もこんなことがないようにしたいものだ。

高2 ~ 山本先生

倫理を教えていただいた。
お子さんが障碍児だと授業中に語り,
人生の深みを教えていただいたような気がする。

高2・高3 ~ 茂野先生

2年間にわたり世界史を教えていただいた。
生き生きと歴史を語っていただき感謝している。
板書もとてもわかりやすかった。
ただし,あまりにくわしく教えていただいたために
単元は「ルネッサンス」から「第1次世界大戦」
までしか習っておらず,
大学受験には使えなかったのだが・・・。
それが半ばわかっていて2年目も選択したのだから,
それだけ楽しい授業だったのだろう。

高3 ~ 金田先生

史料集を活用した日本史の授業は,
私をして教卓の真ん前の席を選ばせた。
しかもコンパクトに歴史の流れを教え,
(ただし板書はなかったと思う。
自分で自主的に作ったのではないかな?)
1年間で大学受験に十分な知識を
授けていただき感謝している。
金田先生からは単元の軽重の付け方を
学んだような気がしている。

高3 ~ 犬石先生

政経を教えていただいた。
自衛隊について合憲か違憲かを
先生がどう語るか楽しみにしていたことを
なぜかよく覚えている。

このように7人の先生方から中高と
社会科を教わってきて
いろいろな影響を受けてきた。
もしもう1人付け加えるなら
私の亡父がそれに当たるだろう。
法学部出身の亡父は大学受験に際し,
私に法律の面白さを教えてくれた。

明日は,「肥さんを担任してくれた先生たち」を
書く予定です。
(2/27)

新しい生徒のブログを紹介

高校進学後,夏に米国留学する生徒のブログを
紹介しよう。

「As an exchange student .」がそれである。
http://blog.livedoor.jp/mickey_inlet1991/?blog_id=2206072

「2007年、夏から1年間アメリカへの留学が決まりました。
暮らし、文化、歴史、習慣、そして言語。
これらを現地で暮らすということを活かし、
アメリカがどんな国なのかを
日本との違いをふまえ紹介していきます。 」
となかなか志も高い。

彼からサイトを作りたいと相談を受けた時,
ぜひ米国留学を生かしたグローバルな
ものにしてほしいと答えたのだが,
期待できるものになる予感が
上の文章からも伝わってくる。
ぜひ読者の皆さんも応援をお願いしたい。
(2/27)

2007年2月26日 (月)

肥さん年図

仮説実験授業研究会の人たちの間で,
最近よく「年図」と呼ばれる年表が作られている。

これは対象を客観的にとらえる方法として
優れていると私は思っている。

そこで私も試みに25年間の「年図」を
作ってみることにした。
「あと12年」を充実させるために。

(8ページの「年図」)

くわしくは「肥さん年図」を見ていただきたいが,
この25年間がひとまとまりになっていて,
それがいつでも利用できるということが
まず重宝である。

今までは「異動希望なし」の書類を書くのでも
いちいち計算しなければわからなかったが,
これからは簡単に「私のこれまで」が書ける。

さらに,これからどうやっていこうかと
過去を見ながら考えられる。
過去が見えるということは
一見過去に縛られるかに思うが,
かえって「もう1回これはやったから」と
気安く切り換えができる長所もあるのだ。

「年図」を書いてみての新たな発見。

(1) 所沢仮説サークルは
1982年5月に始まったが,
いつまで続いたかわからなかった。
それが,少なくとも1988年1月まで
続いていることがわかった。(5年半)

(2) 1983~5年は日記を紛失していて
よくわからないが,他の人の「年図」を調べると
ある程度わかってきた。

(3) ここ7年ガリ本を作っておらず,
そろそろ作り時だということ。

よ~し,今年度は8冊目のガリ本を作るぞ!
(2/26)

『キーワードでわかる自治体財政』

私の「はとこ」にあたる肥沼位昌(のりあき)さんが,
このほど上記の本を出版された。(学陽書房)

彼にはすでに,
『超入門自治体財政はこうなっている』
(2002年、学陽書房)
『図解よくわかる自治体財政のしくみ』
(2002年、学陽書房)。
という2冊の著書があるほか多数の論文があるのだが,
これで「自治体財政」三部作といったところだろうか。

親戚とはいえあまり会う機会もないが,
昨年たまたま勤務校に「総合」の講師として招かれ,
脱車社会のあり方について話してくれた。
これは本当にラッキーだった。

最近は『不都合な真実』などがクローズアップされ,
環境問題にも追い風が吹いているが,
これを機会に1度彼と話をしてみようかと思っている
今日この頃だ。
(2/26)

2007年2月25日 (日)

重弘忠晴さんの話を聞く会

定年退職という言葉には
一抹の寂しさがともなうが,
仮説実験授業研究会の場合は
ちょっと例外かもしれない。

先月の横浜の小林光子さんの
退職記念の会に続き,
昨日も松戸の重弘忠晴さんの
退職記念の会が行われ,
みんなでたのしく新たな門出を祝った。

まず最初に「先輩」の犬塚清和さんから
励ましと激励の講演。
「退職してから楽しくやろうなんて無理。
今から訓練しておかないとね」
と先制攻撃のひとこと。

続いて3つの掲示物を使ってお話。
「いつも笑顔で元気です」(級訓)
「たのしく生きるためにたのしく学ぶ」
(板倉聖宣さん)
「この世の中は実に簡単にできている。
複雑なのは自分の心だ」
(長谷川克也さん)

いつもとは違う手法の犬塚さんの話だったが,
そこがまた面白くてたのしく聞けた。

続いてご本人の重弘さんの講演。
4ページの「年図」と「枕になる」と称された
分厚いガリ本をもとにして,
自身のこれまでの歩みを振り返られた。

夏休みをかけて授業書をガリ切りした思い出。
授業記録を送ったら,板倉さんから
直接お礼のハガキをもらって感激した話。
小学校からスタートしたが,
途中で中学に行き,やはり研究がしたいと
心に決めて小学校に戻った等。
今まで知らなかった重弘さんのお話を
たくさん聞くことができた。

「年図」のことで言うと,
私も「4ページ目」(最終ページ)に
入っている人間なので,
そろそろ自分も「年図」を作り始め
ようかなと思った。

その後スピーチタイムとミニ研究会。
堀江晴美さんのインタビューによる
奥様(銀行員で「ケタチの話」の原作者)の
お話をうかがえたのもよかった。

ひとつ残念だったことと言えば,
板倉さんが体調を崩されて
欠席されたことだ。
出席していればきっと社会の科学の
授業書づくりのエピソードが聞けただろうに・・・。
ということで,ご快復をお祈り申し上げます。

今回の会を企画された
松戸の会の皆さんにお礼申しあげます。
ありがとうございました。
(2/25)

オープン戦開幕

昨日プロ野球のオープン戦が開幕した。

私の現在のごひいきは「楽天イーグルス」である。
1年目・田尾監督はとにかくご苦労様でした。
2年目・野村監督で次第に勝てる試合も
多くなってきて,
3年目の今年がおおいに楽しみだ。

私は西武ライオンズのファンクラブに
入っているのだが,
実は楽天を応援するために
入っているようなもので,
いつも三塁側内野自由席あたりで
飲み食いしながら応援している。
西武ファンの方ごめんなさい。

去年の夏「奥の細道」の旅をした時も
仙台のフルキャストスタジアムの
楽天山(レフトスタンドにある小山)で
応援したのを思い出す。

エース・一場が先発で,6対0でリード。
安心してホテルに戻りテレビをつけたら,
何と6対6の同点に追いつかれていた・・・。

楽天イーグルスよ。
今年はぜひ5位確保を頼みます!
(楽天ファンは謙虚なのだ)
そして,来年は4位を。
再来年は3位を。
3年後は2位を。
4年後は優勝を狙って下さい。
よろしくお願します!
(2/25)

2007年2月24日 (土)

私の最後の授業

ドーデという人の「最後の授業」という話は
今は教科書に載らなくなった。
若い頃の私はこの話に感動して
いい話だなあと思っていたが,
(特に最後の先生の
「フランス語は世界一美しい言葉だ!」に)
田中克彦著『ことばと国家』(岩波新書)という本で
その学校がある地域が
ドイツ語圏であるということを知った時に
その感動はもろくも崩れ去ったのであった。

つまり現地ではフランスの方が侵略者で,
最近ドイツがその地を奪還したために
明日からフランス語(侵略者側)の授業が
できなくなるという日の話だったのである。
(明日からまた自由にドイツ語が使えるぞ!)

私は後日ドーデが国粋的な文学者だったことを
知るようになるのだが,
「最後の授業」という魅力的な響きに
まんまとだまされてしまっていたのであった。
(私はこの話を歴史の授業でする。
社会科は失敗談が教材になるたくましい教科なのだ)

これはもしかしたら,戦後「ナチス(ドイツ)が悪で
連合国側(フランスを含む)が正義」という
宣伝が元になっているのかもしれないけれど・・・。

さて,昨日は3年生の最後の授業。
猫の目時間割のためにクラス差が大きく,
何とも各クラスがそろわない
「最後の授業」となってしまった。
本当は授業書《世界の国旗》をやろうと思って,
準備を進めておいたのだけれど・・・。
後悔先に立たず。

ただ,最後の方のゲスト・ティーチャー授業で,
アル・ゴア元副大統領に「地球温暖化」について
15分ほど講義してもらい(世界一受けたい授業),
続いて金八先生に「人口・食料問題」について
10分数分熱く語ってもらい(朝のSHR),
最後にきたがわてつさんに10分ほど
「日本国憲法前文」を朗読し歌ってもらった(CD)のが
「最後の授業」といえなくもないかな。

これから3年生は,県立後期入試,期末テスト,
そして本当の「最後の授業」である卒業式に向けて
歩んでいくのである。
(2/24)

おかちめんこ

年配の人なら「おかちめんこ」という言葉を
言ったことはなくても,
聞いたことはあるだろう。

もちろんこれは女性の容姿に
対する蔑称なのだが,
その語源はご存知だろうか?

