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2006年9月30日 (土)

手書きの効用

昨日学級通信「2組かわら版」に
合唱曲「夏」について
書こうと思っていた時のことだ。

時間短縮のために「夏」の歌詞を検索して,
コピー&貼り付けをしようと思ったのだが,
なかなか見つからない。
やっと見つけたと思ったら,
今度はコピーガードがかかっていて
転写できないときた。

しかたなく手書きで歌詞を写し,
さあ本文を書こうと思ったら,
残りの行数はなんと2行だけ!
ああ無情・・・。

しかし,ちゃんといいこともあった。
手書きで写したために,
1つひとつの歌詞に目が行き届き,
「花は咲き 丘は高く
ひは空を行く~♪」という所の「ひ」が
「日(または陽)」ではなく,
「鴎(ひ)」=カモメだということがわかったからだ。
つまり「花は咲き 丘は高く
鴎は 空を行く~♪」だったのだ。

これは楽譜だけ見ていたのではわからない。
(楽譜はすべてひらがなで書いてあるから)
まさしく手書きの効用だった。
(9/30)

2006年9月29日 (金)

直接会うということ

昨日はいろいろ嫌なこともあったが,
Y君のお母さんと直接会って話せたことが
一番の収穫だった。

話は電話でもできるし,
最近はメールで用件を伝えることも
流行っているが,
やはり直接会って話をするというのが一番だ。 

「相手と会う」という時間を
互いに共有し合うだけで,
すでに半分気持ちが伝わっている気がする。

仲介の労を取って下さった
相談員のTさんにはホントに感謝です。
(9/29)

2006年9月28日 (木)

新人戦の抽選

昨日K先生が新人戦の抽選に行ってきた。
男子バレーボールの組み合わせは
当日やるようだが,
助かったのは参加チーム数。

今までは5チームで,
いろいろな理由をつけて2日間やっていたのだが,
今回は1つ減って4チーム。
1日で終わるらしいのだ。

7日(土)には旅行の予定が入っていたので,
それが心配だった。
というわけで,今年は千葉・房総半島の秋を
堪能できそうです。
(9/28)

2006年9月27日 (水)

朝日中学生ウイークリー

朝日新聞の姉妹紙に上記のものがある。
中学生たちが読む20ページほどの学習新聞だ。

1年半ほど前(2005.4.24号),
「これで安心!中学勉強入門・理科社会編」
というコーナーに「工夫して得意分野を持とう」
という文章を載せてもらった。

このほど再びお声がかかり,
「社会科は暗記なの?」という題で
他の数人の社会科の先生といっしょに
書かせてもらうことになった。

昨日確認のメールが担当者の今野さんから届き,
その概要がわかった。

掲載は,2006.10.8号。
トップに有名なジャーナリスト・池上彰さん
(もと「週刊こどもニュース」のキャスター)
のインタビューを載せる。
そのあとの本文中に,〈社会科を学ぶ意義〉
〈楽しく覚えるかるた〉などで私が登場。
また,その他として,図書館やテレビ,
インターネットの利用の仕方などの紹介も。

そして,何と!写真で社会科かるたが紹介され,
何と何と!!「肥さんのホームページ」のアドレスも
載せてくれるとのことである。
(うれしくて今日は宙を飛んでいるかも・・・)

今回担当して下さる今野さんは,
仮説社に『日本歴史入門』や『おかねと社会』
といった授業書まで注文して記事をつくる
ていねいな編集者だ。
こういう方のお誘いで記事を書かせてもらうことは,
私としてもたいへん光栄なことである。
(9/27)

2006年9月26日 (火)

合唱曲「夏」

11月1日(水)に合唱コンクールがある。
担任クラスの歌う曲は,
「夏」(鳥潟明美・作詞 松下耕・作曲)である。
「夏 合唱曲」で検索してみたら,
約1万件の情報がヒットした。

しかし,トップはいつも合唱コンでお世話に
なっている山岡智子さんのもの。
「合唱曲「夏」をすてきにしあげるとっておきの方法」
という題である。以下,山岡さんの解説。

「混声三部合唱組曲「風の夏」(1.この朝は、2.夏、
3.送り火、4.老いた木の歌)の2曲目。
言わずと知れた、1945年8月、
原爆投下を歌った曲である。
3パートがずれて歌うポリフォニックな部分と、
中間部のリズミックな部分の歌い分けがポイント」

去年の合唱コンでも,有志が歌っていた。
私としても初めて取り組む曲で楽しみだ。
(9/26)

2006年9月25日 (月)

『徹底検証「新しい歴史教科書」』

昨日は「来週行われる古田武彦氏の講演会に
合わせて出版される」という本を探しに
神保町へ出かけた。
しかし,それはさすがにまだ無理で,
代わりに上記の本を入手することができた。
(川瀬健一著,同時代社刊,3000円+税)

社会科のコーナーでふと手にした本に中に,
私の師事する「古田武彦氏」の名前が
たくさん出てきて驚いてしまった。
どうやら「新しい歴史教科書」の古代編の批判を,
古田説を使ってやろうとしているようだ。

著者は最近まで神奈川県の中学社会の
教員をやっていた人で,
退職後この本(5冊のシリーズ)の執筆を進めている。
いろいろな分野の本を読まれていて,
参考文献として付けてある。

また,「学校を変えよう」というHPを開設していて,
上記の本の内容もそこに書いていたものが
中心になっているようだ。(夜検索して訪問した)

歴教協大会で出会った加藤好一さんといい,
この川瀬健一さんといい,
今年は社会科の実践家に出会える機会に
恵まれた年となった。
私も私なりにがんばらなくては・・・。

