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2006年7月31日 (月)

歴教協・埼玉大会(分科会)

昨日も終日上記の会に参加した。

前回のブログで新任の年に埼玉大会があった
と書いたが,調べてみたら秩父での会は3年目でした。
ごめんなさい。

さて,昨日私は「中学歴史」分科会に参加した。
全部で30近く分科会があってどれにしようか
迷っていたが,レポートの内容から今の私に
一番元気を与えてくれそうなこの分科会を選んだ。
午前9時~午後5時のロングランだった。

以下,レポーター(県名),レポート名,私のコメントの順に
書いていこうと思う。

(1)川島さん(広島県)「「ノート持ち込み試験」のすすめ」
ベテラン川島さんならではのレポート。
「ノート持ち込み可」ということは「ノートを持ち込んでも
解けない問題を出す」ということで,一種の言葉のアヤ。
しかし,実際上の効果として,今までの知識中心の
授業ではやっていけないということで,
教師としての実力が試されることになるのであった。
授業内容の話とともに授業規律の話もよかった。

(2)桐藤さん(兵庫県)「3Qから歴史が見えてくる」
授業の最初や途中に3問のクイズを入れて
授業の活性化を計ろうとした試み。
問題作りの難しさは仮説実験授業に関わっている
私には大変よく理解できた。

(3)加藤さん(静岡県)「女パワー炸裂!
~米騒動と民衆運動の授業づくり」
授業づくりのイロハを,具体的な教材を通して
若い教師に伝えようとした力作&労作。
とにかく授業内容,授業技術,授業規律等
学ぶことが満載だった。
「授業は教師のエスペラント(共通で話せること)」
という言葉も心にしみた。

(4)山口さん(埼玉県)「私の歩んできた道~
教師という夢に向かって」
大学2年生の彼女が今まで出会ってきた教師や
授業を通しての成長を語った。
このような素敵な教師が地元・埼玉県で
育ちつつあるということに私は大きな希望を感じた。

(5)川口さん(埼玉県)「高校生は中学校の授業をどうとらえ,
高校の授業にどんな意識で参加しているか?」
所沢支部の例会に参加されている川口さん。
高校でのアンケートと授業を紹介して,
いかに中高の授業づくりをしていくか問題提起をした。

(6)辻さん(京都府)「戦争学習の課題と方法」
第一次世界大戦から敗戦までの14時間を通して
生徒たちに何を伝えるかを具体的に紹介した。
私自身の教材研究の至らなさを感じた。
私ももう少しがんばらなくては・・・。

休憩をはさんで「地域に学ぶ集い」が開かれたが,
私はここで本日の「学び」(合言葉のように使われている)を
終了して帰途についた。
予定では「映画「草の乱」上映運動」か
「トトロの森保存運動」に参加する予定だったが,
朝からの長時間の「学び」で疲れてしまった。
なんせ密度の濃い時間なのだもの・・・。

なお,昨日は私の大会費のダブル振込みが「発覚」し,
7200円も返金があったのも予想外の収穫だった。
(7/31)

2006年7月30日 (日)

歴教協・埼玉大会(全体会)

昨日は終日上記の会に参加した。
社会科の先生方の研究会で,
私は新任以来お世話になっている。

新任の年にやはり埼玉大会があり,
その時には酷暑の秩父でがんばったのを思い出す。
確か所沢支部はその時「速報係」だった。
今年は所沢・川越共催という感じで,
昨日は全体会が市民文化センター
(ミューズという)で開かれた。
今回の係は「弁当・飲み物係」。

私たちは朝8時に集合して,
3人で飲み物の調達をした。
車で運ぶとはいえ2リットル入りのペットボトルで
35本はなかなかの重量だ。
約70キロの飲み物をミューズに運ぶと
次は弁当係のお手伝い。
注文数(160)と実際の数が合わなかったり
ちょっとしたトラブルはあったが,
何とか皆さんの胃袋を満たすことができた。

午後は避難誘導係。
一応最初だけ扉のところにいたが,
あとは全体会に参加することができた。

まずは,代表のあいさつや基調提案の採択。
そのあとが地域実践報告ということで,
「埼玉発・・・平和をつくる若者たち」の上演。
浦和商業定時制・秩父高校・朝鮮初中級学校・
早稲田中学校・自由の森高校などの人たちが
いろいろな発表をしてくれた。
今まで話や紙面でしか知らなかった発表も
知ることができて,とても参考になった。

続いて,姜尚中(カン・サンジュン)氏の講演。
「21世紀をどう切り拓くか」という演題で,
大変心に響くお話をしていただいた。
「20世紀の宿題が,21世紀の私たちが
まず取り組まなければならない課題である」
という言葉が特に印象に残った。

最後に,若者たちと姜尚中氏との対話。
これは最初なかなか難しいのではないかと思ったが,
「自己主張」をキーワードにけっこういい対話になった。

時間が押していて片付けも大忙しだったが,
残った弁当を土産にミューズをあとにした。
(7/30)

2006年7月29日 (土)

教育課程研究協議会

昨日は1日上記の会に出張した。
各校1名の「義務研修」である。
日程は午前・午後とも2コマの計4コマで,
持っていった重い冊子はほとんど使わなかった。
(それならそうと,早く言ってよ~!)

開会行事の後,午前の2コマ。
(1)提案者Kさん(女性)による発表と質疑(50分)
(2)提案者Kさん(男性)による発表と質疑(55分)

この際3人の論客がいて,提案者にするどい
質問を浴びせて,けっこう緊張感があった。
こういうのいいなあ。
そのうち1人は去年知り合った「風に立つライオン」の
実践者Sさんで,「なかなか勉強してるなあ」と
思える内容だった。私もがんばらなくては・・・。

お昼(弁当を頼んだ。ごはんが多くて「当たり」だった)の後,
午後の部2コマ。

(3)小グループによる討議(80分)
(4)討論と指導者による講義(85分)

今回の「新メニュー」は眠くならなくてよかったが,
グループの発表者になってしまいちょっと疲れた。
でも道徳の「指導」と「評価」のことが
おぼろげにわかったけどね。
早く終わりすぎてしまった討論を受けて,
2人の指導者による1時間の講義。
フーテンの寅さんじゃないけれど,
1時間もあっては「指導者もつらいよ」ってところかな。

会場校は椅子に「消音ボール」が付けてあり,
音的には静かな環境だった。
また,入間基地の航空路に当たるため,
終日軽く冷房が入っていて快適だった。

帰りは今の&かつての同僚だった社会科の先生たちと
情報交換をしながら電車で所沢方面へ。
これでひとまず「夏休み」らしい日々を迎えられそうだ。
(7/29)

2006年7月28日 (金)

停電

昨日学校に行ったら午前中停電だった。
(あれ,そんなこと聞いていたかなあ?)