昨日職員室でこの言葉が話題になって,
(美術のA先生が子どもの頃
お母様からよく言われたそうだ)
国語のT先生と調べてみた。

T先生が調べた本によると,
「おかち」とは「かち」(平安時代の女房言葉で
「もち」を表わす)の丁寧語で,
残念ながら「もち肌の美しい顔(めんこ)」
というほめ言葉ではさらさらなく,
「もちのようにぷくっとふくらんだ醜い顔」
という意味になるのだそうだ。

語源を調べるのは本当にたのしい。
しかし,おかちめんこの語源が判明した
A先生宅では昨夜少なからぬ
バトルが展開したかもしれない。

「真実は必ずしも美しいとは限らない。
しかし,人は真実を求めるものだ」(肥さん)
(2/24)

2007年2月23日 (金)

評価は難しい

仕事上通知表などで
生徒たちの成績を評価するわけだが,
実は我々教員も管理職から評価を受けている。
(たぶん管理職も教育委員会から
受けているのでしょう)

それをふだんは「知らぬが仏」で
ほっとけーというわけだが,
自分の仕事を自己評価し
さらにそれを管理職が評価するとなると,
心騒がずにはいられない。

「特に人よりたくさん仕事を
しているわけではないが,
自分が任されている仕事には
それなりの熱意と誇りをもってやっている」
と自身でも思い,管理職からも
そう評価されたいと思うのが
人情というものだ。

しかし,現実はなかなかそうはいかず,
心にわだかまりを持ったまま
自分に対する管理職の評価をしぶしぶ受け入れて
校長室を後にすることになる。

企業でもうまくいかなかったといわれる
この評価制度は,
教育界ではさらにうまくいかないと思う。
だって多くの教員は時間外の仕事でも
生徒のためを思って黙ってやっているもの。
それは「仕事として決められたことだから
やっている」のではなく,
「必要だと思うことが仕事である」ということだ。
それがこの職業の特徴かもしれない。

1人の教員がある生徒を担任するかどうかも,
この評価制度によって変わってくるかもしれない。
(大変な生徒を担任することが敬遠されるようになる)
また,慣れないポストでも職場の構成上
自分がやるべきだと判断して引き受けているが,
それも今後は引き受け手がなくなるかもしれない。
(自分の得意なこと=いい評価を受ける仕事だけやる)
などなど,希望的な未来が見えてこないのだ。

私の感じでは,自己評価までは
プラスになると思うので続けたい。
しかし,管理職の評価から先は
マイナスの方が多くなるので,
教員が自分の書いた自己評価をもとに
管理職と話し合う時間を持つ
という形はどうだろうか。
(できたら1対1がいい。
校長・教頭との2対1は,
私のようなずうずうしい人でも
プレッシャーがかかるというものだ)

教師も生徒も人間で,
基本的には自分を受け入れてくれる人の下で
さらに力を伸ばしていくものだと思う。
そして,学校とはお互いのいいところを出し合い,
足りないところはカバーしあっていく,
そんな温かい組織でありたいと思う。
そんな先生たちの「背中」を見ながら
生徒たちも成長していくんじゃないかなあー?
(2/23)

私物のビデオレコーダー

私はよく社会科や道徳・学活で
ビデオをみせるので,
教室に私物のビデオレコーダーを
設置している。

じつは,昨年は学校のを使用していたのだが,
あまりに使用頻度が高いので
他の先生のご迷惑になると思い,
今年は途中から私物を持ち込んだのだ。
ちなみに接続用コードも私物である。
(数年前は全クラスに設置してあったが,
「大変な時期」があって撤去されたとのこと)

他クラスで使用するときにも
教室から同じ階を平行移動するので,
階段で落とす心配もない。

現在勤務校は比較的落ち着いているし,
ビデオレコーダーも再生専用でいいわけだから
あまりお金もかからない。
そろそろ買い時ではないかなあ。
だって,しょっちゅう「ビデオがない」
「コードはどこだ」という声が職員室に響くから。

あと,ビデオを見せる際の暗幕も
ぜひお願いしたいと思う。
画面が光って効果半減なのだ。
(確か暗幕って,防火上も
設置が必要なものだったんじゃないかな?)

近くの量販店で見ていたら,
再生だけならビデオ&DVDレコーダーが
1万円台で売っていた。
もうDVDの時代だし,
来年度はそれを私物として持ち込むかな。
そしたら,今までのビデオレコーダーは
学校に寄付することになる!?
(2/23)

2007年2月22日 (木)

居酒屋にひょっこり

私のお気に入りの居酒屋にひょっこり
学年の若きホープ・K先生が現れた。
近くの別の居酒屋で食事をするという。

もうだいぶいい調子だったので
今回はご遠慮したが,
1度じっくり教育について
語りあってみたいものだと思っている。

K先生は体育の先生なのだが,
歴史の話をさせたら
へたな社会科の先生よりずっと詳しく,
また親の影響か70~80年代の歌にも
精通しているなかなか興味深い先生である。
(2/22)

私と古田史学のかかわり

1976(昭51)年ごろ,高校生の肥さんが
『「邪馬台国」はなかった』を購入。
まったく歯が立たず,10ページでダウン。

(この間13年空白)

1989(平2),『吉野ヶ里の秘密』で
古田本に「再会」する。

以降,古田本を渉猟(しょうりょう)。
研究会(当時は「市民の古代研究会」),
講演会,フィールドワークと
18年間古代史研究に関して
たのしい毎日をことができる。

「肥さんのー「多元的古代」通信」という
B5判で4~8ページほどの印刷物を64号まで発行し,
講演会やフィールドワークの様子を報告。
古田史学に興味をもった人に配ったり,
ガリ本の原稿にしたりした。
(1990~1999年)

授業プラン〈「邪馬台国」はどこだ!〉を作成。
考古出土物をもとにそのありかを探る意欲作。
ぜひ授業にかけてみていただきたい。

2001年からはパソコンで仕事をするようになり,
自らのサイト「肥さんのホームページ」などで,
古田史学の宣伝・普及に努める。

最近では『徹底検証「新しい歴史教科書」』
の著者・川瀬健一さんとお知り合いになり,
お付き合いをさせていただいている。

2007年2月,「私にとっての古田本」という題で
12回の連載を試みる。
(今回は何回も川瀬さんにコメントをいただき,
充実した日々を過ごすことができました。
ありがとうございました!)

2007年5月には新雑誌『なかった・3号』
(ミネルヴァ書房)と『東日流外三郡誌
寛政原本・写真版』(オンブック)が
刊行される予定である。
地道にコツコツと古代史の真実を明らかにしていく
古田史学をこれからも応援していきたい。
(2/22)

2007年2月21日 (水)

我が師と和菓子

となりの席のY先生が
「我以外皆我が師なり」と
かっこよく言っていた。
そこで思いついた。

ボケ「我以外皆和菓子なり」
ツッコミ「お前は洋菓子か!」(小笑)
(2/21)

ブログは人のためならず

誰が言ったか知らないけど,
「情けは人のためならず」
という格言がある。

私はわりと好きな格言なのだが,
今日別バージョンで次の格言を思いついた。
「ブログは人のためならず」

これって,言い得て妙だと思いません?
(2/21)

私にとっての『「君が代」は九州王朝の讃歌』

古今和歌集に「君が代」のもとになった歌がある。
「我が君は千代に八千代にさざれいしの
巌(いわお)となりて苔(こけ)のむすまで」てある。
題知らず,読み人知らずの歌だ。

古今和歌集には,題知らずや読み人知らずの
歌が約3分の1もあるのだが,
この歌もその1つ。

そして,この「君が代」は九州王朝で生まれた
と言ったら,読者の皆さんは
きっと驚かれるに違いない。
古田説に親しんでいた私も
まったく「晴天のへきれき」だったのだから。

千代・・・福岡市の中心街の地名
細石(さざれいし)・・・細石神社がある
巌(いわお)・・・井原(いわら)という地名あり
苔のむすまで・・・桜谷神社に苔むすめの神あり

31文字の歌の中に,福岡県の狭い範囲内の
4つもの地名や神名として登場している。
これは果たして偶然なのだろうか?
いや,偶然とはとても思えない。

また,金印の出土地で知られる志賀島。
そこで行われる祭礼(山ほめ祭という)では,
セリフとして「君が代」が出てくる。
そのストーリーはこうだ。

めでたい祭りの最終日。
ついに我が君(安曇の君)が志賀島に
お出ましになる・・・と。
その時に語られるのが,
あの「君が代」なのであった。

この「君が代」の存在は,
九州王朝の仮説にとって
大変重要なものである。
たとえ,法律で「君が代」が国歌になろうとも,
その自出が北部九州であること。
その一点は変えようのない事実なのである。

この連載も明日で12回目となります。
そこで,最後に私と古田史学とのかかわりを書いて,
しめくくりとしたいと思います。
(2/21)

2007年2月20日 (火)