午後は母の所属している「赤とんぼ」
という名前の合唱団(40名余)の
10周年のコンサート。
ビデオと三脚を持参して,
1時間あまりのステージを録画した。

第1部 童謡・唱歌
第2部 中田喜直作曲の四季
第3部 私たちの好きな歌

ビデオとステージ写真は
今週末実家に帰るときの土産にしよう。
(9/25)

2006年9月24日 (日)

だから私は痩せられない 

昨日は午前中に男子バレーボール部の部活。
午後からは『たの授』誌の公開編集会議と
いたってフツーの第4土曜日だった。

1つだけ例外は,
飲んだ後トンカツとライスを食べてしまったこと。

だから私は痩せられない・・・。
でも,食べたかったんだーーー!
(9/24)

Y先生へ。
「吉田拓郎&かぐや姫・イン・つま恋2006」,
うまく録画できましたか?

2006年9月23日 (土)

自民党総裁選と東京地裁判決と

今中3に「公民」を教えているところだが,
世の中の動きが授業に取り入れやすくて
とても助かる。

最近では自民党総裁選,「日の丸」「君が代」の
東京地裁判決・・・

今回自民党新総裁になった安倍晋三氏といえば,
典型的な政治家の家系に育ち,
小泉内閣の中心メンバーであり,
「小泉内閣メールマガジン」の初代編集長であり,
(先週「最終号」=250号が発行された)
北朝鮮外交(拉致問題)の急先鋒だ。
また,最近出版された『美しい国へ』の著者であり,
以前は内閣官房長官も務めていた
いわば小泉首相の「直系」に当たる人だ。
(タイミングを計って4月に靖国神社参拝もしているし)

安倍氏は「教育改革」の1つとして,
当然教育基本法の改正(改悪?)を
考えているだろう。
その先には「憲法改正」がある。
近著では「憲法改正」を「独立の回復の象徴」
と書いているというから。

実際彼は「新しい歴史教科書」の採択を支持する
「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」
の事務局長だったとのことである。
そういう人が今内閣総理大臣になろうとしている。
(埼玉県知事も「新しい歴史教科書」の支持者だったし)
ぜひ,日本の政治への不満を
「内」「外」の別の問題にすりかえることなく,
真に国民のための仕事をしていってほしい。

今回の東京地裁判決で,
「「日の丸」「君が代」の強制は,
個人の思想・信条の自由を侵すことになり,違憲である」
と原告も驚くような全面勝訴の判決
(しかも慰謝料が1人3万円!)を出したが,
これに対して「だから教育基本法を変えなくてはいかん!」
と反動的な動きに拍車がかかることも考えられる。
それは「愛国心」に燃えて防がなければと思う。

それにしても,右傾化が心配される昨今,
今回のような原告全面勝訴の判決を
出した裁判官のことが知りたくなった
できごとではあった。
(9/23)

【お願い!!!】
本日「NHKハイビジョン」で
午後1時~午後9時半(途中相撲中継で2時間カット)
「吉田拓郎&かぐや姫・イン・つま恋2006」
というコンサートの生中継があります。
もしビデオ録画できる方がいらっしゃいましたら,
ぜひお願いしたいのですが・・・。
(そのテープのダビングでも結構です)

2006年9月22日 (金)

写真データのコピー

昨日の巨大カラーパネルは
好評のうちに教室の掲示物となったが,
今度はそれを見た生徒たちが
「あの写真はもらえないのか」と尋ねてきた。

なるほど,それはうなずける話。
だっていい写真だもの!
しかし,写真はS先生の撮影したものなので,
私のデジカメにデータがあるわけではない。
そこで,S先生に相談してみた。

私「放課後,S先生のデジカメのメモリーを
貸してもらえませんか?
あの写真を生徒たちがほしいというので,
コンビニで焼き増ししてこようと思うのですが・・・」

S先生「あの写真のデータは,今パソコンに入れてあるんです。
だけど,肥さんのデジカメにコピーしてあげますよ」

私「えっ,そんなことができるんですか!
すごいですね。助かります」

というわけで,S先生の写真のデータはあっという間に
私のデジカメのメモリーにコピーされたのだった。
(教頭先生所有のリーダーのお世話になった)

私は中学・高校と写真部に所属するなど
写真はもともと「専門分野」だったが,
パソコンにおける写真の活用には消極的だった。
「ここらでちょっと勉強してみようかな」と思った。
(9/22)

2006年9月21日 (木)

特大カラーパネルの作り方

昨日学年主任のS先生が,
体育祭のクラス写真をプレゼントしてくれた。
みんなステキな笑顔で写っていて,
担任だけの私物にしてはもったいない写真だ。
そこで私は今回も,これを使ってクラスに掲示する
特大カラーパネルを作ることにした。

それを『たの授』の「はみだしたの」
(教育雑誌の欄外記事)にしたので,
以下転載してみる。

・・・・・・・・・・・・・・・

カラーコピーを使った
特大パネルの作り方を伝授します。

まず,「お気に入り」の写真を用意し,
サービス判なら320%の倍率をかけて
A3判の大きさに拡大します。

これでもいいのですが,
教室に貼る時にはさらに欲張って,
左右(A4判)ごとに141%をかけて
A2判(A3判の2倍)の大きさにすると,
迫力満点の特大パネルとなります。

体育祭や合唱コンで撮れた生徒たちの笑顔を,
カラーコピーで「教室の掲示物」に
することができるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・

あなたのクラスでも,
ぜひお試しあれ。
生徒たちが喜んでくれること
請け合いです。
(9/21)

2006年9月20日 (水)