これは,電気の力で動いているもの(電灯,冷蔵庫,
パソコン,コピー,印刷機,テレビ,電話等)が
一斉に使えなくなることを意味する。
ただし,非常用の電話1台だけは校長室で使えるし,
充電しておいたらパソコンも使えるのだが,
急に停電がわかっても後の祭りだった。

私はパソコン作業を断念して,1学期の総合的な学習の
評価に取り組むことにして,窓辺の席をお借りして
午前中の時間を過ごした。
電灯が消えると,私の席は手元が暗くなり
作業ができないためだ。

他にも人権作文を読む人がいたり,
漢字コンテストの採点をする人がいたり,
机上整理をする先生がいたり,
職業体験のあいさつ回りに行く先生がいたりと,
各人思い思いにやらなくてはならない仕事に取り組んだ。

停電中は静かな職員室・・・になるかと思いきや,
「プー,プー」と非常時のブザーみたいなのが
10秒おきぐらいに鳴って,みんなのヒンシュクを買っていた。
たぶん自動的に鳴ってしまうのだろうけど,
何とかならないものかなあ。
けっこう大きい音だもの。

私はこの予期せぬ妨害音に「プーさん」という
可愛いあだ名を贈呈した。
(7/28)

2006年7月27日 (木)

部活ダイエット

この夏ダイエットをご希望の方は,
ぜひバレーボールの部活ダイエットをおススメする。

昨日の午後T中の体育館で4時間半やったのだが,
歩いているだけで汗が噴出し効果抜群だった。

これにバナナと「計るだけダイエット」(NHKためしてガッテン)
の2つを組み合わせて,今年も励もうと思う。
(7/27)

・・・ここで講演会情報

古田武彦講演会 「百問百答」
10月1日(日)13:00開場、開始13:30~16:15。
終了後東京古田会総会。
場所、日本教育会館
(会費は未定ですが会場費が高いので
2000円から2500円と書いて有りました)

2006年7月26日 (水)

be動詞

英語の補習でbe動詞を教えた。
I am, you are, he ( she ) is
なんていうやつである。

中学1年で習う内容だが,
それをまだ理解できていない生徒がいるのだ。
一見簡単そうに見えるが,
否定形にしたり疑問文にしたりすると
けっこう難しいようだ。

たとえば,Is this a pen?の否定の答えは
No,it isn’t.となり,
this は it に変るのでもう登場しないことも
同時に教えなければならない。
また,疑問文にする時には先頭のアルファベットを
大文字にすることも彼らが共通して間違える箇所である。

4人で40人ほどの面倒を見たが,
丁寧に教えるためにはマンツーマンでないと
なかなか難しいと思った。
(7/26)

2006年7月25日 (火)

九州年号の証言

九州王朝説を支える有力な証拠の1つが,
517~700年の183年にわたって
連綿と続いていた31個の九州年号である。
それを紹介しておこう。

継体・・・517~521年(5年間)
善記・・・522~525年(4年間)
正和・・・526~530年(5年間)
教到・・・531~535年(5年間)
僧聴・・・536~541年(5年間)
明要・・・541~551年(11年間)
貴楽・・・552~553年(2年間)
法清・・・554~557年(4年間)
兄弟・・・558年(1年間)
蔵和・・・559~563年(5年間)

師安・・・564年(1年間)
和僧・・・565~569年(5年間)
金光・・・570~575年(6年間)
賢接・・・576~580年(5年間)
鏡当・・・581~584年(4年間)
勝照・・・585~588年(4年間)
端政・・・589~593年(5年間)
告貴・・・594~600年(7年間)
願転・・・601~604年(4年間)
光元・・・605~610年(6年間)

定居・・・611~617年(7年間)
倭京・・・618~622年(5年間)
仁王・・・623~634年(12年間)
僧要・・・635~639年(5年間)
命長・・・640~646年(7年間)
常色・・・647~651年(5年間)
白雉・・・652~660年(9年間)◆
白鳳・・・661~683年(23年間)
朱雀・・・684~685年(2年間)
朱鳥・・・686~694年(9年間)◆

大化・・・695~700年(6年間)◆

日本書紀によると,年号は大化(645)から始まり,
飛び石的に白雉や朱鳥があり,
大宝(701)につながるというのだが
およそ年号というものは「すき間なく続いている」
ことに意義があるのであり,
それでこそ年代のモノサシ足りうるのだ。
その点,日本書紀に出てくる3つの年号は
そもそも「年号」としてのテイをなしていないのである。

また,当時朝鮮半島では高句麗・新羅・百済の国々が
それぞれの年号を持ち,誇っていた。
倭国が年号を持っていておかしいことはないし,
むしろその支配権を中国に認めてもらおうとした倭国が
逆に年号を持つことを遠慮していたとしたら
その方が当時の「アジアの常識」としておかしいのだ。

いくつかの年号にふれておく。
全体として「僧聴」「和僧」「金光」「仁王」「僧要」など
仏教の影響が色濃く出ている。
この年号を定めた王朝は深く仏教に帰依していた
ものと思われる。
(九州の仏教受容年代はかなり早い時期のようである)

また,白鳳が23年間と圧倒的に長い。
その前半の白村江の戦いでの敗戦を受け,
長く改元することもままならなかった王朝の
事情が表わされているのではないか。
(実際「薩夜麻」と呼ばれる倭国のリーダーが
捕虜になっており,後に送還されてきている)

江戸時代,九州年号については
「邪馬台国」論争とともによく議論されたらしい。
しかし,明治時代になりこれらの年号は
「私年号」として葬りさられてしまった。

その九州年号を発掘し,歴史の光を当てたのが
古田武彦氏と彼を支持する市民の人たちだったのだ。
九州年号についての最新の研究を
「新古代学の扉」というサイト(古田史学の会)で
見ることができる。
興味のある方はぜひのぞいて見てほしい。
(7/25)