先生たちとの北海道旅行

卒業式後の旅行は北海道になる予定だ。
JRの「北斗星」で夜出発し,翌朝函館へ。
そのあと札幌に移動して1泊。
3日目に飛行機で帰ってくる予定である。

北海道は,ビール,ジンギスカン料理,
ラーメン,かに,お刺身など
美味しいものがいっぱいある。
(暖冬で雪は少ないらしいが)

そのためにも全員の生徒の進路を決定し,
心置きなく出発したいものだ。
(2/20)

私にとっての『よみがえる九州王朝』

上記の本(角川選書)の第4章に,
「幻の筑紫舞」という話が出てくる。
九州王朝の芸能が千数百年の時を経て,
現在に伝わっているというのである。
その伝承者は,西山村光寿斉という女性だ。

彼女は少女時代(昭和10年代)に,
菊邑検校という人物から筑紫舞を習う。
何とそれは九州王朝の宮廷の舞であった。

1980(昭和55)年,
古田氏のところに光寿斉が電話をかけて,
2人は知り合うことになる。
あまりの符合に心を躍らせつつも,
慎重に対処する古田氏。

そして,その舞が奉納された洞窟というのが,
古田氏の調査で宮地獄古墳(福岡県)の
横穴式石室だったということが判明する。
これこそ九州王朝の王が眠る墓だったのだ。
(国宝の黄金の冠,板ガラス,三重の骨壷等の
驚くべきの出土物で知られる)

筑紫舞には,いろいろな種類の舞があるが,
たとえば「翁」の七人立は
次のような登場人物が出演するという。

肥後の翁・・・主役
加賀の翁
都(筑紫)の翁
難波津より上がりし翁(大和?)
尾張の翁
出雲の翁
夷(えびす)の翁

これは古墳時代の勢力図を反映しているとのことで,
これもまた九州王朝説の傍証となるものである。

古田氏は後年九州での講演会の際,
「九州王朝の末裔」を称する人たち
にも出会うことになる。
(松延まつのぶさん・稲員いなかずさん)
これは個人のプライバシーにも関係するので
なかなか微妙な問題もはらむが,
最近古田氏が創刊した雑誌『なかった』には,
九州王朝の物証も出始めているので
近い将来そのあたりも明らかにされるであろう。

追伸 1995年,私は福岡県における
「松延姓」「稲員姓」の分布について
NTTの「ハローページ」で調べたことがある。
そうすると福岡県南部の市町村などに
(八女市,久留米市,立花町,広川町)
これらの2つの姓が多いことがわかった。
八女市には磐井の墓として有名な
岩戸山古墳がある。

明日は,『「君が代」は九州王朝の讃歌』
について書きます。
(2/20)

2007年2月19日 (月)

本日のゲスト・ティーチャーは?

「よのなか科」という授業では
毎回のようにゲスト・ティーチャーが来て,
専門的な話をしてくれる。

それにあやかって,
社会科でもそれをやってみた。

第1回・・・『不都合な真実』の著者・アル・ゴアさん
「地球温暖化」の単元で
彼が先日「世界一うけたい授業」に出演した
15分間のビデオを見せた。

第2回・・・ハンガーマップで語る金八先生
「食料・人口問題」の単元で
「金八先生」の朝のHRの様子を
ビデオで13分間見せた。

第3回・・・「日本国憲法前文」を歌うきたがわてつさん
「主権」の単元で
上記の歌を5~6分歌ってもらった。
(これは録音テープ)

「今からビデオを見せます」とか
「録音テープを聞いてもらいます」というより,
「今日はお忙しい中,向陽中3年○組のために
わざわざ来ていただきました!」
と紹介してからスイッチを入れたほうが
雰囲気がよくなるし楽しい。

生徒の方も「明日は誰が来るの?」とか
「次回もビデオがありますか?」などと
少しは関心を持ってくれたようだ。
(2/19)

『姉ちゃんの詩集』

昭島サークルの最後の方で,
東京の中学美術の先生である小澤さんが
上記の本を紹介してくれた。
(サマー著・講談社刊)

サークルでの評判は
必ずしも芳しくなかったのだが,
私はきっと面白いに違いないと思い昨日購入した。
(学級文庫にも入れられるしネ)
税込み1000円である。

この本は「姉が過去にノートに書いた詩を
弟が2ちゃんねる上で公開し,
あまりの反響のよさから出版された」
というふれ込みの本だ。
その真偽は今は置いておくとしても,
玉石混交の中に時折垣間見ることができる
「今」がまぶしく輝いているように思う。

小澤さんも私も教師生活が同じぐらいで
何となく同じような感性だと思うので,
直感的に「いい」と思えるのだと思う。
実際中学生たちと日常接していると,
時折「すごい感性をしているなあ」と
思うことがあるからだ。

小澤さんは例として「おかあさん」
「本当に人を好きになった」
「幸」をあげていたが,
私のお気に入りベスト3は
「落ち葉」「生きる」「神様へ」かな。

ただ,この本の魅力を伝えるのに
光っている詩をいくつか示すだけでは
なかなかうまくいかないと思う。
全体を読んでみて初めて「いい詩集だ」と
言えるものではないのかな?
それは4ページの資料の限界かも。

また,サマーさんの家はフツーの家庭とは
私には思えない。
この本の最後に載っている母親の文章は
なかなかの教養の持ち主と思われるし,
詩の中の「ワーグナー」や創作童話「金木犀」など
彼女の家庭環境は「かなりいい」感じがする。
そんなことがあいまって
この本が誕生したのかなと思った。

と,まあいろいろ勝手なことを書かせてもらったが,
いい本を紹介してくれた小澤さんに感謝してま~す。
(2/19)

私にとっての『真実の東北王朝』(2)

この本は9つの章からできているが,
そのうち3章が「東日流(つがる)外三郡誌」
に関するものから成り立っている。

すなわち,この本は上記の文書の
研究が中心となっているのである。
そして,その「写本はあるが原本がない」
ということが,真偽論争の渦に
巻き込まれる大きな原因となった。

古田氏のスタンスは,
(1) 原本が見つかるまでは写本の研究
(2) 原本が見つかったらそれの研究
と至って王道を行くものだったが,
しつこいまでの偽作キャンペーンもあり,
所持者の和田家の子どもたちに対する
いじめも発生したりしたので,
ハラハラドキドキしたものだった。

昨年の11月にやっと寛政原本の一部が見つかり,
研究は新段階に入った。
今までの写本研究を土台に
さらに新しい研究をする時が来たのだ。

この文書の編著者でもあり,
類まれな思想家・秋田孝季(たかすえ)の言葉に,
「歴史は足にて知るべし」というものがある。
果たして「足にて知る」ことができるのは
古田氏なのか,それとも偽作論者なのか。
その試金石となるのが,まさしく
「東日流(つがる)外三郡誌」なのであった。

なお,発見された寛政原本は
写真本として今年5月に刊行される。
そのことについては2月1日に
ここでも書いた通りである。

明日は,場所を九州に戻して
『よみがえる九州王朝』(角川選書)
について書きます。
(2/19)

2007年2月18日 (日)

社会科かるたを紹介していただきました

先日の飯能・日高仮説サークルの際
お会いした小学校の先生のHPで,
社会科かるたを紹介していただきました。

サイト名は,以下の通りです。
ぜひ訪問して差し上げて下さい。

MUSIC LAND -私の庭の花たち-
http://plaza.rakuten.co.jp/friendly0205/


こんなふうに紹介して下さいました。

「 歴史人物カルタと都道府県カルタやりたいです。

先日の仮説実験授業の勉強会で
肥さんに社会科カルタを教えてもらい、
歴史人物カルタ(1)と都道府県カルタ原紙を
郵送してもらいたいとお願いしていたのが、
もう着きました。嬉しいです。
早速、小学校でコピーしてラミネート加工しました。

社会の授業はないけど、
5,6年の書写、図工の時間に少しできるかも。
最初の一時間目だけは、時間をもらってあるのです。
毛筆はあと一単元だけだし、
図工も二時間続きの時があるから、
次の時間からも少しできるかも。

五色百人一首もいいけど、
他のカルタもやってみたいのですよね。
まあ、4年は習ってないので、
五色しか出来ないのですが、
百人一首なんて、どの学年も元々習わないよね(笑)

5年はちょうど都道府県を教わってるところらしいし、
6年も歴史が終わりかけてるらしい。
本当にタイムリーでした。

都道府県の絵札は地図で当該県が黒くなってるのです。
また、歴史人物の絵札は顔のイラストです。
面白いですよね。

厚紙に印刷しようかとも思ったのだけど、
そういう紙は学年などで購入してるのですよね。
コピーしてラミネート加工の方が、
汚れたり破れたりしないからかえっていいかも。

担任や、校長にも許可を取ったので、
空きコマや放課後も作っていました。
何組も作るのは大変だけど、
あまり少なくても困るからな。
やるのが楽しみです。」

小学校でやって下さるとはありがたいです。
ぜひ小学生がやってどうだったか
感想を書いていただくと助かります。

今回はありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
(2/18)

私にとっての『真実の東北王朝』(1)

私を含め古田氏の多元的古代の世界に
親しんできた人にとって,
この本は特別な本となった。

古田氏は今までわりと公的な文献の
史料批判を行って成果を上げてきた。
(「記紀」や「中国正史」など)
ところがこの本では
「東日流(つがる)外三郡誌」という
一般には超古代と分類される文書を
扱ったからである。
実は,この文献には「真偽論争」という
やっかいな問題もついてくる。