私のバロメーター

この3連休は,結局「3日連続部活」となった。
(昨日も午前中学校の体育館で練習)

10月の上旬に新人戦があり,
あと二週間ほど。
しかもこれからの土日は私自身の用事で
あまり出られないことが予想されるので,
その前に「稼いでおこう」と思ったのだ。

しかし,体育祭直後休憩がとれないのは
やはり少々つらかった。
体調はイマイチで酒を一滴も飲めず,
(こんなことは珍しい!)
ひたすら養生に徹した。

おかげでダイエットには良かったようで
3日間で1.5キロ減ったが,
やはり「お酒を飲めるぐらい元気!」というのが
私の場合一種のバロメーターのようである。
(9/20)

2006年9月19日 (火)

卒業生との再会

昨日男子バレー部の練習で所沢高校に行ったら,
2年前前任校で担任したA君に会うことができた。

陸上からバレーボールと競技は変わっても,
A君は一生懸命がんばっていた。

卒業生のがんばっている姿を見るのは
元担任にとってこれほどうれしいものはない。

疲れがたまっていて部活に行こうか迷ったが,
やはり行ってよかった。

ただし,練習試合は7セットやって3セットしか
2桁の得点を取れず,散々だった。
これで生徒たちが奮起してくれればいいのだが・・・。
(9/19)

PS 「部活帰り」の吉野家(1日限定牛丼販売)
の前にはやはり長蛇の列。
とても太刀打ちできるものではなかった。
次回の10月1日以降に期待をかけよう。

2006年9月18日 (月)

文理杯2006

昨年に引き続き,西武学園文理高校の主催する
文理杯というバレーボールの大会に行ってきた。

男子は合計9チームで,
予選リーグを3チームずつ1セットで戦った後,
決勝トーナメントを3セットでやることになった。

【予選リーグ】
対新座中 25ー22
対富士見東中 16ー25

【決勝トーナメント】
対富士見台中 22ー25,25ー16,15ー4
(3セット目は規定により15点マッチ)
対富士見西中 6ー25,8ー25

体育祭の翌日だったこともあり,練習不足。
また,プレーやマナーに反省点を多く残した
文理杯となってしまった。
今日は所沢高校で練習の予定。
(9/18)

2006年9月17日 (日)

体育祭2006

昨日今年度の体育祭が行われた。
昨年度までと競技種目がだいぶ変わり,
走るのがわりと速い担任クラスには
有利との呼び声も高い。
さて,どうだったのだろうか?

週末になり思いのほか好天に恵まれ,
生徒たちにとって最後の体育祭が行われた。
(日中は暑いぐらいだった)

3年2組はスタートから得点をかせぎ,
最初に得点が発表された時点では何と第1位!
の位置をキープした。

ところが,その後がいけなかった。
他クラスの追い上げをくらい,
昼の時点では4位,200m走終了時点では
5位になってしまったのだ。

だがしかし!!
得意の全員リレーで1位(3倍点)!
400mRで1位(2倍点)!
800mRで2位(2倍点)!
と終盤に至って「荒かせぎ」をし,
見事2位になることができた。

オメデトウ!!
合唱コンに向けて,またガンバロウ!!

準優勝なのに胴上げをされたり,
空高く飛んでいった「肥さん風船」を
みんなで手を振って見送ったり,
なかなか印象に残る今年の体育祭だった。
(9/17)

2006年9月16日 (土)

松本被告死刑確定

上記の見出しが朝日新聞の
1面トップの記事だった。

オウム真理教をめぐっての一連の事件は,
私自身の記憶にも鮮明に残っている。

【1989年,坂本弁護士一家殺害事件】
オウム真理教問題について
精力的に取り組んでいた坂本弁護士が,
家族とともに殺害された事件。
私は三ヶ島中時代に組合の掲示板で
公開捜索のパンフを見て,興味を持った。
その後一家はむごい殺され方をして発見された。

【1994年,松本サリン事件】
第一発見者の会社員・河野さんを容疑者と信じた,
社会科教師の私にとっては痛恨の事件。
それ以来,刑事事件を授業する際には
この時の話を生徒に「告白」することにしている。

【1995年,地下鉄サリン事件】
3年の学年旅行で沖縄に出発した日に,
この事件は起こった。
私たちは山手線経由で羽田空港をめざしたが,
もし地下鉄を乗っていたらと思うと恐ろしい。
沖縄に着いてテレビを見たら,
東京は大変なことになっていた。
(2ヶ月後,麻原被告の逮捕)

あれから10年あまりの歳月が流れた・・・。

「「麻原」を死刑にしたら,それで一件落着,
にしてはならない」と朝日新聞は結んでいた。
私もそう思う。
そして,このような事件を二度と起こさないためにも,
自然・社会についての確かな科学教育が必要だと思う。
(9/16)

2006年9月15日 (金)

『えんぴつで奥の細道』その後

「好きこそものの上手なれ」という言葉があるが,
自分が好きなことは続くものだ。

おかげ様で『えんぴつで奥の細道』は
現在13日目を書いている。
全部で50日分だからまだ3分の1もいっていないが,
芭蕉・曽良との「3人旅」がたのしい。

今日のところは「遊行柳」という段で,
昔西行法師が,

「道の辺に清水流るる柳陰
しばしとてこそ立ち止まりつれ」

と詠んだ歌枕に案内されて,
芭蕉が,

「田一枚植えて立ち去る柳かな」

という有名な句を作る場面である。

たいへん有名な句なのだが,
『曽良旅日記』や「俳諧書留」によれば,
確かに二人は遊行柳をたずねてはいるが,
そこでは俳句を作っていないようだ。
(後から作って入れている)
また,「立ち去る」はもと「立ち寄る」だったらしいこと。
さらに,「芭蕉が実際に田植えをしたのか,
それとも柳の下で早乙女が植えているのを
眺めていたのか」という論争もあったと
書いてあった。
私には芭蕉が田植えをする姿は
想像もできないけれど・・・。