2006年7月24日 (月)

キムチの精神(こころ)

『美味しんぼ』の第10巻に,上記の話が出てくる。
前編・後編の2話に渡るもので,
私も授業で使っている。
(アニメになったもの)

主人公・山岡の勤める東西新聞社が,
韓国の大韓書籍と組んで
韓国の文化を紹介する本を出版することになる。
ところが韓国の文化に対して無知な富井副部長が
相手方の金社長を怒らせてしまい,
出版の話はご破算に・・・。
そこで山岡が韓国文化を知るために
一肌脱ぐことになる。

というストーリーなのだが,
どんなことをするのか知りたい方は
「キムチの精神」と検索するとストーリーを
読むことができるのでやってみていただきたい。
さらに漫画が読みたくなったら本屋(古本屋)へ。

ちょうど先日板倉聖宣さんの生誕の地を訪ねたとき
通りかかったところが,山岡たちが本物のキムチを求めて
出かける韓国人街なので思い出した次第である。

なお,1時間の前半に授業プラン「ハングル」を行い,
その後でビデオを見せるというのが私の定番である。
(7/24)

2006年7月23日 (日)

よく歩いた日

昨日は午前中仮説実験授業研究会の
荒川さん・井藤さんと「東京歴史散歩」。
次の3つの所へ行った。

(1)研究会代表の板倉さんの生誕の地
上野駅の近くだが,本人に確認しておかなければ
なかなかわかりにくい所だった。
今回荒川さんの手配で確定できた。
板倉さんが子どもの頃その縁日に科学雑誌を
買ったという太郎稲荷神社もあった。

(2)旧岩崎邸
三菱財閥の屋敷を見学。
その面積の広さと洋館(来客の接待用)
の威容にびっくり。
住居は和風の方を使ったのだろうが・・・。
金のある人はこんな所に住むのか。

(3)東大校内の散策
さだまさしが歌にした無縁坂を登って東京大学へ。
5年前に亡くなりもうすぐ本が出される
長岡さんの学んだ所。
また,最近仮説の研究会が開かれた所。
そして,かつて私が宇井純の「公害原論」を
聴講しに来た所。
安田講堂,三四郎池などをめぐって歩いた。
道中古代史の話もできて,満足な時間だった。
それにしてもよく歩いたなあ。

午後から高田馬場の仮説社で
『たの授』誌の公開編集会議。

夜はトンボがえりして地元の公民館で
地区懇談会。
(7/23)

ブログのデザインを変えてみました。
ご意見をお聞かせ下さい。
肥さん

2006年7月22日 (土)

夏休み第1日

私の夏休み第1日の定番は,
職員室の机の上を片付けることから始まる。
普段はあまり気にしていないのだが,
(少しは気にしている)
やはりスタートぐらい気持ちよく切りたいから。

週5日制が始まってから,
やけに学校で仕事をすることが多くなって,
本当は家でやった方が能率のあがる仕事も
職員室でしている。
話しかけてくる人がいれば中断するし,
何かいい方法はないのかな。

社会科の先生には居心地のよい
準備室みたいなものがないので,
そこへしけ込むわけにもいかない。
また,必要なものを全部持って行くというのも
煩わしいしね。

というわけで,昨日は机の片付けと備品整理と
午後はバレーボール部の部活とで
1日を終わりました。
(7/22)

2006年7月21日 (金)

1学期前半が終わる

昨日の納会で1学期前半が終わった。
いろいろあった4ヶ月だったので,
少しは心のリハビリをしたい。

納会自体は「参加者の激減(25→22人)」,
「突然のご指名(学年の話をすることになる)」,
「ビールでズボンをびしょびしょに濡らす」
と何とも複雑な気持ちの2時間だった。
やはり私は職場の宴会より,
居酒屋で気楽に乾杯する方が症に合っているなあ。

つい先日メーリングリストで聞いた話だが,
5年前(2001年7月30日)に急逝した
長岡清さん(高校の社会の先生)の本が出版されるという。
板倉聖宣さんとの共著で,題名は
『社会にも法則があるか~社会の科学入門~』。

といっても難しい本ではなく,
「誕生日」に焦点を当てて社会的事象での法則性を説く
楽しい本になるそうだ。
長岡さんと親交のあった出口由加子さんによる
表紙ということで,こちらもたのしみ。
(7/21)

2006年7月20日 (木)

大学セミナーハウスのからの案内

今年の秋の公開セミナーの案内が,
大学セミナーハウスから届いた。
古田武彦氏の古代史の関係である。

昨年参加して,その内容(古田氏の話,参加者の質問,食事等)
が大変充実していたので,今年も参加しようと思っている。
古代史に興味のある方,御一緒しませんか?
以下,案内を転載します。
大学セミナーハウスのサイトから申し込みもできます。
(7/20)

第3回公開セミナー ~古田武彦先生を囲んで~
筑紫(ちくし)時代-日本古代史の新区分「奈良時代以前」をめぐって-

日程: 2006年11月11日(土)~12日(日)(1泊2日)
場所: 大学セミナー・ハウス(東京都八王子市下柚木1987-1)
主催: 財団法人 大学セミナー・ハウス
趣旨
日本の古代史学は転機に立つ。「七〇一」以前は「筑紫時代」である。
たとえば、七世紀の太宰府には紫辰殿があった。
しかし飛鳥には大極殿はなかった。
浄御原宮・藤原宮、いずれも現地伝承はない。
「紙に描かれた」大極殿だけ。
なぜ、稗田阿礼は三十年も、その「誦習」が記録されなかったのか。
「天皇陵」「不改の常典」問題も、新しい光の中に。
九州王朝の木簡・木柱を発見。そして「国引き神話」の新理論。
すべては徹底討論へ。
(古田武彦)

私達は学校で歴史の時間に、大和時代、飛鳥時代、奈良時代、
平安時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代、・・・、
などの時代区分を教わった。
これらの時代呼称は何れも、我が国の統一政権の所在地を
表わしていると説明された。
しかし、大和時代や飛鳥時代には、日本列島には
まだ大和中心の統一政権は「なかった」のではないだろうか。
見方を変えて、時代名に国際的に日本列島を代表する
中枢政権の所在地名を冠し、筑紫時代、奈良時代、・・・、
とする方が自然ではないだろうか。
何故ならば、日本列島に「大和中心の統一政権」が
出来る以前から筑紫中心の「国際交流」は
活発であったと思われるからである。
今年もまた、古田先生を囲むセミナーで、
日本古代史を論理的・科学的に解明する方法を学び、
目から鱗を落として、歴史学の新たな地平に立ってみませんか。
(荻上紘一)