当時古田氏を支援していた市民の古代
研究会も2つのグループに分裂してしまった。
1つはあくまで古田氏の多元的古代の
考え方で研究を進めていくもの。
もう1つは古田氏を他の研究者と
同等に考えるものだ。
私は最終的に前者に属することになったのだが,
今まで仲良く研究会を開いたり
フィールドワークに出かけたりしたメンバーが
2つに引き裂かれていくのはつらかった。

当時私が発行していた
「肥さんのー「多元的古代」通信」33号には,
次のような記述が残されている。
(1994年5月7日発行)

「実は,この講座(山田宗睦・日本書紀講座)は
異様な緊張感の中で開かれた。
今,古田武彦氏を支持している
私たち「市民の古代」が大きく2つに
分かれようとしているのだ。
正確に状況をつかんでいるかどうかわからないが,
私の理解では次の2つの対立がある。
(図式には個人名が入るのでここでは省略)
こんな図式化は両派から批判されて
しまうかもしれないが,
少なくとも私程度(?)の会員には
このように映っている。
両派が正論を主張している。
当然のことながら「正論(正義)」を主張する→
「敵か味方か」という議論になってしまう。
そこで,当面の私の立場。
1.どちらのグループにも所属しない。
2.おもしろい企画には積極的に参加する
(どちらでも)
3.内容豊かな刊行物を買う。(どちらでも)
4.私なりにこの通信で事態を記録しておく」

今回は本の内容には触れられなかった。
明日それをすることにしたいと思います。
(2/18)

2007年2月17日 (土)

お金持ちになる方法 

先日もお知らせした
和田中の藤原和博校長の特別授業が,
昨日勤務校で行われた。
「よのなか科」にかけるH先生の
ご尽力の成果である。

「よのなか科」本家・藤原先生の授業は
何と「お金持ちなる方法」!
もう題名を聞いただけで
ノーミソが刺激されそうな感じである。
「私の言うことを30年実践してもらえれば
必ずお金持ちになれます」
セリフもなかなかすごいが,
発問もなかなかよかった。

「1万円あったら何に使いますか?」
「10万円あったら・・・」
「100万円あったら・・・」
「1000万円あったら・・・」
このような質問を次々と投げかけ,
内容のよいもの(より具体的なものがよい)を
拍手でほめて授業を進めていく。

昔は預金しておけば10年でお金は2倍になったが,
今は数100年かからないと2倍にならない時代。
ではどうするかというと,リスク覚悟の投資。
また,希少性のある分野での起業。

藤原先生の生き様(リクルート→起業→民間校長)
を反映させるような授業に
参加した一同(お客さんもたくさん来られていました)
感動の45分を体験したのでした。
(和田中では起90分の授業を45分でやったとのこと)

私はその後3学年の進路の仕事や
プロバスケットボールの試合観戦があって
行けなかったのだが,
(埼玉ブロンコスは善戦したが,1点差で負けた)
午後5時からは懇親会が開かれたようで,
きっと盛り上がったことでしょう。

今年度1年間「よのなか科」から
たくさんのことを学ばせていただき,
H先生には感謝しています。
(2/17)

私にとっての『関東に大王あり』

埼玉県行田市にある稲荷山古墳から
金文字銘入りの鉄剣が発見された時,
私は20歳の青年だった。

新聞に大々的に載った記事には
「日本統一は雄略天皇」
「稲荷山古墳に葬られたのは
雄略天皇のけらい」
というようなものがたくさんあった。

これは今考えると大和中心主義
(日本書紀および歴史教科書の立場)
の最たるものなのであるが,
その当時は古田史学も知らず
(高校生の時『「邪馬台国」はなかった』で
かすってはいたのだが・・・)
「へー,5世紀の頃にはもう関東まで
大和朝廷が支配していたのか。
すごいものだなあ」と
感心するばかりであった。

それから10年後,
私は古田史学に「再会」する。
『吉野ヶ里の秘密』(光文社)がそれである。
そして『「邪馬台国」はなかった』を皮切りに
古田本の渉猟(しょうりょう)を始めるのだが,
『関東に大王あり』(新泉社)もその1冊だった。
(18年前は定価2500円がすごく高く思えたのを
なぜかよく覚えている)

当時の市民の古代研究会の人々や
古代史に興味を持ってくれたUさん親子と
何回も稲荷山古墳や群馬県・栃木県の古墳に
見学旅行に行ったのも楽しい思い出だ。
(大前神社の「磯城宮」碑は
ぜひ1度見ていただきたい)

本から学ぶものも多いが,
土地鑑や実物が持つ説得力は
やはり「歴史は足にて知るべきもの」
と思わせてくれる。

大和の古墳群を見ると
大和だけが繁栄していたように思ってしまうが,
関東の古墳群もなかなかすごいのがある。
中でも未盗掘の観音山古墳などは
その副葬品を見ると驚くほど豪華だ。
仏教も早く伝わってきているようだ。

そういう意味でこの本は,
日本の中心は大和だけでなく
何ヶ所もあったという多元史観の実感を
私に与えてくれた記念すべき本ということになる。
九州はもちろん信州,東北,出雲と
研究会の人たちと見学旅行を何回もしたが,
その都度多元史観の確かさを
確認する思いだった。

明日は,『真実の東北王朝』(駸々堂)
について書きます。
(2/17)

2007年2月16日 (金)

社会科かるた総集編

中学社会科のまとめということで
今「社会科かるた総集編」という冊子を
生徒たちに配っている。

(1) 都道府県かるた (47枚)
(2) 世界の国々かるた (48枚)
(3) 世界の気候かるた (10枚)
(4) 歴史人物かるた(1) (40枚)
(5) 歴史人物かるた(2) (40枚)
(6) 歴史人物かるた(3) (40枚)
(7) 公民(政治・経済)かるた (45枚)

我ながらよくここまで作ったものだと思う。
(質はともかく量は自慢してもいいでしょう)
出来た順番は(1)~(7)ではないが,
いろいろ考えながら作ったことで,
最終的には中学社会科3分野を
覆うものを作ることができた。

県立後期入試や二学期期末テストで
利用してもらおうという短期的な狙いと
これからも社会科かるたを
覚えておいてもらおうという長期的な狙いと
両方を兼ねたものである。

いくつかのサークルにも
レポートとして持っていっている。
社会科かるたシリーズは
自分と自分の担当した生徒たちのために
作ったオリジナル版ではあるが,
もし普遍性があるなら使ってもらえると
思っているからだ。

現にK中のA先生やT中のK先生には
授業等で利用していただいている。
また,ここ2日にわたって,
小学6年生のお子さんをもっていらっしゃる
他学年の二人のお母さん先生から
リクエストがありお分けした。

社会科かるたについては,
その全部を「肥さんのホームページ」で
(「肥さん」で検索して下さい)
公開していますので,
ぜひご覧になって下さい。
また,印刷原稿がほしい方は
メール等にてご連絡下さい。
(2/17)

「古代は輝いていた」(3)~鈴文明圏

『日本列島の大王たち』第6部・第2章に
短い文章で「鈴文明圏」のことが出てくる。

鈴文明圏とは,私の住む関東地方のことである。
関東に住んでいる人でも
そんなことを思っている人は
古田ファンぐらいだろう。

古田氏の「王朝」の定義は,次のようだ。

「独立してあるいは自立的なある領域の
政治権力者(天子または王)とその支配体制」

黄金文字鉄剣の発見で有名になった
稲荷山古墳だが,
文化圏としてみると,
鈴釧(くしろ),鈴杏葉(ぎょうよう),鈴鏡
あるいは「鈴」自身が尊重された地域(関東)の
中心地だったようだ。

ということは,古田氏の「王朝」の定義からすれば
関東には王朝があったことになる。
そんなことがありうるのだろうか?

明日は,今日の話に関わって
『関東に大王あり』のことを書きます。
(2/17)

2007年2月15日 (木)

ハンガーマップをめぐって(2)

おとといWFP(世界食糧計画)に送ったビデオは
昨日届いたようで,
さっそくお礼の電話が学校にあった。

「ビデオありがとうございました。
金八先生の中で10分以上扱ってくれていますね。
知らなかったです」

ということで,私も少しは
お役に立てたというわけだ。
めでたしめでたし。

追伸 ハンガーマップはたくさん注文したので
お分けすることができます。
入手したい方はメール等でお知らせ下さい。
(200円+送料分担金で,1枚250円にて)
(2/15)

「古代は輝いていた」(2)~室見川の銘版

『「風土記」にいた卑弥呼』の第4部・第2章に
上記の文章がある。
福岡県の室見川河口で発見された金属の板が
倭国の金石文だったことを
古田武彦氏が論証したものである。

古代史の本にもあまり登場しないこの金石文は,
読んでいた私の心をドキドキさせた。
また『真実の東北王朝』の時も書くが,
未知のものに出会った時こそ
その人の仮説の正しさを(あるいは誤りを)
証明する試金石なのだ。

もしこれが倭国の金石文なら
古田氏の九州王朝説は信頼性を増すし,
またそうでないなら
その仮説は支持されなくなる。

『「風土記」にいた卑弥呼』を
読んでない人のために少し説明しておくと,

発見・・・昭和23年7月30日
発見者・・・原末久さん(学校の先生)
場所・・・室見川河口近くの西側
銘文の古田訳・・・高い日の輝く
暘谷の東(倭国の地)で
倭王は自己の宮殿と見事な宝物を作った
それは後漢の延光四年五月のことである
(西暦だと「延光四年」は125年
=弥生時代にあたる)

漢字とてん体という漢字以前の文字が
組み合わされたこの銘文は,
古田氏によって以上のように見事に解読され,
後年室見川上流に
吉武高木遺跡のような王墓や
その周辺の宮殿跡の遺跡が
発見されることになるのである。

