2019年11月23日 (土)

本日『たの授』公開編集会議

本日は正午から,『たの授』公開編集会議がある。

行ってこようと思っている。

今回は『たの授』1月号(=500号)についての話だ。

何回も書いているが,新任1年目が終わる頃(1983年3月),

『たのしい授業』は0号からスタートした。

その頃は,社会の科学の授業書が次々と開発され,

(《日本歴史入門》,《禁酒法と民主主義》,《世界の国ぐに》など)

それを授業に掛けることができた私は幸せ者だった。

そういえば,私の亡父も,高度経済成長とともに会社員をしていた。

東証第一部の株を買っていれば,利益の上がる時代だったのではないかな?

ということで,私も「仮説的」には,大変恵まれた時期だった。

それが,500号にまでなるとは,夢にも思わなかったけれど・・・。

【仮説社】

https://www.kasetu.co.jp/

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2019年11月22日 (金)

寒い!

天気予報を見たら,今日は雨。

明日以降も「はっきりしない天気」らしく,傘マークが。

「一日中10度くらい」と言うのがクセモノで,

なんかどんどん気温が下がっている気がする。

でも,こういう日は温かいものがうれしい日でもある。

熱燗は言うまでもくハラワタに浸み渡るし,

熱いスープをフーフー言いながらすするのもいい感じだ。

そう,現実の状況に嘆くことなく,逆に利用すればいい。

夏は暑いからスイカやアイスが美味しいのだし,

冬は寒いから熱燗やポトフを感謝して味わえる。

ちなみに,我が家のポトフは,具を足しながらまだ続いている。

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姿はだいぶ変わりましたが・・・

財布がない!

長く生きているといろいろなことに遭遇するが,

「気が付いたら,財布がない!」という経験もその一つだ。

財布にはお金が入っている以外に様々なものを入れている。

(お金だけの財布だったら,いいんだけど)

私の場合,銀行のカード・パスモ・名刺・カギなどだ。

これらを一挙に失うとなると,時間的損失も大きい。

まず,銀行にカードの紛失届と再発行願いを提出しなければならないし,

カギも予備があればいいけれど,そうでない場合は作らなければならない。

また,名刺は予備がある訳だが,拾った人によって悪用されないとも限らない。

そんなこんなで,素晴らしい一日が台無しとなる。

今回財布は見つかったから,こんなことも報告できるのだが,

昨日の夜,リュックの上に財布を載せて寝たのだった。

ところが今朝リュックを2階から1階に下す際,財布を載せたのを忘れていた。

面倒でもカバンに入れてから寝ればよかったのだが,

普段はしていることをせずにやったから失敗した。

やはり「いつも通り」というのは大切だ。

今日からは,財布をカバンに入れてから寝よう。

PS 財布はリュックがあった場所に,そのまま落ちていた。

電話台の陰であったのが,敗因だった。

過去の記事を探す方法

ブログの開設をしている本人でも,

過去の記事を探すのに時間が掛かることがある。

私がやっている方法を3つ紹介します。

(もっといい方法がありましたら,ご教示を)

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(1)つい最近のコメントのやり取りがある場合には,「最近のコメント」の中の題名をクリックする。

(2)少し前の記事を探すには,「カテゴリー」の中から過去記事を探す。

(「古田史学」をクリックすると,そのカテゴリーだけの過去記事を探せる)

(3)右下の方にあるのですが,キーワードを入力して「ブログ内検索」をかける。

母の歯の話(2)

昨日は,母の入れ歯(上の方)が出来てくる日だった。

母は興奮して,いつもはおざなりにしている玄関の靴類を整え,

「息子よ,保険証を忘れるな!」と言わんばかりに,青い袋を並べていた。

予約の13分前に受付を済ませ,都合で一人順番を追い越され,

助手さんと5分ほど世間話をした後,歯科医の先生はやってきた。

「今日は,噛み合わせを観るだけしますね」というと,

少々大きめと思われる入れ歯を母の口の中に押し入れた。

すると,口角が上がり,自然とほほ笑んでいる表情が生まれた。

あの懐かしい母の微笑であった。

人間の表情は歯があるのとないのとでは全然違って見える。

歯のない時は不機嫌そうに見えても,それは歯がないためで,

一旦歯が入れば,これまだと違った印象を人に与える。

「では,噛み合わせに問題は無いようなので,これで行くことにしましょう」

ということで,数分で診療は終わった。

昨日の診察料は,400円だった。時給に直すと,1万円!?