プログラム
(一)日本古代史の新区分
「筑紫時代」の成立
-黒曜石の新理論(北門の二国と出雲。「国引き」の原型) -

(二)「筑紫時代」の第一史料と歴史展開
木簡と木柱の画期的出現
-倭国最後の王者「サチヤマ」の歴史的意義-

(三)近畿地方への曙光
「継体と武烈との間」「天皇陵」「不改の常典」-そして。

(四)「筑紫時代」前後の諸問題
-教科書と真実-


テーマ毎に古田武彦先生に基調講演を行なって頂き、
その後の質疑応答・ディスカッションに
十分時間をかけてテーマを掘り下げます。
古田武彦先生の学問と人となりを間近に感じる
熱い2日間となることを期待します。

スケジュール
■第1日 11月11日(土)
10:00 受付
10:15~10:30 開会
10:30~12:00 日本古代史の新区分
12:00~13:00 昼食
13:30~15:00 「筑紫時代」の第一史料と歴史展開
15:00~15:30 休憩・コーヒーブレイク
15:30~17:30 質疑応答
18:00~19:00 夕食
19:30~21:30 懇親会「古田武彦先生と共に」
■第2日 11月12日(日)
8:00~9:00 朝食・チェックアウト
9:30~11:30 近畿地方への曙光
12:00~13:00 昼食
13:15~15:15 「筑紫時代」前後の諸問題
15:15~15:30 休憩
15:30~17:30 質疑応答
17:30 閉会

(スケジュールは一部変更となる場合があります)

2006年7月19日 (水)

B.I と A.I

『千年紀を生き抜くインターネットランド』
という本を読んでいたら,
B.I と A.I という言葉が出てきた。

現代は農業革命,工業革命に続く
第3の情報革命の時代であり,
中でもインターネットの存在が大きく,
その前(B.I)と後(A.I)では
まったく様相が違ってしまったという訳である。

このB.I と A.I を自分に当てはめてみると,
2000年と2001年が境になる。
21世紀を目前にして2000年にパソコン導入を決意,
現在使用している富士通の「FMV」を購入した。

2001年より「肥さんのメールマガジン」を発行。
2003年より「肥さんのホームページ」を開設。
2005年より「肥さんの夢ブログ」を併設。

最初はキー入力もままならず,
音声入力を利用していたこともあった。
今では笑い話だけれど・・・。
そして,今やホームページやブログを更新することを
空気を吸うのと同じような感覚で行っている。
本当に信じられないことだ。

もちろん私の書く文章は小説家のようにうまくはないし,
人を感動させることもめったにないだろうし,
ただ自分の「今」を書き続けているだけである。
(それを読んで喜んで下さる方がいれば望外の幸せ!)

朝刊に出ていたが,中国ではインターネット利用者が
すでに1億人を越え,ブログ登録者も来年には
1億人に達するという。
これは政治的にも,経済的にも,社会的にも
中国を大きく変えていくことになるだろう。
私はそう直感する。

あなたのB.I と A.I はいつごろでしたか?
それを今度聞かせて下さいね。
(7/19)

2006年7月18日 (火)

1分給を計算してみる

「よのなか科」のサイトを見ていたら,
面白いことが書き込まれていたので
ちょっと長くなるが紹介しよう。

よっちゃん「バイトで時給1200円もらっていると聞くと、
スゲー!って思いますよね。
正社員だけど年収300万円の人を見ると、
安い人だなーって思っちゃいます。
でも、同じ時給で比べたらどうでしょうか。
年間労働日数を250日、1日の労働時間を8時間とすれば、
年間労働時間は250×8=2000時間です。
年収300万円を労働時間2000時間で割って、
時給を計算してみます。
3,000,000÷2,000=1500円となり、
時給1200円のバイトより多く稼いでいることがわかります。
バイトではいくら高い時給だとしても、
年収300万円にも及ばないわけです。
同じ時給という土俵で比べてみると、見えることがあります」

な~るほどなあ。
私も時給1200円を直感的に「高いな~!」と思い,
年収300万円を直感的に「安いな~!」と思いました。
この場合,直感は当てにならないようです。

そして,話はさらに「会議への遅刻」の方に進む。
「たとえば年収300万円の人の1分給は、
年間労働分は2000時間×60分=120,000分ですから、
300万円÷120,000=25円。
同様に年収600万円なら50円、
1000万円なら83円、
1500万円なら125円となります。
10分の遅刻は上の結果に10を乗じればよいわけです。
300万円の人を待たせたら250円、
600万円なら500円、
1000万円なら830円、
1500万円なら1250円です。
ちょっとしたランチが食べられる金額ですね。
だから10分遅刻したら
ランチをごちそうするくらいのことは
してもいいかもしれません。
あはははは」

この話はユーモアにからめているのが救いだが,
遅刻にはけっこう「寛容」な職場もあるようだ。
私たちは24時間という「平等」な時間の中で
いろいろな仕事をしている。
せめて他人の時間を尊重するということが
「平等」を保つ1つの形になるのではないかな。
でも,どうでもいい会議に遅刻していくというのも
人情としてはわからなくもないのだが・・・。

個人的には「最初から会議の終了時間を決めておく」
というのがいいと私は思っている。
(7/18)

2006年7月17日 (月)

所商が初戦敗退

「まさか!」という試合だった。
エースのM君が先発して臨んだ初戦。
当然Bシードの所沢商業が順当勝ちかと思われた。

ところがM君が打ち込まれ,2回までに0対7の大苦戦。
あわやコールド負けかと思ったが,
さすが歴戦の経験校・所商。
4回表打線が爆発し,続いて5回6回にも追加点。
そして,7対7の同点のまま延長戦へ。

しかし,勝利の女神は所商には
微笑んでくれなかった・・・。

所沢商・・・00051100000計7
川越東・・・16000000001計8

延長11回の裏,死球で出たランナーを
2本のヒットで帰し,川越東が辛勝したのだ。

朝刊を読むとM君は「春から右手首に炎症を起こし,
痛みが残ってフォームの崩れを直しきれなかった」
とのこと。
M君は春の大会で県ベスト4に輝いた
原動力だっただけに大変残念だ。