史料(この場合は金石文)と
考古学史料の一致こそ,
歴史学の基礎であると考える。
「邪馬台国」はどこにあったのか?
という問題でもそうだが,
「私はこう思う」だけで済む時代は
もう終わったと信じたい。
(2/15)

2007年2月14日 (水)

ハンガーマップをめぐって

公民の教科書の最後の方に
「人口・食料問題」という単元があって,
今回もまたハンガーマップを取り上げた。

ハンガーマップとは
国連のWFP(世界食糧計画)が作成した
世界地図のことで,
各国の食糧の不足度を
5段階に色分けしてある地図のことである。
(一番「飢餓度」が高い国は赤色で塗られている。
アフリカ諸国に多い)

私はこれを金八先生のシリーズの中で
3年前に見つけて取り入れたのだったが,
その後地図が行方不明になったため
昨日改めてWFPに電話をかけたのだった。

3年前より簡単に入手できそうで安心したが,
その会話の中でWFPの方が
ハンガーマップが金八先生で使用されていたことを
ご存じなかったので教えて差し上げた。
何か「釈迦に説法」みたいで
不思議な感覚だったが,
こんなこともあるのだなと思った。
(あるいは電話に出たのが新人の方だったか)

わたしが,「そのビデオをダビングして
送ってあげましょうか」と申し出たら,
「ぜひ広報活動に使わせて下さい」と
よろこんでくれた。
この件,また改めてお知らせしたい。
(2/14)

私にとっての「古代は輝いていたシリーズ」

法隆寺には何回も行ったことがある。
仏像への興味から赤門塾の仲間とともに,
高校時代より今まで何度も行った。

建築物の素晴らしさは言うまでもないが,
金堂の諸仏,五重塔の塑像群が
私たちを魅了して止まなかった。

しかし,10年数年前に古田武彦氏の
『法隆寺の中の九州王朝』を読んでからは,
美術的興味より歴史的興味の方がまさって,
中宮寺,法輪寺,法起寺といった
法隆寺周辺の寺々も
今までとは違った観察の対象となった。

古田氏の史料批判は釈迦三尊像や
薬師三尊像という仏像の
光背銘にまで及んでいた。
特に釈迦三尊像の光背銘の分析には驚いた。
その中には当然載っているはずの
近畿天皇家の人間関係が
少しも出てこないのである。
(そしてそこには九州王朝の人間関係が!)

また,古田氏の研究を受けて
建築家の米田良三氏が立ち上がった。
(『法隆寺は移築された』)
何と九州・太宰府の観世音寺を移築して
法隆寺を建てたというのである。
(そんなことってアリなのか!?)

まだそれが真実なのか確定はできないが,
7世紀後半の九州王朝の滅亡にともなって
九州から多くの寺や仏像や僧侶が
もたらされたことは,
大いに考えられることだと思う。

なお『法隆寺の中の九州王朝』は,
以下のような構成である。

第1部 律令と年号をもった九州王朝
第2部 仏教渡来の複数ルート
第3部 6,7世紀の東アジアと日本列島
第4部 法隆寺の中の二つの金石文
第5部 白村江の戦と九州王朝の滅亡
第6部 権力の交替と郡評制度

明日も「古代は輝いていたシリーズ」から
話題をひろって書いてみます。
(2/14)

2007年2月13日 (火)

入間ボール杯バレーボール大会

昨日男子バレー部とともに,
上記の大会に行ってきた。
2試合行って,成績は1勝1敗。

「大砲」が選抜合宿のため不在だったが,
これからのこともあるので
今までとは違う攻撃・守備の形が試せた。
スコアは,以下の通り。

対富士見西中 2対0 (11ー25,7ー25)

実力の差と「自滅」で,大差の負け。
相手が強い(昨年は全国大会ベスト8)からといっても,
最初から気持ちで負けていてはだめである。
「一泡吹かせよう」とか「一矢報いる」という
プラス思考で勝負を挑んでほしい。

対川越初雁中 2対1 (27ー25,18ー25,25ー12)

第1セットでせっかく競り勝ったのに,
第2セットはあっさり取られ,フルセットに。
アドバイザーSさんに「思い切っていけ!」と
はっぱをかけられ,コートへ。

今までと違う積極的な動きに相手は驚き,
こちらのスパイクのフォローも効果を発揮して
大差の勝利を得た。
ぜひこれからの試合でも,
こういう元気なゲーム展開をしていきたいものだ。
(2/13)

私にとっての『盗まれた神話』

中学歴史の教科書には,
「古事記」と「日本書紀」が並記してある。
ともに日本最古の歴史書として
仲良く並んでいるかのようである。

しかし,この両書は
どちらかを正史とすればどちらかが偽史となる
抜き差しならぬ関係の書なのであった。

その二書を比較研究して
古代の「政治地図」を明らかにしたのも
やはり古田武彦氏であった。
(『盗まれた神話』は,1975年朝日新聞社刊。
その後角川文庫。さらに朝日文庫)

まことに大雑把な書き方で申し訳ないが,
単純化して書くと次のようにことは進んだ。

【九州王朝】
今「日本書紀」に載せられている
「一書」や「日本旧記」などのような内容の歴史が,
最初の段階で九州王朝で作られていた。
ところが,7世紀後半に白村江の戦いで
九州王朝が滅亡。
そのためにそれらの内容が
近畿天皇家(大和勢力)の手に渡り,
彼らの発展史として「盗用」された。

【近畿天皇家】
いったん自己の発展史を「古事記」にまとめたが,
(推古天皇あたりまで)
白村江の戦い以降の九州王朝滅亡によって
「一書」や「日本旧記」を利用することが可能となり,
自己の発展史のバージョンアップを図るため
これを「盗用」をした。
こうして完成したのが「日本書紀」である。
この段階で「日本書紀」が正史となり,
「古事記」は陽の目をみることが出来ない
偽史に貶(おとし)められた。

『盗まれた神話』は,以下のような構成である。

第1章 謎にみちた二書
第2章 いわゆる戦後史学への批判
第3章 『記・紀』にみる九州王朝
第4章 蔽われた王朝発展史
第5章 「盗作」の史書

第6章 蜻蛉島とはどこか
第7章 天孫降臨地の解明
第8章 傍流が本流を制した
第9章 「皇系造作説」への疑い
第10章 神武東征は果たして架空か

第11章 侵略の大義名分
第12章 『記』と『紀』のあいだ
第13章 天照大神はどこにいたか
第14章 最古王朝の政治地図
結び 真実の面前にて

神話を無批判に使用した
戦前の歴史教育の反省から,
戦後神話は教科書から遠ざけられ
「扱わない」という扱いを受けるようになった。

確かに神話には
「下手に手を出すと火傷をする」
危険な面もないではない。
しかし,古田氏のような研究方法を
もってすれば,日本の古代の姿を
はっきりと映し出すことができるのである。
それを正当に評価できないのは
まったくもって残念なことである。

次回は,「古代史三部作」と並んで
人気のある「古代は輝いていたシリーズ」
について書きます。
(2/13)

2007年2月12日 (月)

『仮説1』というガリ本

私も所属している仮説実験授業研究会では,
ガリ本とよばれる冊子が
会員の交流の大きな力となっている。
(当初ガリ版刷りだったのでこう呼ばれた)

世の中に研究会とよばれるものは
星の数ほどあるが,
これほどガリ本作りがさかんなところは
ないのではないかと思う。
(私も7冊作っているくらいだから)

その記念すべき第1号を,
飯能・日高仮説サークルに出席した際
飯能仮説会館で借りてきた。
『仮説1』がそれである。

これは今から34年前
1973年7月に発行されたもので,
発行元は西尾仮説サークル。
若き教師たち(犬塚さん8年目,松崎さん3年目など)
のサークルにかける思いや
「科学をみんなのために」という板倉講演,
《宇宙への道》の解説と討議,講演会の感想
などが,100数十ページにわたって書かれている。

厚さは今のガリ本並みだが,
袋とじになっているので意外とページ数は少ない。
それでもなかなかこれを作るのは大変だったのか,
あとがきには「つぎにどこかで『かせつ』第2集を
作ってくださることを期待しています」という
言葉で結ばれている。

本物というのは,やはり説得力がある。
パラパラとページをめくるだけでも
何かパワーをもらえるような気がする。

愛知県で犬塚さんたちが作り始めたガリ本は,
この30年でものすごい普及を示した。
研究会に行けばガリ本がたくさん販売され,
『仮説1』を発行した犬塚さんは
地元に「ガリ本図書館」も建ててしまった。

もちろんガリ版からファックス印刷へ。
和文タイプからワープロ,パソコンへと
技術の進歩もあったが,
若い情熱と行動力をぶつけられる
ガリ本という存在を世に知らしめた
最初の『仮説1』の存在には
感謝せずにはいられない。

これからも個性的ガリ本が
たくさん作られるといいと思う。
そして,私の作ったガリ本が
多くの読者の手に渡るといいと思う。

【ご案内】
『今日までそして明日から』
『ぼちぼちいこか』
『レッツゴー3組』
『肥さんの「多元的古代」通信』
『5組かわら版』
これらはまだ売るほどあります。
1部500円です。
ご連絡をお待ちしています!
(2/12)