2週間後,ついに母の入れ歯は出来上がる予定だ。

2019年11月21日 (木)

宣命の文辞とその周辺(2)

(削除いたしました)

「宣命の文辞とその周辺」(1984年・中小路駿逸)

いつか使うかもしれないと思って,

『中小路駿逸遺稿集 九州王権と大和王権』(海鳥社・2017年)を買っておいた 。

その中の「宣命の文辞とその周辺」が役立つ時が来たようである。

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(削除いたしました)

七支刀は「鍛造」ではなく「鋳造」か

国宝でもある七支刀が「鍛造」(叩いて鍛える)ではなく,

「鋳造」(鋳型に流し込んで作る)ではないかという主張を,

産経新聞が伝えていた。

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4月28日13時32分配信 産経新聞

【拡大写真 】


河内さんが復元した七支刀(右の2本)と藤ノ木古墳の剣(小畑三秋撮影)(写真:産経新聞)

4世紀に朝鮮半島の百済王が日本の王のために造ったことが金の文字で記された、石上(いそのかみ)神宮(奈良県天理市)の「国宝・七支刀(しちしとう)」について、製作技法がこれまで定説とされた鍛冶による「鍛造(たんぞう)」ではなく、鉄を鋳型(いがた)に流し込んで作る「鋳造」との新説を、古代刀剣復元の第一人者で刀匠、河内國平(くにひら)さん(68)が復元をもとに打ち出した。歴史学者による鍛造説を覆すもので、刀を知り尽くした「匠(たくみ)の目」が古代技術の神髄に迫る成果となった。
  [フォト]正倉院宝物の小刀「黄楊木把鞘刀子」を復元 

 七支刀(長さ75センチ)は、左右に3本ずつ枝分かれした小さな刃が備わった特異な形。刀の表と裏面には、金線を溝に埋め込む「金象眼」という技法で計61文字の銘文が刻まれ、当時の日本と朝鮮半島の関係を考える上で一級資料とされる。

 銘文の「百練」の文字から、歴史研究者の多くは「百回も鍛えて造った刀」と解釈し、通常の日本刀と同様に鍛造で製作されたと考えられてきた。

 河内さんは昭和56年に鍛造で復元したものの、枝分かれした刃を造る際に鉄を加熱すると、別の場所が熱でひずむなどし、「とても(鉄を)たたけるものではない」と、当時から定説となっていた鍛造に疑問をもった。

 その後、実物を詳細に調べた結果、刀の表面がわずかにふくらんでいることを確認。鉄をたたく鍛造では表面が平坦(へいたん)になることから、平成18年に鋳造で造ったところ、実物と同じように表面をふくらむように仕上げることができたという。

 河内さんは「知り合いの鍛冶職人に聞いても、鍛造ではとてもできないという声ばかり。実物を観察すると、肌(刀身の表面)は、鉄をたたいた感じではなかった」と分析。ただし、「現在の技術でいくら試しても実物通りに仕上げるのは至難の業。昔の人はどうやって造ったのだろうか」と古代の刀匠の技に思いをめぐらせている。

 河内さんは奈良県東吉野村在住。24歳で人間国宝の刀匠、故・宮入(みやいり)昭平(あきひら)氏に入門し、30年前から古代の技法を研究しながら刀剣を復元。豪華なガラス玉や銀で装飾された同県斑鳩町の藤ノ木古墳出土の刀剣(国宝)などの復元を手がけた。

 河内さんが鍛造と鋳造で復元した七支刀は、藤ノ木古墳の復元剣などとともに29日まで、東京都中央区の総合文化事業施設「銀座おとな塾」で展示されている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100428-00000544-san-soci

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【国宝「七支刀」の復元実験】 

https://www.iri-tokyo.jp/uploaded/attachment/2378.pdf#search=%27%E4%B8%83%E6%94%AF%E5%88%80+%E5%BE%A9%E5%85%83%27

 

赤門塾の合宿レポート2019

赤門塾の今年の夏の合宿のレポートが届いた。

(いつもよりかなり早いかも!)

この塾には私は中2の頃からお世話になっていて,今に至っている。

夏の合宿(といっても勉強はせず,いろいろな行事を楽しむ)は,

私が高1の時から始められ,長野県の鬼無里6年間と後山35年間と

群馬県の柳平4年間で,合計45回行われている。

私が参加したのは,鬼無里6回と後山4~5回の10回ほどだが,

10代後半から20代前半でその自由さを味わったことは,

その後の人生で大変役に立っていると思う。

というのも,前塾長である長谷川宏さんが「最低限のルール」のほかは,

自然の中で自由に過ごすことを第一の眼目として,合宿をやられたからである。

毎夜開かれるリーダー会議では,合宿の当日の反省が出され,翌日の方針が決められていく。

それは今考えると,まさに「合宿コミューン」なのだった。

その合宿が今も続いていることを考えると,今は参加していないがその経験を

日常に生かすことが大切なのだと考えている。

現職の教員の時は,管理の不自由さを特に感じ,

「こんなこと,赤門塾だったらあり得ない」と思ったことがしばしばだった。

若い頃学んだ「自由・平等」の感覚を,さらに合宿外に広げることが,

今の私の「不参加の仕方」だと思っている。

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今年はさらに読みごたえのあるものになった

(前半日録+後半個人評=全150ページ)

 

 

息子の手料理 11/21

今日は,「和食三品」です。

(ブリの照り焼き・里いもの煮っ転がし・枝豆)

ごはんのおかず・酒の肴兼用。

この素材だと,日本酒が合うかな?

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