2年生投手W君は2回ニ死から11回まで
9回のロングリリーフ(被安打5)。
しかし,あと1本のタイムリーが出ず涙を飲んだ。

来年もまた所商を応援に行こう!
(7/17)

2006年7月16日 (日)

浦和仮説サークル・7月例会

昨日は午後から浦和仮説サークルの
7月例会に参加した。
4月は部活で,5月は土曜参観で,6月は修学旅行で
参加することができず,何と4ヶ月ぶりの参加だった。

参加者は7名。
全部での20を越える資料が提出された。

(1) 小川さん~千葉県から何と70キロの道のりを
自転車で参加。教科書教材の「花を見つける手がかり
(モンシロチョウのなぞ)」を授業プラン化していたが,
単に選択肢をつけることだけでなく,
その先の法則性や最新の研究成果にまで踏み込んで
いただくとさらによいのではないかと思いました。
いや,ぜひそうして下さいよ,小川さん。

(2) 瀬間さん~ド迫力の『実物大恐竜図鑑』の紹介。
小峰書店から1800円で出ているそうなので,
私も入手したいと思いました。
瀬間さんは文庫活動をされているだけあって,
さすが本のことはよく知っていらっしゃいます

(3)荒川さん~『たのしい授業』公開編集会議の
報告レポートと井藤さんの「世界中の文字を書こう」の紹介。
後者は実際にみんなでやってみました。
まだ,荒削りのような気がしますが,井藤さんのことですから
きっといつかモノにするでしょう。

(4)肥沼(私)~久しぶりの参加なので,
資料数だけはたくさん持って行きました。
「『世界で一番受けたい授業』関係コピー」
「日本国憲法とその構成の授業」
「公民(政治・経済)かるた」
「最近の古田史学から学ぼう」
「中国史書に登場する「倭国」「日本国」」
ほか本の表紙のコピー2枚。

(5)実藤さん~実習生とやった「生物と細胞」の記録。
また,近況と情報提供を呼びかける「最近の私」。
香川大会の際には小豆島もお寄りになるとか。
うらやましいなあ。

(6)須崎さん~いろいろな案内のほか,音の実験をして下さり,
みんなで楽しみました。音の授業は楽しいなあ。
最後に最近完成した「生物と種・授業ノート」の販売。

(7)荒井さん~学年主任の忙しさの話が印象的。
こりゃあ確かに大変そうです。その日常をしばし忘れて
ニコニコ実験をたのしんでいらっしゃいました。

浦和仮説サークルは私と年齢の近い(やや上の)方が多く,
とても快適に過ごすことができるところです。
これからもよろしくお願します。
(7/16)

2006年7月15日 (土)

3連休

夏休みを前にして,つかの間の3連休。
2学期制で通知表を作ることもない。
まずは体を休めたいところだが,
それだけじゃもったいない。

浦和仮説サークル・・・
3月例会に行って以来,4月部活,5月土曜参観,
6月修学旅行と三ヶ月も学校の用事で欠席してしまった。
今月こそは出席したい。

所沢商業の初戦・・・
いよいよ高校野球・夏の大会だ。
ひいきのチーム所沢商業の応援に行きたい。
とくに初戦はハラハラさせられることが多いのだが,
それがこの学校がファンの心を
つかんで離さない魅力でもある!?

家のことも・・・
家の片付けが忙しさにかまけて
なかなか進んでいかない。
この3連休をキッカケとしたいが・・・。

などなど,やりたいことは山ほどあれど,
悲しいかな体は1つ。
まあ,やれることだけやりましょ。
(7/15)

2006年7月14日 (金)

健康診断

昨日は朝から健康診断の出張。
先日も書いたように
今年は人間ドックを予約し忘れたので,
夏休みも近いこんな時期の受診ということに
なってしまったのだった。

早起きしたせいでとても早く着いて,
まずは念願の「1番」を獲得!
8時半から勇んで受診開始。
身体計測,心電図,血液検査・・・と30分間。
ここまでは順調にこなしてきた。

ところがレントゲンの先生がなかなか来ない。
待てど暮らせど,その姿をなかなか現わさないのだ。
市民医療センターの館内は冷房が効いていて
とても快適なのだが,
さすがにくしゃみも出始めて,
あわてて靴下を用意する始末。

その後レントゲンの先生かなり遅くご出勤。
1番最後の内科検診の先生はとっくにご入来
あそばしているのだが,
それよりはるかに遅い登場であった。
若い女性の先生で,まさかお化粧に
時間がかかったという訳でもないのだろうが・・・。
レントゲンはもちろん1分であっという間に終了。

最後の内科検診。
去年はダイエットも成功し,血圧も下がり,
とてもいい気分で受診できたのだが,
今年は2つともふるわず苦戦が予想された。

予想は当たって,さっそく「血圧が高いねえ」
と担当医師。
さらに「家ではいくつなの?」
私は何のことかわからず,きょとんとして「はい?」
医師「家に血圧計はあるんでしょ?」
私「いいえ,持っていません」
医師「じゃあ,買いなさい」
私「はい・・・去年ダイエットをやったら血圧も下がりまして」
医師「あれは継続してやらないとだめだよ」
私「はい・・・」
(これでは話が続かないと判断して,撤退する)

かくして今年の健康診断は終了し,
私はうだるような陽気の学校へ。
温度,湿度とも今年サイコー(サイアク?)という感じで,
午前中の授業,午後の三者面談とがんばった。
扇風機を2台用意しての三者面談で,
暑さとの戦いであった。

このような過酷の時間を過ごした後,
生ビールと肴で夜は心身を癒す。
つくづく自分の健康は自分で守らなくてはいけないと思った。
(7/14)

ここ数日ニフティーの「ココログ」メンテナンスのため
更新ができませんでした。
ご心配おかけしました。 ~肥さん~

中国史書に登場する「倭国」「日本国」情報

2冊の岩波文庫の本を使って,
古代の日本の歴史の資料を作ってみた。

【三国志・魏志倭人伝】
・倭人は漢の時朝見してきた。
・30国が使訳を通じている。
・「邪馬壱国」という国があり,卑弥呼という女王が治めている。

【後漢書】・・・成立年代によりここに置く
・大倭王は「邪馬台国」に居る。
・倭奴国が朝見してきたので,金印等を与えた。
・女王国の東に「拘奴国」があり,女王国に属していない。
・また別に「東テイ国」という国もある。