いろいろな驚きや発見があって,
『えんぴつで奥の細道』はなかなか楽しい。
ぜひあなたもチャレンジしてみませんか?
(ポプラ社。1400円+税)

雨で実施が心配された体育祭も,
昨日の午後体育委員と有志の先生方が
校庭の整備をしてくれ,
今日予行・明日本番という運びになりそうだ。
「明日天気にな~れ!」
(9/15)

2006年9月14日 (木)

出身小中学校のホームページ

清瀬幼稚園
東村山市立秋津小学校
東村山市立第二中学校
東京都立小平高等学校
法政大学(法学部)

以上が私の「学歴」である。
以前高校と大学のホームページは
訪ねたことがあったが,
昨日は幼稚園~中学校の3つを訪ねてみた。

清瀬幼稚園は以前に「なくなった」と
ウワサを聞いていたが,
ホームページもやはりなかった。
(出身者のブログは書いてあったけれど)

小中学校のホームページはあったが,
ほとんどが最近の記事(当然だが)なので,
懐かしさはあまり感じなかった。
(当時所属していた写真部も今はなかった・・・)

唯一自分に関係あるのが校歌だった。
今から30年以上前に卒業したのに,
ちゃんと歌えてしまうのが不思議だった。

「風吹き渡る 武蔵野の 緑を映す 高い窓・・・♪」
(東村山市立秋津小学校校歌)
「ああ 武蔵野の朝風の にごらぬ流れ 身にあびて・・・♪」
(東村山市立第二中学校校歌)
こういうのを「1人同窓会」というのでしょうか?
(9/14)

2006年9月13日 (水)

喜びは2倍に

「英語のスピーチコンテストに
参加した2人の女子生徒が,
市内3位と7位の好成績をあげた」
という朗報が昨日夕方に入った。

15校から20数名もの生徒が参加したというから,
この成績はなかなかのものである。
引率した若い英語教師・K先生の喜びも
さぞかし一入(ひとしお)だっただろう。

そこで私はさっそくおとなりのY先生とともに,
お祝いのカードを製作した。
「飛び出す絵本」式の逸品である。

「Congratulations!
1 スピーチコンテスト 3位&7位!
2 (以下は内緒)
3 (以下は秘密)
From 3学年一同」

「喜びは2倍」に「悲しみは半分」にするのが,
学年の和!なのである。
(9/13)

2006年9月12日 (火)

仮説実験授業と古田史学

仮説実験授業は板倉聖宣さんによって,
1963(昭和38)年に提唱された授業理論だ。
自然科学の授業書づくりから始まって,
今では社会の科学その他にも
その領域を拡大している。

私は就職浪人だった26年前,
板倉さんの書いた初の社会の科学の
授業書である《日本歴史入門》に出会って
仮説実験授業のとりこになった。
授業でも時々取り入れている。

もう1つの古田史学は古田武彦さんの
古代史研究を指す。
もともと親鸞の研究者だった古田さんが
『史学雑誌』に「邪馬壹国」という
独創的な論文を発表して以来,
九州王朝説など多元的古代史研究の分野を
市民の人たちと共に切り拓いてきた。

私が古田史学に「再会」したのは,
カッパブックスの『吉野ヶ里の秘密』という本だった。
今から15年ほど前のことである。
「何だか読んだことがある内容だぞ」と思ったら,
高校生のときチャレンジして挫折した
『「邪馬台国」はなかった』の作者だったのだ。
今度は挫折することなく,私の古代史研究の
指針となっている。

さて前置きが長くなったが,
昨日N先生と話していると
話が古代史のことになった。

N先生「「邪馬台国」はどこにあるんでしょうねえ?」
私「出土物から言えば,北九州で決まりです!」

などという会話から,N先生にも古田史学に
興味を持っていただくことができたのだ。

もともと理科の教師であるN先生は
仮説実験授業のことは以前からご存知だったが,
これで古田史学の話もできることになった。

忙しく悩みもつきない中学校という職場だが,
そんな中でもこんな愉しみが時にはある。
(9/12)

2006年9月11日 (月)

サンマの会

新所沢に住んでいる私にとって,
秋の楽しみの1つはサンマの会である。

脂の乗った新鮮なサンマを共同購入し,
さしみに,塩焼きに,今年はさらに凝って
サンマご飯にまでして食すのだ。

今年の主催者であるOさんの家に集合したのは,
20人ほどの新所沢の住人たち。
主催者のOさんの負担を軽くするために,
何か1つ会費以外に酒か肴を持参する
というのがこの会のルール。
私は今回は「チューハイ缶500ml×5本」だった。
(もっともこのうち3本は自分のおなかに回収したけれど)

会費は2000円。
飲んで食べてしゃべってこの値段なら
安ーい会費である。

サラダや煮物や漬物が所狭しと
テーブルに並べられ,
みんなで「食欲の秋」を満喫した
サンマの会であった。

今日は9.11事件が起きて5年目の日。
世界中で平和のうちにこのようなサンマの会が
開かれることを祈ってやまない。
(9/11)

2006年9月10日 (日)