私にとっての『失われた九州王朝』

律令も年号も都城ももった王朝が
1000年以上前北部九州にあった!
邪馬壱国のありかを探し終えた古田氏が
次に挑んだのはその前史と
その後の歴史であった。

『失われた九州王朝』は以下のような
構成になっている。

序章 連鎖の論理
第1章 邪馬壱国以前
第2章 「倭の五王」とはどこの王か
第3章 高句麗王碑と倭国の展開
第4章 隣国史料にみる九州王朝
第5章 九州王朝の領域と消滅

総ページ564ページの大部な文庫本は
弥生時代後半「国譲り」という名の武力侵略で
出雲から政権を奪取し,7世紀後半大和に
政権を奪われるまでの800年ほども
北部九州に君臨し,
また東アジアの歴史の中で
様々な動きを見せた九州王朝を
見事に描ききったのであった。

「戦国時代にだって全国を治めることは
出来なかった訳ですから,
1000年前にできたと思いますか?」
大和の全国統一がどうしても頭から
離れない人に対して私がよく使う説明だ。

常識的には理解できるのだが,
なぜか大和のことが気になってしまう。
実はそれには訳がある。
「古事記」と「日本書紀」という似て非なる本が
そうさせているのだ。
現行歴史教科書は,
定説として「日本書紀」の言い分を
「歴史」と認定して書かれている。
それを学んできた私たちは
「大和が中心」という思想を
植え付けられているのだ。
(悪く言えば「洗脳されている」)

「古事記」「日本書紀」には歴史のことが
書いてはあるが,純粋な歴史書ではない。
「日本は代々天皇が大和中心でやってきた国」
という宣伝をするための主張の書なのである。
(まず「古事記」が大和で作られ,
その後滅亡した九州王朝の歴史を
盗作・挿入して書かれたのが「日本書紀」だ)

明日は,その「古事記」と「日本書紀」の
比較研究をして書かれた『盗まれた神話』
について書きます。
(2/12)

2007年2月11日 (日)

飯能・日高仮説サークル・2月例会

昨日は久しぶりに上記のサークルへ参加した。

「社会科かるた総集編」や
「私の授業書シリーズ」など
たくさんの資料を発表させていただき,
また多くの商品も買っていただき,
さらに追加注文までしていただき大感謝である。

ただし,使用済み簡易カメラを利用した
「イライラ棒」は,イライラを通り越してドキドキした。
「君子危うきに近寄らず」の格言を思い出した。(笑)
「わざとショートさせて楽しむゲーム」のようだった。

また,今年の8月5,6日の夏の会や
来年の1月4~6日の冬の大会の企画も
進んでいて驚いた。
同じ埼玉で開かれる会なので
私なりに応援できればと思っている。
(両方とも森林公園からバスで15分のホテルで
開かれることになっている)

サークル後,近くの飯能仮説会館へ移動。
男7人で深夜まで酒を酌み交わして,
〈仮説〉や学校教育全般の話をし,
久しぶりに「午前様」をしてしまった。
また,貴重な初期のガリ本『仮説1』なども
貸していただいた
サークルのみなさん,
昨日はありがとうございました!

先日社会科サークルでお会いしたY君は
土日が用があって出てこれなかったが,
若い先生や先生の卵たちが育ってきていて,
今後が楽しみなサークルだと思った。
(2/11)

私にとっての『「邪馬台国」はなかった』

私を古代史の世界に引きずり込んだのは,
多くの方も同じだと思うがこの本だった。
(1971年朝日新聞社刊。その後角川文庫。
さらに朝日文庫へ)
古代史三部作の第1冊目であり,
古田武彦氏自身の古代史研究の始めでもあった。

45歳の時高校教諭の職を辞し,
親鸞研究の実績にとどまることなく,
彼は古代史研究に没頭した。

原文改訂による誤読・誤解釈によって
「魏志」倭人伝のなかの邪馬壱(台ではない)国は
意味不明,位置不明の国とされてしまっていたが,
それを陳寿(「魏志」倭人伝の著者)を
とことん信じきることによって
ついに北九州に邪馬壱国を見出したのだった。
そして,その後発掘された考古出土物が
彼の論証の正しさを証明していった。
(「邪馬台国」とは後の名称で,
弥生時代の名称は邪馬壱国である)

この本は合計7つの章からなっている。

序章 私の方法
第1章 それは「邪馬台国」ではなかった
第2章 いわゆる「共同改訂」批判
第3章 身勝手な「各個改訂」への反論
第4章 邪馬壱国の探求
第5章 「邪馬壱国」の意味するもの
第6章 新しい課題

古田氏の著作には,
最初の問題提起から始まって,探求をし,
最後に次の課題を示して終わる形が多いが,
この本もそうなっている。
読者を惹きつけて止まない魅力が
ここにあると思う。

板倉聖宣氏の提唱した仮説実験授業を
支持する私にとって,
古田氏の著作の仮説・論証的なありようは
大変似ていると思う。
(したがって,このご両人のファンを
自認する人も少なからずいる)

なお,よく「邪馬台国」を括弧をつけないで
『邪馬台国はなかった』のように書く人がいるが,
それは間違いで括弧付きが正しいのである。

もし興味がわいた方があったら,
私は古田氏が出演しているテレビ番組を
収録したものを持っているので
ご一報いただきたい。
まず映像でつかんでいただいてから
本を読んだ方がずっと近道だと思うので。
もっとも古田氏自身は,この本の方法について,
「小・中学生に対してでさえも説得力を持ち,
ハッキリと理解されるものでなければならない」
と書いてはいるのだが・・・。

明日は,『失われた九州王朝』について書きます。
(2/11)

2007年2月10日 (土)

『ほぼ日刊イトイ新聞の謎。』

本屋で最初に見た時,
この本は「本」に見えなかった。
(分厚いので箱に見えた!)
600超ページ,2000円。
カラー印刷でこのページ数なら
価格としては高くない。
しかし,場所をとるなあ・・・。

そんな思いはしたが,
私がインターネットに入門してすぐ
パソコンの師匠・九想さんから
教えていただいた「ほぼ日」のサイト。
その歴史が詰まっている本だもの。
ということで,我が家に買われてきた。

今自分がやっている仕事の意味が
あとになってわかってくるということがあるし,
また,これから何をやるべきかは
すでにこれまでの歴史から
明らかになっているのだと思う。

『ほぼ日刊イトイ新聞の本』
『インターネット的』
『海馬』などの素晴らしい本が
何冊も誕生した。

また,「ガンジーさん」の連載。
これは忘れられない思い出だし,
インターネッとの力を感じた出来事だった。

『謎。』のページをめくってみると,
彼らのやることにタブーはないかのようだ。
そして,その時々読者は
その自由な空気を吸って元気を取り戻してきた。
そんな歴史の詰まった本だ。
あえて読もうと思わず,とりあえず居てもらおう。
(2/10)

私にとっての古田本シリーズ

正月の11回の連載で,
「私の授業書シリーズ」というものを書いた。
教師生活25年間にお世話になった
仮説実験授業の授業書について,
私の感じるままに書いてみたのである。

その後1ヶ月たった今,
今度は「私にとっての古田本シリーズ」を
書いてみようと思っている。
仮説実験授業ほど年数はたっていないが,
それでも18年間。
私に古代史への興味と研究意欲を
与え続けてくれている古田武彦氏に
感謝をこめて・・・。

第1回は,『吉野ヶ里の秘密』である。
私の住んでいる町にある白樺書房で,
古田武彦氏の本に出会った。
正確に言うと「再会した」というのが事実だが,
古代史に興味があった私は
必然的に古田氏の本に出会う可能性が
高かったのだろう。

古田氏の本を最初に読んだのは
私が高校生の時だった。
『「邪馬台国」はなかった』である。
ベストセラーにもなったこの本だが,
当時の私の読書力では太刀打ちできず,
10ページほどで挫折している。

今考えると,論証部分の一文字一文字を
たどらなくてもよかったと思うのだが,
生真面目にもそうしてしまったために
「木を見て森を見ず」に
終わってしまったのだった。
それから12年の歳月が流れた。
私は30歳になっていた。

『吉野ヶ里の秘密』は,当時発見されたばかりの
佐賀県・吉野ヶ里遺跡を
古田武彦流に研究したものだったが,
所々に著作の紹介も出てきて
「あれ,この人の本は読んだことがあるゾ!」
という感動につながったのだった。
(正しく言えば「読みかけて,10ページで
挫折した」のだが・・・。)

それからの私は,当時出版されていた
古田氏の著作を渉猟(しょうりょう)しまくった。
文庫本から論文調の本まで,
手に入る本はすぐ手に入れて読んだ。
そのスタートは先にも書いた
『「邪馬台国」はなかった』だったのだが,
その話は明日書きます。
(2/10)

2007年2月 9日 (金)

NHK「プロフェッショナル」・石井裕

昨日のゲストは,米マサチューセッツ
工科大学の教授・石井裕氏であった。

彼の課題は,未来のコンピューター開発。
コンピューターの利用で
大変便利になった生活だが,
さらにそこに「ぬくもり」を入れたいという。

具体的には,キーボードから
マウスに進化したコンピューター操作だが,
さらに対象物に「触れる」ことによって
操作できるようにしようというもの。

今まで人が考えていなかったことを考えるのは,
他の人の考えたことを改良する以上に
とても難しい仕事なのだろうと思う。
それに必死になって努力するのは
「自分は凡人だから,人の2倍考え,
人の3倍動く」という発想からだという。

私から言わせると,
もうそんなことを考えるところからして
凡人とは思えないのだが,
米国の大学に招かれたからといって
終身雇用が約束されるはずもなく,
「今までやってきたことを忘れて,
新しいものを作ってほしい」との要求に
彼なりに誇りと生きがいとを持って
チャレンジしているように見えた。