【宋書】
・倭国は代々使いを送ってきた。
・讃・珍・済・興・武などの王がいて,朝鮮半島の支配権を
中国に認めてもらおうとした。
(中国と対等になろうとはしていない)

【隋書】
・タイ(倭と似ているが違う字)王の姓は「阿毎」,
字は「多利思北孤」という。
・その地には阿蘇山があり,火山活動をしている。
・タイ王は小野妹子を使者として,対等外交をしようとした。
(「日出処天子」→「日没処天子」)
・隋の皇帝は憤慨し,使いを送ってその国の様子を報告させた。
・その後,国交が絶えた。

【旧唐書】・・・2つの国伝
1.倭国伝
・その王は「阿毎」氏である。
・古の倭奴国のことで,代々中国と国交があった。
・648年に最後の使いが来た。

2.日本国伝
・日本国は倭国の別種である。
・小国だったが,倭国を併合した。
・東方にある。さらに大山があり,その向うには
毛人の国がある。
・多く自らキョウ大で実をもって対えず,
中国はこれを疑っている。

【新唐書】
・日本国は元の倭奴国である。
・王は「阿毎」氏で,「天御中主」以来32代が
筑紫で治めてきた。
・神武天皇に至って大和へ進出した。
・用明天皇の亦の名は「目(代理)多利思北孤」で,
この時から大和は中国(隋)と通じるようになった。

参考文献~
岩波文庫『魏志倭人伝・他三篇』
岩波文庫『旧唐書倭国日本伝・他ニ篇』
(7/13)

金八先生のビデオ

私にはたくさんのビデオのコレクションがある。
コレクションといっても希少価値があるという
意味ではなくて,道徳・学活に使えるということだ。

もちろん内容は生徒たちをひきつけるもので,
50分の授業単位を意識して
ビデオの録画をしたりしている。
いいものが手に入った時には
すごく得した気分になる。

去年見せた「友達何人できるかな?
小5男子の自転車一人旅」は,
どのクラスでも道徳で見せて好評だった。
二単位時間の鑑賞となるが,
それでも見せるに値する作品だ。
明るくさわやかになれるビデオは
やはり貴重である。

昨日は金八先生のシリーズから
「いじめ」に関するものを見せた。
知らず知らずに自分も加担してしまう
いじめの構造を知ってもらいたいからである。

話は金八先生担任の3年B組の人間関係。
最初は学級委員が司会をして
クラス討論のような装いを持っているが,
その後のロールプレイを行い真実味を与える。
次に自分がどういう立場でロールプレイに
参加したかを分類していき,
「いじめを止める立場の人がいない」
ということを指摘する。
さらに金八先生が「忘れられない生徒」の紹介をする。
いじめで自殺した生徒たちのことを
手帳を読みながら紹介し続けるのだ。

内容を意識してのことだと思うが,
後半はコマーシャルも入らず
一挙に見せられるようになっている。
チャイムが鳴り(ちょうどわが校でもチャイムがなった)
最後に「じゃあ,みんなで協力して掃除をしよう!」
「えーっ!(生徒のブーイング)」というオチがなければ
ちょっとしんどい位の感じだ。

もしよかったら,このビデオ使ってみて下さい。
10年ぐらい前のものですが,すごくいいですよ。
(7/12)

2006年7月11日 (火)

W杯終了

昨日の早朝イタリアとフランスによる決勝が行われ,
フランスが先制したものの
最終的にはPK戦でイタリアが優勝した。

日本が予選敗退してから
私は観戦意欲が下がっていたが,
さすがに上位のチームの試合はすごい。

ジダンが相手選手に頭づきして
レッドカード退場。
ああいう駆け引きもイタリアの「戦術」なのか。
あれでジダンが引退というのは悲しいなあ。

縫い目の少ないボールが
今大会の迫力あるシュートを生んだのだろうか。
ああいうのはあまり変えない方がいいと思うけど・・・。

ともあれ,W杯は終了。
今後の私の楽しみは高校野球へ。
私に縁のある所沢商業の応援に
精を出そうと思う。

今大会のエースは何と!わが中学校の
事務の先生の息子さんなのだ。
去年はレフトを守っていたのだが,
投手としての才能を評価されたらしい。

初戦は16日の川越東戦。
がんばれ所沢商業!
(7/11)

2006年7月10日 (月)

公民(政治・経済)かるた

そろそろ夏休みが近づいてきたので,
先(9月初旬の期末テスト)のことを考えて
昨日「公民(政治・経済)かるた」の印刷をした。

これは3年ほど前「肥さんの社会科かるた」シリーズの
1つとして作ったもので,全部で45枚ある。
取り札のほとんどが字になっているのが,
他のかるたとの大きな違いである。
(地理や歴史はほとんどが絵や図である)

① 民主政治を説いて、「市民政府二論」を著したロック(顔)
② 三権分立を説いて、「法の精神」を著したモンテスキュー(顔)
③ 人民主権を唱えて、「社会契約論」を著したルソー(顔)
④ 「人民の、人民による、人民のための政治」と演説したリンカーン(顔)
⑤ 国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、これぞ憲法の三大原理
⑥ 勤労、納税、子供に普通教育を受けさせる、これぞ国民の三大義務
⑦ 国会の立法権、内閣の行政権、裁判所の司法権、これぞ国の三権
⑧ 団結権、団体交渉権、団体行動権、これぞ労働三権
⑨ 労働基準法、労働組合法、労働関係調整法、これぞ労働三法
⑩ 給料まで同じにしている、三権分立

⑪ 天皇のお仕事、国事行為
⑫ 情報公開、知る権利
⑬ 自分のだけでなく、人のも守ろう、プライバシーの権利
⑭ 衆参それぞれ3分の2以上、国民投票過半数で、憲法改正
⑮ すべてに有利な、衆議院の優越
⑯ 解散なくて6年間、慎重な審議の、参議院
⑰ 毎年1回1月から、予算を審議の、通常国会
⑱ 衆議院の総選挙の30日以内といえば、特別国会
⑲ 一審、二審、三審制
⑳ 国会の法律、内閣の政令、そして地方議会の制定する、条例