教研から始まって・・・

昨日は教研から始まって,
浦和仮説サークル,歴教協と
ずっと外出していた。
そのあらましを・・・。

【所沢教育研究集会】 9時半~

例年とは違って午前中から全体会。
講演会の講師は斎藤貴男氏だった。
演題は「格差拡大と改憲潮流」。
私と同じ1958年生まれの彼の話は,
とてもわかりやすく心に落ちる。

恒例の教員デュオ「ハゲ&WAZUKA」の
ミニミニコンサートは今年もバカうけ。
特に「ひろしです」の替え歌「教師です」は
絶品だった。

【浦和仮説サークル】 13時~

7名の参加。
肥さんのお気に入りレポートとコメント。

(1)実藤さん ~ 「浮力は体積 ユリイカ!!」
私も「浮力」がわかりたいので,さらに研究を続けて下さい。

(2)小川さん ~ 準備万端の「フィルムケースごま」
回転させると地球の周りを月が満ち欠けするスグレモノ。

(3)瀬間さん ~ ものづくり「パッ!と 絵変わり」
その仕掛けにびっくり。でもサイコロで満足してしまいました。

(4)荒川さん ~ 「十(ジッ)の読み方について」
「『たの授』公開編集会議」もいいけど,こういう「硬派」もいい。

(5)荒井さん ~ 「好きなことやってる人は笑顔がすてき!」
この夏いろいろな研究会・研修会に参加。そのミニレポート。

(6)須崎さん ~ たのしい「いろいろな実験」
防犯ブザーを使ったテスターや球磁石を使った衝突実験等。

(7)肥沼 ~「〈ニュースがわからん!〉はよくわかる!」
「翠(すい)がん,血液で早期診断へ(朝日新聞の記事)」
「1958(昭和33)年生まれ」「〈肥さんの夢ブログ〉より」

【歴教協・夏の全国大会ご苦労様会】 18時45分~

今年は埼玉(所沢・川越)で全国大会が開かれた。
秩父の大会以来,約20年ぶりのことだ。
居酒屋「むらやま」航空公園駅前店にてご苦労様会。
私は開始から1時間45分も遅刻して参加。
それでも途中から15人で盛り上がりました。
次はまた20年後かな?
(9/10)

2006年9月 9日 (土)

宿題を思い出して・・・

期末テストの採点が昨日終わり,
ホッとしたところで「宿題」があったのを思い出した。

実は8月の末に「朝日中学生ウィークリー」の
今野公美子さんからメールで原稿依頼を受けていたのだ。
「社会科は暗記科目なの?」という特集をしたいので,
意見を聞かせてほしいという。
数人の先生に話を聞いて,
それを再構成するそうなので
気楽に「第1案」(最終案になったりして・・・)
を書いておこうと思う。

以下は「今野さんの質問」 → 「肥さんの回答」
という形式で書いてみたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・

・社会科を勉強する目的・意義・意味

→ これから生徒たちが活躍していく社会の中で,
今までどんなことが行われてきたかという歴史を学び,
また今の社会がどういう仕組みで成り立っているか
ということをつかむことによって,
その人なりの「生きる力」を身に付けていくことでしょうか。


・社会科の面白さ

→ 何といっても「目には見えない歴史の法則性や
社会の構造が見えてくる」という醍醐味が
社会科の面白さだと思います。


・面白く勉強するための方法

→ 大きく分けて2つあります。
1つは「歴史の法則性や社会の構造が見えてくる」ような
授業を展開するということ。
私は仮説実験授業の授業書をやることで
それを生徒たちに伝えたいと思っています。
もう1つは「楽しく暗記して知識を増やす」ということです。
私はこれを後で紹介するかるたなどでやっています。


・「暗記」が必要だとしたら、何のためか

→ そりゃあ,ある程度の知識がないと
歴史的な事象や社会の仕組みについて
具体的に考えていくことができないからです。


・楽しく「暗記」する方法

→ 私は3年間の社会科の授業の中で覚えてほしいことを
7つのかるたにして生徒たちに渡しています。
すなわち「都道府県かるた」「世界の国々かるた」「世界の気候かるた」
「歴史人物かるた(1)」「同(2)」「同(3)~年号を含む」
「公民(政治・経済)かるた」です。
これを授業で行い,個人用かるたを作らせ,
定期テストで出題(毎回20点分)というやり方で
やってきました。
(私自身のHPでも公開している=「肥さんのホームページ」)
私はある程度覚える個数を限定して「楽しく暗記する」
という作業が必要だと思っています。
卒業生が話題に出すのもかるたのことが多くて,
「先生,まだあのかるたやっていますか?」などと
聞いてくるので,「覚えていてくれるのかな」と思います。


・楽しく学ぶための教材(新聞、ニュース、小説や漫画、インターネットなど)

→ 新聞やテレビのニュースもある程度「見方」が
わからないと,送り手の言い分をそのまま受け入れる
ことになってしまうので,視点をもって見ることを
時々授業中に話しています。
また,小説や漫画から想像力を培うことも
広い意味の社会科学習だと思います。
さらに,インターネットは利用の仕方によっては
素晴らしい味方になるので,
その利用上のエチケット(ネチケットと言うそうだが)も含め,
生徒たちとざっくばらんな話をしています。
最近の中学生は個人のHPやブログを
開設している生徒も少なくないので,
教師自身も勉強していくことが必要だと思います。 

・・・・・・・・・・・・・・・

以前(2006年4月)同じところで
「社会科の勉強法」を書いたのと似ているが,
まあ同じ人間の書くことだから
勘弁して下さい。

あれから1年ほどたった肥さんの意見です。
(9/9)

2006年9月 8日 (金)