PS 昨日の県立前期では6名が合格。
今までの7名と合わせ,
13名の進路が決定しました。
(2/9)

2007年2月 8日 (木)

携帯・PHS1億台突破

今朝の朝日新聞に,
上記の記事が出ていた。

現在,日本の人口は約1億2000万人だから,
大雑把に言えば6人中5人が
持っている計算になる。
私はいまだに携帯・PHSは所持していないが,
本当に少数派なんだなあと実感した。

このまま「最後の1人」までがんばるか,
そろそろ「年貢の納め時」と決断するか。
(私の弟は電話の会社に勤めているので,
身内に所持していない者がいて
きっと肩身が狭いでしょう)

私の場合,メールはパソコンで行い,
通話は自宅&職場の電話でできるので
不便を感じることがほとんどない。
1回出張先で公衆電話がなかなか見つからず
困ったことがあったが,
まあこういうことは1年に数回程度なので,
必要感がなかなかわかないのだ。

それからケータイなしではいられない
「ケータイ症候群」にもなりたくないし,
何か仕事を終わってもケジメなく
仕事をしているようで好きじゃないのだ。

昨日クラスのある女子生徒が
「高校に受かったら,ケータイを
買ってもらえるんです」と言っていたが,
その表情が夢見るような感じだったので,
うれしい人にとってはうれしいのでしょう。

今日は県立前期の発表である。
何人の生徒が午前中に登校するかな。
(午前中に合格者が,午後に不合格者が
登校することになっている)
(2/8)

2007年2月 7日 (水)

県立前期の発表が近づく

県立の前期試験の発表が
明日となった。

倍率から言って「5人にひとり」
といった合格者しか出ないのだが,
受検した本人は「自分のところまでが合格」
という感じで油断している者が多い。

それでも不安なのだろう。
生徒の一部(たいていは男子)に
落ち着かない動きが出ている。

私としては後期試験まで受ける覚悟で
コツコツ努力してほしいと思う。
「前期は無理でも,後期までには受かる」
というのが大半なのだから。

さすがに難関校を受ける生徒は
このあたりの計算が出来ていて,
「前期は受けず後期のみ受検」
という生徒が見られる。

明日は授業はなくて,
(朝の会後,下校)
午前中合格者の対応。
午後不合格者の対応と忙しい。

しかし,それにも増して忙しいのが
現在行われているC時間割の
「火曜日の2時間目から木曜日の1時間目」の
連続11時間「耐久」授業である。
これには本当に消耗する。
(2/7)

2007年2月 6日 (火)

殷周秦漢・隋唐宋元・明清

題名を見て何のことかわかる人は,
歴史の受験勉強をしたことがある人だろう。

歴史を教える時,私も唐あたりの単元で
この中国王朝名の覚え方を教える。
(もっと細かいやり方もあるが,
私は10個程度の方がいいと思う。
私は高校社会の先生であった
故・長岡清さんからこれを教わった)

この覚え方の素晴らしいのは,
日本の各時代にほぼ対応していることだ。

殷と周・・・縄文時代
秦と漢・・・弥生時代
隋・・・古墳時代
唐・・・奈良時代・平安時代前半
宋・・・平安時代後半
元・・・鎌倉時代
明・・・室町時代
清・・・江戸時代・明治時代

入試の問題でよく出るのは,
「この時代に中国は何と呼ばれていましたか」
などという問題である。
上記のことを知っていると
この問題はすぐ解ける。
利用価値抜群の「覚え方」なのである。

もうひとつ「覚え方」のおススメは,
「人口の多い国ベスト10」である。
これは板倉聖宣著『世界の国ぐに』(仮説社)
の中に出てくる。

「人口多いは,中印米国,インドネ・ブラジル・
パキスにバングラ,ロシア・日本・ナイジェリア」
というもの。
これもすごく役に立つ。

今中国とインドがすごい勢いで工業化を
進めているようだが,
これが人口が世界1位・2位の国のことだけに,
その影響は計り知れないのものがあるのである。

今日の深夜,先日のタナベ君に続き
また12年前の卒業生である r i n さんが
偶然私のブログを訪問してくれ,
この中国王朝の「覚え方」を話題にして
「未だに頭から離れません(笑)」と書いていた。
今日の話は,それにかこつけて書きました。

PS 昨日,学年のK先生が
「たのしい国語の授業」の続編を作ってくれました。

先生「「かこつけて」を使って文を作りなさい」
生徒「彼は最近ちょっとかこつけている」(笑)

PS2 今朝のK先生の新作。
数学の先生「この計算は,かこつけてやりなさい」(笑)
私の返歌。
英語の先生「昨日の出来事には,かこつけて下さい」(苦笑)
(2/6)

2007年2月 5日 (月)

『「旅立ちの日に」の奇蹟』

「旅立ちの日に

白い光りの中に 山なみは萌えて
遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限りなく青い空に 心ふるわせ
自由を駆ける鳥よ 振り返ることもせず
勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して

懐かしい友の声 ふとよみがえる
意味も無いいさかいに 泣いたあの時
心通った嬉しさに 抱き合った日よ                                                みんな過ぎたけれど 思いで強く抱いて
勇気を翼に込めて 希望の風に乗り
この広い大空に 夢を託して   

今別れの時 飛び立とう未来信じて
弾む若い力信じて 
この広いこの広い大空に・・・」

この歌は今卒業式で最もよく歌われる歌
の1つといっていいだろう。
シンプルで,押し付けがましさのない
いい曲だと私も思っていた。
また,埼玉県の中学校で作られた歌
だということも知っていた。

しかし,DVD本で値段が3000円。
今までちょっと手が出ないでいた。
だがしかし,今担任している生徒たちが
中学3年ということもあり,
(あと中3を担任するのも何回かな?)
思い切って買うことにしたのだった。

作詞は当時秩父・影森中の校長だった小嶋先生。
作曲は当時5年目の音楽の坂本先生。
合唱で中学校を立て直した「お礼」の歌として
卒業生たちにプレゼントするために作ったという。
どーりで押し付けがましさがない訳だ。
(このDVDには,この曲が贈られたその当時の
三送会の先生たちのビデオ映像も出てくる!)

この曲が松井氏(この人も音楽の先生らしい)の
編曲でさらに見事な合唱曲となった。
今私たちが3部合唱で聞いている形である。
(松井さんも音楽の先生とのこと)

目次は次のようになっている。

002 はじめに
006 とある中学校にて
  ~「旅立ちの日に」が生まれた影森中学校
012 「旅立ちの日に」はこうして生まれた
  ~熱意と愛に彩られた、不思議な運命
014 歌は人の心を変える
  ~作詞・小嶋先生の思いと教育理念
016 歌声が響くまで
  ~作曲・坂本先生と生徒が過ごした熱い日々
021 「旅立ちの日に」の魅力とは?
  ~編曲・松井孝夫氏が語る、曲との出会いと魅力
022 そして全国へーー
  ~卒業式の新・定番ソングとなる
024 卒業生たちの心のアルバム
  ~「旅立ちの日に」と影森中の思い出
028 あなたにとって「旅立ちの日に」とは?
  ~卒業生たちの心の寄せ書き
030 広がり続ける「歌の力」
  ~今なお響き渡る影森中学校の歌声
DVD ドキュメンタリー「旅立ちの日に」の奇蹟
  ~名曲誕生に秘められた情熱

手に入れたとたん,
生徒たちにも見せたくなってきた。
道徳か学活で見せて,感想を書いてもらおう。
そしてまた,学級通信に還元。
まだまだやる仕事が残っていたね!
(2/5)

パソコンの寿命

ウィンドーズ・ビスタの新発売に
付き合ったわけでもないと思うが,
昨夜からパソコンが不調である。

立ち上げる時どういうわけか
保護機能が働いて,
「待った」がかかってしまう。
そのまま続けていけば大丈夫なので
平気だとは思うが,やはり気になる。

今使っているのは「Me」なので
どう考えても古いタイプなのだが,
昼間は全然使っていないので,
酷使しているというわけでもない。

しかし,「形あるものはやがて壊れる」
という自然法則からして
少し先のことも考えておかなくてはならない。
そろそろノートパソコンの買い時なのかなあ。
(2/5)

2007年2月 4日 (日)

サークルのはしご

故あって昨日はサークルのはしごをした。

最初は「狭山たのしい授業サークル」。
主催している田辺先生にお願いして,
いつもより早目に資料発表させていただいた。
(みなさん,ごめんなさい!)
発表させていただいたのは,次の6点。

「株を買ってみよう」
「株を売ってみよう」
「サインのもらい方」
「『人を動かす』の紹介」
(長野県の増田さんの資料)
「私にとっての授業書シリーズ」
「社会科かるた総集編」

他の人の資料では,
有馬さんの「一版多色刷り浮世絵」や
田辺さんの「大輔君日記・体育祭をどうするか」
などがよかった。
また,稲増・石川両先生の
仮説サークル「師弟同席」も
私にとってうれしいことだった。
(年末の「教育原理の会」でご縁が発覚した」)

電車で高田馬場へ。
2つめは「ニコたのサークル」。

これも昨年暮れの「教育原理の会」で
板倉先生の『勝海舟と明治維新』に
いっしょにサインしてもらった縁での参加だった。
発表させていただいたのは,次の3点。

「サインのもらい方」
「『人を動かす』の紹介」
(長野県の増田さんの資料)
「社会科かるた総集編」

佐藤さんの持ってきた「輪切りわかるかな」
の資料をみんなでワイワイ
やってみたのが楽しかった。
私はこれを昨年の最後の保護者会でやって
けっこう好評だったのだ。

年度末に八王子で開かれる
「たのしい授業フェスティバル」のパンフが
入手できたことも収穫だった。
(私はここで「中高社会」のガイダンスをする予定)