21 社会主義国と資本主義国との対立、東西問題
22 南半球の国と北半球の国との経済的格差の問題、南北問題
23 地域は公害問題、地球全体は、環境問題
24 まだ誰もやめさせられた裁判官はいない、国民審査
25 すべての人が等しく扱われる、平等権
26 身体、精神、経済活動の3つを守る、自由権
27 人間らしく生きる権利、社会権
28 忘れちゃならない、基本的人権を守るための権利
29 商品やサービスで利潤をめざす、資本主義
30 政府の計画に基づいて生産を行う、社会主義

31 好景気で物価が上がる、インフレーション
32 不景気で物価が下がる、デフレーション
33 不景気でも物価は上がる、スタグフレーション
34 円やドルの価値が上下する、為替相場
35 株式で資本を集める、株式会社
36 商業やサービス業は、第三次産業
37 家計、企業、政府が作る、経済活動
38 需要と供給で決まる、市場価格
39 私たちの暮らしを守る、独占禁止法と公正取引委員会
40 家計のなかで占める食料費の割合が、エンゲル係数

41 総会や安全保障理事会などがある、国際連合
42 生産量/消費量=その国の自給率
43 「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」といえば、非核三原則
44 戦争放棄、戦力不保持の、憲法第9条
45 国民総生産はGNP、国内総生産はGDP

競技用として1セット(色画用紙に大きめに印刷)と
個人用として1人1セット(厚手の色上質に小さめの印刷)
の2種類で,全部合計するとけっこうな量になる。

このかるたを使うことによって,
少しでも生徒たちが公民(政治・経済)という教科に
親しんでくれればと思う。
(7/10)

2006年7月 9日 (日)

歴史能力検定

世の中いろいろな検定があるものだが,
昨日同僚のH先生に付き合ったのが
歴史能力検定というやつだ。
中学校の教室を使って,
選択社会の生徒を中心に20名あまりが受検した。

中学卒業程度だと4級というレベルで,
50問の四択式。
正解だと思うもの1つに○をつければいいし,
だいたい60%で合格が出るそうだから
難しさは英検と同じぐらいかな。

もっともH先生に言わせると,今回の問題は
例年と比べて難しかったそうで,
それが合否にどう影響するか。
夏休み明けに結果がくるそうなので,
もし来たらここで報告しよう。

私としては近代の政治のところが,
4級としては難しいと思った。
もちろん「私はこれで飯を食っている」ので,
(これは授業中の私の口ぐせ)
答えはわかるけどネ。

50問を50分で解くというのは時間がありすぎて,
はやく解いた生徒たちは暑さも手伝って
ちょっとだれ気味だった。
(7/9)

2006年7月 8日 (土)

進路学習会

昨日は午後から進路学習会が行われた。
体育館に集まって,4つの高校の先生から話を聞く。
高校の話,高校生活の話・・・。

来てもらったのは,県立2校と私立2校。
所沢西(県立普通科),所沢商業(県立職業科),
狭山ヶ丘(私立普通科),錦城(私立普通科)であった。

どの学校の先生も話が上手で,
説明が慣れている気がした。
その巧みさに私は,
高校間の「中学生獲得競争」の
激しさを垣間見たが,いかがだっただろう。

マーチという言葉を知った。
M・・・明治
A・・・青山
R・・・立教
C・・・中央
H・・・法政
5つの中堅校の合格を狙っての命名である。

また,生徒数減少の影響のことは,
大学にとって「2007ショック」
高校生にとって「2007チャンス」ということも。

出張を6分の6授業をやったと換算すると,
今週は時間割変更のせいで
28分の26授業(「空き時間2」しかなかった!)だった。
これでは息つく暇もありませ~ん。
(せっかくの七夕に,願い事もできません・・・)

だから,私にとってはこの進路学習会の存在は,
数少ない「空き時間」を増やしてくれる
大切な機会でもあるのでありました。
4校の先生方,ありがとうございました。
(7/8)

2006年7月 7日 (金)

『すぐできる!教育ブログ活用入門』

上記の本をようやく本屋に取りに行けた。
副題に「おもしろかんたん学校からの
情報発信」とある。

中川一史・稲垣忠という2人の大学の先生が編集し,
15人の人たちがそれぞれ
自分の実践を書くという形になっている。

学級通信の補助としてブログを活用する。
学校だよりとして発信する。
自分の実践を公開する。
などなど,いろいろな人が様々に
ブログを活用していることがわかった。
また,その中のいくつかのサイトを
「お気に入り」にいれることもできた。
(「みたむら日記」や「前田康裕 授業研究空間」など)

ブログは簡単に設定し,スタートすることはできる。
しかし,その面白さはやはり「ほぼ毎日」更新され,
その変容を見ることができるという所にあるのだと思う。

また,書く方からいえば,毎日の実践などをつづり
コメントやトラックバックをもらう中で
自分の毎日を振り返るという意味があるだろう。

私は今「ホームページ」と「ブログ」を並行して
開設しているのだが,
その両方にそれぞれ魅力を感じている。
どちらがいいとは簡単には決められないし,
またその境界線もはっきりしなくなりつつある。

「昨日の記事の知り合いの居酒屋って,何ていう名前?」
と学年主任の先生に聞かれたり,
「先生の記事を読んで,私もダイエットに挑戦してます」
と出入りの教材屋さんに声をかけられたりと,
教育以外の話題ができるのも楽しみの1つで,
「ほぼ毎日」更新してしまうというわけだ。
(7/7)

2006年7月 6日 (木)

ミサイルから始まって

昨日は北朝鮮のミサイル発射から始まって,
「空き時間」のない5時間の授業,
一昨日の出張の自習課題の処理,
学級通信や部活通信作り,
果ては8時半に終わった生徒指導に至るまで
すき間なく仕事が続いた。

夜は知り合いの居酒屋が開店するということで,
ご祝儀に顔を出し,帰ったのが10時半。
パルコの本屋に届いている注文した本も
とりに行くことができなかった。

留守電に,「明日退院。あさって快気祝い」
という知り合いの朗報入っていたのが唯一の救いか。
愚痴ばかりでスイマセン。

今日も「空き時間」が1つだけと忙しいが,
せめて突発的な生徒指導だけは
起こらないことを祈る!
(7/6)

2006年7月 5日 (水)