1958(昭和33)年生まれ

最近自分と同じ年に生まれた人に
どんな人がいるのか気になっていて,
「1958年生まれ 昭和33年生まれ」で
検索してみた。
すると,有名人ではこんな人たちがいた。

宮本亜門 演出家 1958年 1月4日
八神純子 歌手 1958年 1月5日
チャゲ CHAGE&ASKA 1958年 1月6日
宮崎緑 ジャーナリスト 1958年 1月15日
石川さゆり 演歌歌手 1958年 1月30日

時任三郎 俳優 1958年 2月4日
芹澤名人 俳優 1958年 2月10日
松原千明 女優 1958年 2月18日
かとうかずこ 女優 1958年 2月20日
林マヤ タレント 1958年 2月23日
ASKA CHAGE&ASKA 1958年 2月24日

栗田貫一 お笑いタレント 1958年 3月3日
未唯 ピンクレディー 1958年 3月9日
シャロン・ストーン 女優 1958年 3月10日
織田哲郎 シンガーソングライター 1958年 3月11日
田崎真也 ソムリエ 1958年 3月21日
田中義剛 シンガーソングライター 1958年 3月31日

青島健太 プロ野球選手解説者 1958年 4月7日
森下愛子 女優 1958年 4月8日
小柳みゆき 女優 1958年 4月9日
萬田久子 女優 1958年 4月13日
桜田淳子 歌手 1958年 4月14日
小宮悦子 キャスター 1958年 4月18日

新田純一 俳優 1958年 5月8日
久保田早紀 歌手 1958年 5月11日
西川峰子 歌手 女優 1958年 5月23日
相本久美子 女優 1958年 5月27日

つまみ枝豆 タレント 1958年 6月1日
プリンス 歌手 1958年 6月7日
翔 横浜銀蝿 1958年 6月8日
中原理恵 女優 1958年 6月17日
ショー・コスギ 俳優 1958年 6月17日
伊藤克信 タレント 1958年 6月27日

春けいこ 漫才師 1958年 7月4日
南流石 振付師 1958年 7月9日
布施博 歌手 俳優 1958年 7月10日
篠塚勝 俳優 1958年 7月17日
原辰徳 プロ野球選手 1958年 7月22日
家田荘子 作家 1958年 7月22日
サエキけんぞう ミュージシャン 1958年 7月28日
三屋裕子 バレーボール 1958年 7月29日

鴻上尚史 劇作家 1958年 8月2日
辰巳琢郎 俳優 1958年 8月6日
陣内孝則 俳優 1958年 8月12日
高橋ジョージ THE虎舞竜 1958年 8月13日
小金沢昇司 歌手 1958年 8月21日
佐藤しのぶ ソプラノ歌手 1958年 8月23日
フリオ・フランコ プロ野球選手 1958年 8月23日
マイケル・ジャクソン 歌手 1958年 8月29日
日比野克彦 アーティスト 1958年 8月31日

玉置浩二 歌手 俳優 1958年 9月13日
小西博之 俳優 1958年 9月28日

中村正人 ドリカム 1958年 10月1日
石川優子 歌手 1958年 10月3日
森昌子 歌手 1958年 10月13日
山川豊 演歌歌手 1958年 10月15日
石井めぐみ 女優 1958年 10月18日
大石大二朗 プロ野球選手 1958年 10月20日
高木豊 プロ野球選手 1958年 10月22日
神津カンナ エッセイスト 1958年 10月23日

岩崎宏美 歌手 1958年 11月12日
安藤優子 キャスター 1958年 11月19日
小室哲哉 歌手 音楽プロデューサー 1958年 11月27日
広岡瞬 俳優 1958年 11月28日

原田真二 歌手 1958年 12月5日
山田五郎 評論家 1958年 12月5日
宮崎美子 女優 1958年 12月11日
樋口可南子 女優 1958年 12月13日
芦川よしみ 女優 1958年 12月13日
假屋崎省吾 華道家 1958年 12月17日
山中秀樹 アナウンサー 1958年 12月19日
原田美枝子 女優 1958年 12月26日
グレート義太夫 お笑いタレント 1958年 12月26日
スティーブ・ジョーンズ プロゴルファー 1958年 12月27日
藤山直美 女優 1958年 12月28日

知っていた人もいるし,意外な人もいるし,
いろいろだが,みんなそれぞれの世界で
活躍しているなあ。
自分も負けずにがんばろうという気に少しなった
肥さんなのでありました。

みなさんも自分の生まれ年で検索してみると
面白いですよ!
(9/8)

2006年9月 7日 (木)

期末テストの採点

この夏の話題を時事問題として
期末テストで3題出した。
こんな問題である。

(1) 8月15日に小泉首相が参拝して
話題になった神社はどこか。(答・靖国神社)

(2) この度惑星の仲間からはずされた星の名は何か。
(答・冥王星)

(3) 夏の高校野球で優勝した学校はどこか。
(答・早稲田実業)

どれもかなり話題になった出来事で,
素晴らしいサービス問題だと思うのだが,
それでも知らない生徒はやはりいるものだ。

誤答例

(1) やすくり神社(安く栗を売ってくれる神社?)

(2) 水星,金星,火星,土星,かいめい(海冥?)

(3) 早稲田実業高等学校
   (正式には早稲田実業学校高等部。
   「早実」や「早稲田実業」でも○をあげたのになあ。
   問題があまりにも簡単すぎて,つい筆が滑った?)