サークルのはしご。
疲れたけど,それは「たのしい疲れ」でした。
(2/4)

2007年2月 3日 (土)

最近のコメント・ラッシュ

最近立て続けにブログにコメントが入った。

最初は12年前に前々任校で社会科を教えた
タナベ君からのもの。
あれから12年ということは,
もう彼も27歳になったのか。
どんな人生を歩み始めているのか,
ちょっと知りたい気がする。

2番目はさわやか相談室のまっきーさん。
私のクラスの生徒もお世話になっていてる。
いじめを受けて不登校になっているという
ぐりさん母子を励まそうと書き込みをしてくれた。

一番最近では,昨日のイマジュンさん。
横浜の大学2年生で,小学校の先生希望。
(副免は中学国語かな)
今特別学級のアシスタントをしているそうで,
若くてセンスのいい先生が誕生しそうで楽しみ。
仮説実験授業を知ってほしかったので,
仮説社と横浜のサークルのアドレスを
教えて差し上げた。

私の場合,ホームページとブログの
「二足のわらじ」サイトだが,
検索でやってきてくれる人には
ブログの方がたどり着きやすいみたいだ。
私としてはホームページも見てほしいので,
時々「お誘い」をかけようかと思っている。
(2/3)

鬼とは

古代史について学んでいると,
各地の伝承では鬼は必ずしも
嫌われている存在ではない。

むしろ福岡の「鬼夜」の光景などを見ると,
惜別の思いを鬼にかけているように思える。

古田史学に学んでいるとよくわかるのだが,
前の支配者が後の支配者に駆逐される時
前支配者側が「鬼扱い」されるようだ。
だが,住民は「前の支配者の方が
まだよかった」と悲しむわけだ。
もちろん今の支配者に対して
「前の方がよかった」なんて
口が裂けても言えないから,
せめて惜別の思いを込めて
祭りに登場させるのだろう。

今日は節分。
各地で豆まきの行事が行われる。
しかし,鬼というものは生物界には存在しない。
人間がその歴史の中で
作り上げたものなのである。
(2/3)

2007年2月 2日 (金)

NHKプロフェッショナル「プロの仕事術」

昨日は疲れが出て寝てしまいそうだったので,
ビデオに録画しておいた番組を先ほど見た。
上記のものがそれである。

その道の「プロ」といわれる人は
何かしら「武器」を持っていて,
時間を有効活用しているようだ。
番組では,6人の「プロ」に話を聞いていた。

(1) 大手コンビニの経営者

会議などで「おかしいな」と思ったことを
ノートに書きとめておく。
それが大きな危機を回避する。
大きなダムも小さい穴から崩れるから。

(2) 名物編集者

著者を口説き落とす直筆の手紙は,
実は「著者と少しでも会いたい」という
心のこもったラブレターのようなものだった。

(3) 陸上コーチ・高野進

何より大切なのは,まっすぐな姿勢で立つこと。
それができないと体いろいろな部分に
負担がかかる。内臓にさえもかかる。

(4) おもちゃのヒットメーカー

何でも言える雰囲気の中で
アイディアが生まれる。
それを,誰が,何を,何時までにやるか
という3Wで仕事にしていく。

(5) ベンチャー企業経営者

1人の人間が,同時に2つの仕事を行い,
また同時に3つのテーマを考えていく。

(6) 脳科学者・茂木健一郎

すぐに仕事に集中できる「回路」を
自分の中に作っていく。

6人の方法は様々である。
誰にも出来そうなことである。
しかし,それを一貫して貫き通すことに
意味があるのだと思った。

最後に,この番組の司会でもある茂木が,
「時間は有限。脳の可能性は無限」と言っていた。
脳科学者のひと言だけに,響くものがあった。
(2/2)

私の仕事術

「プロの仕事術」に刺激されて,
私もちょっと書いてみたくなった。

朝の時間を有効活用する

大学受験のとき,私は朝6時に起きて
1時間「朝勉強」をしていた。
もともと夜はすぐ眠くなってしまう方なので,
眠くなったら寝ることにして朝に賭けたのだ。
これは思いのほかうまくいった。
学校の授業や試験は午前中が中心なので,
その時脳が活動しやすい状態だったからである。

これに味をしめて,社会人となった今でも
朝重視の生活をしている。
だいたい4~5時ごろ起床し,メールのチェック。
(1日2回起床時と帰宅時にすることにしている)
それから前日のできごとや朝刊を見て
HP&ブログを書く。
その後時間があれば読書。

夜はお酒と友だちになりたいので,
そういう点でも朝重視型の生活は
私のライフスタイルとなっている。

あとは,学級通信とサークルめぐり
という仕事がらみの趣味かな。
社会科というある意味「何でもあり」の
教科が私の仕事なのは,
今考えると大変ラッキーなことでした。
(2/2)

2007年2月 1日 (木)

「少年犯罪増加」は本当か?

昨日は校内でT先生が,
「少年犯罪について考える」という
特活の研究授業をした。
私は忙しくて(だって,5分の5の満杯!)
見に行けなかったのだが,
後で指導案を見せていただき,
ぜひ行きたかったと思った。

指導案を見て思ったのは,
〈仮説〉の中さんのプランと
とても似ているということだった。
中さんの授業プランを紹介する前に
まずT先生の指導案の骨格を書いてみよう。

(1) 新聞資料を読む「15歳の犯行懲役14年」
(2) Q1「最近少年犯罪は増加していると思うか?」
(3) Q2「戦後少年犯罪が一番多かったのは
いつごろか?」
(4) Q3「過去20年で考えると少年犯罪は
増加しているか?」
(5) Q4「最も凶悪な犯罪「殺人」は増加しているか?」
(6) Q5「強盗についてはどうか?」
(7) Q6「次の4つの少年犯罪はいつ起きたものか?」
(8) 意見・感想を書く。発表をする
(9) 教師の話を聞く

次に,中さんの授業プランの骨格を紹介しよう。
(『たのしい授業プラン道徳』所収
「授業プラン〈少年犯罪を考える〉」)

(1) Q1「「少年犯罪の問題」という文章の
年代はいつか?」
(2) Q2「少年犯罪は今が一番多いと思うか?」
(3) Q3「少年犯罪が一番多かったのはいつごろか?」
(4) Q4「20年前と比べて殺人は多くなっているか?」
(5) Q5「さらに20年前はどうか?」

骨格は違うのだが,
両者とも「少年犯罪が増加している」という
「世間の(マスコミが作り出した?)常識」に疑問を持ち,
統計という客観的な資料を使って
仮説・実験的に議論を進めていくという点に
共通点があると思う。

T先生も中さんも使っている統計資料は共通だが,
参考文献がかなり違うので
すこし違うアプローチにはなったが,
結論は同じ(少年犯罪は決して増加していない)だ。

なお,中さんはその後,
板倉さんのアドバイスを受けながら
さらに「学力低下問題」や
「いじめ問題」にも取り組んでいる。
(『たの授』2005年7月号や2007年1月号)
これらもお読みいただけると,
「少年犯罪」と同じ感想を持たれると思う。
ぜひご一読願いたい。
(2/1)

『東日流外三郡誌 寛政原本・写真版』

昨年11月に発見された「寛政原本」の写真版が
5月にオンブックという所から刊行されるそうだ。
もちろん古田武彦氏が解説を担当。
価格・仕様とも未定だが,
長年の偽作攻撃をはね返し,
真実の歴史を探求する徒の
素晴らしい史料となるだろう。

以下,オンブック社からのメッセージ。

「2006年、幻の書である
『東日流外三郡誌』の寛政原本が発見された。
資料としても貴重な原本を写真撮影し、
古田武彦さんの解説つきで出版。
日本の古代史の1ページに、
新たな光をあてる画期的な1冊。

■著者プロフィール
 1926年福島県に生まれる。
旧制広島高校を経て、東北大学法文学部・
日本思想史科にて村岡典嗣に学ぶ。
48年、東北大学卒。長野県立松本深志高校、
神戸森高校、神戸市立湊川高校、
京都市立洛陽高校の教諭を経て、
1980年に龍谷大学講師。
1984~96年に昭和薬科大学教授。
高校教師時代から親鸞研究にて高い評価を得る。
64年、『近代法の論理と宗教の運命』で
金沢大学暁鳥賞。
 69年、史学雑誌に『邪馬壹国』を発表。
三国志の原文にある「邪馬壹(いち)国」を
「邪馬臺(たい)国」と直して読む従来の理解に、
資料批判の立場から疑問を呈し、
古代史研究の世界に踏み出す。
71年に出版した 『邪馬台国はなかった』が
ベストセラーに。
 現在も、精力的に研究・執筆・
講演活動を行っており、
2006年には雑誌『なかった―真実の歴史学』
(ミネルヴァ書房)を刊行。
 主な著書に、『古田武彦著作集
親鸞思想史研究編』(明石書店)、
古代史3部作の
『邪馬台国はなかった-解読された倭人伝の謎-』
『失われた九州王朝-天皇家以前の古代史-』
『盗まれた神話-記・紀の秘密-』(朝日新聞社)、
『日本の秘密-「君が代」を深く考える』(五月書房)、
『古代史の十字路-万葉批判』(東洋書林)など多数」
(2/1)

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