惜しくも県大会出場を逃す

昨日は坂戸市民体育館で
男子バレー部の地区代表決定戦があった。

各地域の2位や3位のチームが集まって,
県大会出場権の残り2枠を争うのだ。
4チームのうち2チームが県大会出場ということで,
わがチームにも「望みなきにしもあらず」カナ?
それを簡単に報告しよう。

対 毛呂山中戦 2ー0〈18ー25,,19ー25〉

第1セットは,動きが硬く最初から相手ペース。
最後に追い上げたが,時すでに遅く
簡単にセットを取られてしまった。

第2セットは,前半こちらのペース。
12ー12の同点まではいい勝負。
このまま逃げ切れたらよかったのだが,
後半じわじわ引き離されて
6点差で負けてしまった。

対 川越東中戦 1ー2〈25ー22,14ー25,20ー25〉

第1セットは,声も出てこちらのペース。
途中相手が追い上げ,息もつかせぬシーソーゲーム。
最後は追い上げを食らうが,逃げ切ってのセット先取。

第2セットは,いきなりの7連続失点。
これでは打つ手もなく,相手のペースでセットを失う。

第3セットも,序盤1ー7の最悪のスタート。
ところがその後「奇跡の粘り」を見せて
16ー16の同点に。
さらに17ー16と一時こちらがリードする
場面もあったが,粘りもそこまで。
最後は押し切られて,県大会出場を逃してしまった。
もしこのセットが取れていたら
県大会出場できていたのに大変残念だった。

3年生はこれで引退。
これからは1,2年生が新人戦をめざして
がんばっていく。

保護者の皆様,応援ありがとうございました。
これからも新チームの応援をよろしくお願します。
(7/5)

2006年7月 4日 (火)

中田英が現役引退

サッカーの中田英が現役引退との報道を見た。
(朝日新聞では朝刊1面トップ)
今までの彼の発言や
ブラジル戦後の振る舞いから
そうなるとは予想していた。
が,やはりショックだ。

中田英のような個性的な選手は
今後もそう簡単には出てこないだろう。
それほど異色のサッカー選手だった。
監督や選手と意見が食い違うことも多々あった。

中田英のプレーにはピッチ全体を
鳥瞰図的に視野に収めたような
するどい所があった。
中田のスルーパス(相手から見ればキラーパス)が
もう見られなくなるとは本当に残念だ。

あくまでサッカーの現役を続ける
三浦カズのような選手もいるが,
人生をトータルに考え,
第2の出発点を逃さない中田英のような生き方も
これからは出てくるのだろう。
中田のサッカーはその運動量もさることながら,
「頭脳でやるサッカー」という印象を私に残した。

昨日付けの中田のホームページ(http://nakata.net/)で,
彼は“人生とは旅であり、旅とは人生である”
という題で今までのサッカー人生を振り返っている。
読んでみることをお勧めする。
(7/4)

2006年7月 3日 (月)

腰痛

疲れがたまっているのか,
湿気の高い気候のせいか,
腰に鈍い痛みを感じて
昨日も半日家で寝ていた。

斎藤忠『倭国と日本古代史の謎』
(学研M文庫)という本を読むことはできたが,
今週もバレー部にはでられずじまい。

やりたいことややらなければならないことが
たくさんあるのに,健康面が足を引っ張る。
(7/3)

2006年7月 2日 (日)

長編読了

古代史の長編を読み終わった。
(510ページ!)
題も長くて『二世紀の卑弥呼
「前方後円墳」真の構築者』という。
著者は,草野善彦さん。
本の泉社からの出版だ。

古田武彦氏の古代史研究に学んだ人たちの
出版が近年続いているが,
草野さんはその草分け的存在で
これで4冊目となる。

古田氏の多元史観をふまえて
古代史に関するさまざまなテーマで論述している。
たとえば近畿地方にある巨大「前方後円墳」
(「仁徳天皇陵」など)を作った(らせた)のは,
生産力も高く高度な政治制度も持ち
太宰府という安定的な都を構えた倭国である,
などである。

東西の歴史の発展段階からみて,
7世紀半ばまで安定した都も
構えられなかった近畿勢力には,
とても巨大「前方後円墳」など作ることはできないと
多くの文献を紹介しながら草野さんは書く。

もしそれが本当なら,
白村江の戦いで破れ(近畿勢力は不参加)
首都(太宰府)占領までされた倭国を尻目に,
近畿勢力が棚ボタ式に唐から主権を譲渡された
歴史が浮かび上がってくる。

『日本書紀』に「初めて・・・する」という記述が多いのは
つとに知られた事実だが,これも「日本で初めて」
ということではなく,「近畿勢力としては初めて」
ということなのだ!と氷解するのだ。
やはりそれに先立つ九州王朝が7世紀後半まであった。
近畿勢力が主権を持ち日本を支配し始めたのは
8世紀初頭からという,中国・朝鮮の史料群の
示す通りだったというわけなのだ。

古田氏の著作を読んだことのない人には
必ずしも読みやすい本ではないかもしれないが,
本当の日本の古代の姿を知りたい人には
ぜひ読むことをお勧めする。
(7/2)

2006年7月 1日 (土)

爺々婆々

題は「じじばば」と読む。
地元にある居酒屋の名前である。
前から面白い店があるというウワサは聞いていて,
一度訪ねてみたかったのだが,
昨日縁あって初・爺々婆々した。

間口は広いとはいえないが,
(表に「おでん」のノボリ旗あり)
店内は思ったより奥行きがあって
一番奥にはおでんの屋台風のコーナーが,
手前にはカウンターや小テーブルが
いくつか並んでいる。
お客は10数人といったところ。

この店を経営しているのはその店名の通り
何人かの爺々婆々で,
注文が出てくるのがやや遅いのは玉にキズだが,
昼間の慌しい時間を忘れさせてくれるといえば
言えなくもない雰囲気であった。

おでんはもちろん,鮮魚類,モツ焼きと
料理のレパートリーは広く,
味もなかなかいけるのではないかと私は思う。

テレビがついていて,プロ野球中継をやっていた。
巨人が次々と失点を重ね10連敗。
お客さんと爺々婆々の会話から察するに,
巨人ファンが多いのかなと思った。

昨日はいくつかの料理を肴に
生ビールを何杯か飲んで店を出たが,
またいつか寄りたい店だと思った。
(7/1)

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