単調な採点も,こういう誤答があると少しはたのしくできる。
平均点は60点ぐらい。
太字の問題を減らし,細字の問題を増やしたら,
中間テストより5点ほど低くなった。
こちらは予想通り。
(9/7)

2006年9月 6日 (水)

イエメン

今夜サッカーのAFCアジアカップ
最終予選が行われる。

今日の相手はイエメンである。
前のトリニダード・トバゴもよくわからなかったけど,
イエメンもその点では同じようなもの。
今日はイエメンについて少々調べてみた。

0.国名・・・イエメン共和国(アラビア半島南端の砂漠地帯)
1.面積・・・56万km2(日本の1.5倍)
2.人口・・・2000万人(日本の6分の1。2004年)

3.首都・・・ サヌア (100万人)
4.人種・・・ アラブ人
5.言語・・・アラビア語
6.宗教・・・ イスラム教(スンニ派とシーア派が半分ずつ)

7.国名の由来・・・自国では「ヤマン」と呼ぶ。
アラビア語で「右側」の意味。何の右側かというと,
イスラム教の聖地・メッカのカーバ神殿を正面にすると,
向かって右側(南)にあるから。
ということは,カーバ神殿は西向きに建っているということか。

8.歴史・・・紅海とアラビア海に臨み,紀元前10世紀ごろ
シバの女王のもとで栄えたという。
1990年にイエメン・アラブ共和国(北イエメン)と
イエメン民主人民共和国(南イエメン)が統合して新国家に。
「民主」「人民」は社会主義国のキーワードだから,
ここにも東西問題のかげが見えるようだ。

9.国旗は赤・白・黒の横じま三色旗で,イスラムの基本色。
赤は「独立への情熱」,白は「未来への希望」,
黒は「植民地時代の圧政」を表わしているとのこと。

10.最大の外交問題・・・サウジアラビアとの国境問題
  (先日日本は0対1でサウジアラビアに敗れた)

新聞の番組の宣伝には,以下のように書いてあった。
「▽酷暑のサウジで屈辱の敗戦・・・さらに続く
中東遠征は標高2300㍍の高地戦
▽息ができない?〝走るサッカー〟を掲げるオシムジャパン
最大のピンチに若き戦士はどう立ち向かうのか!?」

世界ランク48位の日本は,同125位のイエメンに
新潟でのホーム戦で2対0だったそうだ。
アウェー戦となるこの試合で,どう戦うかがポイント
ということになるだろう。

今日は1学期の期末テストなので,
早目に丸つけを済ませて観戦することにしよう!
(9/6)

2006年9月 5日 (火)

情報がない,という情報

佐藤雅彦『プチ哲学』という本に,
「中身当てクイズ」という文章がある。
(『伝え合う言葉・中学国語3』(教育出版)に転載)

「3つのカップにコーヒーかミルクが入っているが,
3つとも自分自身に何が入っているかは知らない。
しかし,自分のカップに何が入っているか
会話の中でわかったものがあった。
それはA,B,Cのうちどれか?」
というような問題である。

A,B,Cのカップは階段上にあり,
1番上のカップは下の2つの中身を,
中段のカップは下のカップの中身を見ることができる。
しかし,1番条件がいいはずの上のカップも答えられない。

すると,あるカップが「あっ,わかった!」
と静かに手をあげた。
さて,どのカップがわかったのか?
みなさん,もう答えがわかりましたか?

私がこれを初めて聞いたのは
浦和仮説サークルの時でした。
「久しぶりに顔を出した」という高校理科の先生が,
「こんな問題を学活で出しました」と言って
教えてくれたのです。

答えは中段のカップ。
問題をよく読むと,条件がいいはずの上段のカップは
下の2つのカップを見ても答えられていない。
下の2つのカップは中身が違っていたのだが,
それだけでは決め手にならないのである。

ところが,その「上段のカップが答えられない」ということが,
中段のカップには決定的な情報源になった。
つまり・・・

(1)1番下のカップの中身は見える(コーヒーかミルクか)
(2)自分と下のカップは中身が違う
(3)したがって,自分には○○が入っている
という訳である。

「便りのないのはいい便り」などと,私たちは話す。
これも「特に悪い情報はないから元気でいるだろう」
と「情報がない,という情報」を活用している訳だ。
(本当は連絡をとれないほど苦しい状況かも
しれないのだけれど・・・)

私たちは今情報のあふれている社会に住んでいる。
いくらでも情報が手に入る(ように思う)。
しかし,本当のこと(真実)を知りたいと思ったら,
時には「情報がない,という情報」にも
耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
(9/5)

2006年9月 4日 (月)

ソフトボール女子世界選手権

昨日ソフトボールの日本チームが
上記の大会(会場は北京)でホームの中国を破り,
ベスト4に入ったことから北京五輪(2008年)
への出場を早々と決めた。

日本0000000・1計1
中国0000000・0計0

日本テレビで中継していたのだが,
延長に入る頃時間切れで放送終了。
試合結果が気になっていたが,
先ほど朝刊を見たら
延長8回相手方のエラーで
決勝点となる1点を入れたようだ。

エース上野「バックのみんなを信じ,
ミットをめがけて気持ちで投げた」

井川監督「仲間を信頼できるのが,
上野の素晴らしいところ。自分だけで
抑えようとすると力んで棒玉になってしまう」

開催国の中国とはまた五輪で当たると思うが,
とりあえず出場権を得たのはよかった。
シドニー五輪で銀,アテネ五輪で銅だった日本が,
北京五輪で有終の美を飾れるかどうか
これからも楽しみである。

前任校でソフトボール部の顧問を
していたこともあって,
ソフトボールの話題にはついつい熱くなってしまう
肥さんなのでありました。
(9/4)

2006年9月 3日 (日)

ニコたのサークル

久しぶりに仮説実験授業のサークルである
ニコたのサークルにおじゃましてきた。
その様子をかんたんに報告しよう。

日時:2006年9月2日(土)3時~6時半
場所:仮説会館
サークル名:ニコたのサークル
参加者:8名
レポート:20本

私のお気に入りレポートとコメント

(1) 小沢さん「キミ子方式全国大会初参加の記」
小沢さんがキミ子方式の全国大会に初めて参加
したということに,まずびっくりしました。
だって,小沢さんは25年もキミ子方式をやってきて,
たくさんの実践を『たの授』誌などに発表してきた
人だったから・・・。
副題に「思い出させてくれた絵を描く感動」とある通り,
これがまた新たなキッカケとなるといいと思いました。

(2) 海老澤さん「ボクの教え子が教育実習生にやってきた!」
3年前に仮説実験授業を教えた生徒が,
化学の教育実習生としてやってきたそうです。
その3週間の様子を実習日誌の記述も交えながら
報告されていました。
教科書授業(原子内部構造)の後の仮説(イオンと食べ物)は,
落差もあって感動的なものになったようです。

(3) 山路さん「「フーコーの振り子の実験」のお話について」
大塚道男著『地球を測る』(朝日新聞社)の
「フーコーの振り子実験」というお話より,
板倉聖宣「地球の自転を実験的に証明したフーコー」の方が
「授業書のお話としてよりふさわしい」という山路さん。
授業書《力と運動》に使用するという
簡易実験装置の初お披露目もありました。

(4) 飯塚さん 「鮎の友釣り」
今鮎の友釣りに凝っているという飯塚さん。
その上達振りを興奮とともにしゃべって下さいました。
話を聞いていると,どうも釣りには上達論というものが
存在しそうな気がします。
そのあたりをまた報告して下さると,
小学校時代に釣りをあきらめた私としては,
うれしいと思いました。

(5) 肥沼 「「ニュースがわからん!」はよくわかる!」
朝日新聞に載っている「ニュースがわからん!」
というコーナーの紹介をしました。
NHKの「週刊こどもニュース」風でとてもわかりやすい。
朝日新聞をとっている方,ぜひ読んでみて下さい。
「肥さんの夢ブログ」の紹介もさせていただきました。

(6) 佐藤さん「簡単*きれいなもの作り」
板目紙と刺繍糸をつかったきれいなコースターを
みんなで作りました。その「作品」を手に,
最後にみんなで集合写真を撮りました。

ニコたのサークルのみなさん,
ありがとうございました。
また行った時も温かく迎えて下さいネ!
(9/3)

2006年9月 2日 (土)

はみだしたの

『たのしい授業』誌(仮説社。590円)には
「はみだしたの」とよばれる欄外記事があって,
読者の密かな?たのしみとなっている。

最近掲載から遠ざかっていたので
3枚のハガキを出したら,
9月号で全部採用してくれた。
今日はその1つを転載しよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・

○ 中3を担当しているので,各高校から
「求める生徒像」という文章がきます。
たいていは無味乾燥なものが多いのですが,
その中で大宮武蔵野高校(埼玉県)のものは
異彩を放っていました。
アクロスティックで表現しているのです。

「(お)大きな夢を持っている生徒
(お)落ち着いて授業に取り組む生徒
(み)みんなと仲良く出来る生徒
(や)やる気を持って部活動に取り組む生徒
(む)無欠席を目指せる生徒
(さ)様々なことにチャレンジする(前向きに取り組む)生徒
(し)社会性の身に付いている生徒
(の)のびのびと学校生活を送ることができる生徒」。

何だか楽しい気分にさせてくれますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・
3分の3(全部)採用ということは,
今「はみだしたの」は原稿不足で狙い目?です。
みんなもどんどん投稿しよう!
(9/2)

2006年9月 1日 (金)

画像テスト(2)

Photo

これは「現生人証明書」です。
上野の科学博物館で作りました。
確か400円だったと思います。

映画「蟻の兵隊」

Y先生のご推薦もあって,上記の作品を
渋谷のイメージ・フォーラムで見てきた。
ドキュメンタリーの映画である。

主人公・奥村和一さん(80歳)は,
敗戦の前の年の1944(昭和19)年に
20歳で招集され中国に派遣される。
ところが敗戦で帰国できたはずの彼の運命を,
上官の自己保身(部隊の中国軍閥との提携)が
大きく変えてしまう。

部隊は国民党軍に所属することになり,
八路軍(共産党軍)との戦闘を繰り返す。
やがて重傷を負い,捕虜となって
強制労働と思想改造の日々。
1954(昭和29)年になってやっと帰国した。

日本は無条件降伏したはずなのに,
なぜ9年間も中国に残らされ
辛酸をなめなければならなかったのか?
これは「日本軍西山省残留問題」に世界で初めて
取り組んだ長編ドキュメンタリーである。
あなたもぜひ見てみませんか?

戦争と言うものがどういうものなのか,
この映画を通してあらためて学んだような気がする。
また,酒井誠氏との共著の『私は「蟻の兵隊」だった~
中国に残された日本兵』(岩波ジュニア新書)も
読みやすくておススメの本である。(740円+税)
(9/1)

「拓郎・かぐや姫コンサート・インつま恋1975」の
DVDが昨夜届きました。
さっそく視聴しましたが,
知らぬ間に30年前のフォーク世代に戻って
コンサートをたのしんでしまいました。

なお,先日「赤ちょうちん/吉田拓郎」と書きましたが,
そんなコラボが当時あるはずもなく,
やはり「赤ちょうちん/かぐや姫」でよかったようです。
コピーした元資料が間違っていたのでした。
失礼しました。

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